第17話



「やっっっぱりクズ! あんたはクズ! 作戦第一からしてホントクズ!!! だいたいこの流れでほいほいついてくかあ!」


「う、うるせー!! いつもはもっとムードづくりとかちゃんとしてるよ!」


「知るかボケエ!!」


 息荒く言い終えたところで、私はその事実に気がついた。



「ちょ、ちょっとちょっと、あんたがダイブしてった部屋」


「ダイブさせられたんだけどな」


「いいから、そこ、そこ主任の部屋だから!」


「え、マジ?」


 チビ朔は立ち上がり、「近所どころかお隣さんじゃん」としばし部屋の扉を眺めた。最上階にもいくつか部屋があるが、たまたまチビ朔の隣の部屋が主任らしい。



「おもしろい。そんじゃ、お前を俺様に惚れさせる作戦第二。華麗に彼氏と別れさせる」


 けけっ、と意地の悪い顔で笑いながら、チビ朔はこちらを振り返る。


「わ、別れさせるって、なにするつもりなの」


「ちょっと脅す感じでさ。ドエムなんだろ? ちょいと言えば、かる~く引き下がんだろ」


 ん~……。どうだろ。やっと見つけた理想の女王様らしいから、一筋縄ではいかない気がするけど。


「大丈夫なの? 私は別れられたら、そりゃあ、あんたにちびっとくらいは感謝もするけどさ」


「もっと盛大に感謝しろよ。身を捧げるとか」


「喧嘩とかなったら勝ち目ないと思うよ? 主任が人に殴られることはあっても、殴ることがあるのかは分からないけど」


「なんでだよ」


 じろりとこちらをねめつけ、チビ朔は気に食わないという顔をする。


「主任ってさ、遠めじゃ分かんなかったかもしんないけど、背が高いしガタイもけっこういいんだよ。180は超えてる。こういっちゃなんだけど、あんたってチビじゃん?」


「へえー……」、気に食わないという顔のまま、チビ朔は片側の口角だけを持ち上げた。「大丈夫、大丈夫。お前はなんも心配すんなって。なんたって俺は、小学生のころ空手を習ってたんだぜ」


 いつの話をしてんだよ、あんたは。小学生って十年以上前じゃんか。でもまあ、これで主任と別れられるなら、それはそれでいいのかも。


 色々考えてみたけど、主任のドエム要素は、きっと私じゃ受け入れらんないもんね。かくして、私は暗証番号を入力し、その重々しい扉を開いた。


「静かにな」


「うん」


 私たちは泥棒のように、忍び足でひっそりと玄関に入り、廊下を進んでいく。リビングの明かりがついている。主任はリビングにいるようだ。



『ん?』



 リビングのドアの前で、私たちの目は同時にあるものを捉えた。チビ朔はそれを手にとり、首をかしげる。



「ロープだ」


「ロープだね」


『…………』



 なんでロープ?



「ま、そんなに不思議じゃないだろ。ドエムの住むところにロープありだ。どうせだから、これで縛ってやろうぜ」


 

 まあいい。きっとロープは主任の必需品なのだ。愛煙者の家に灰皿があるのと同じくらい自然なことなのだ。


 たしょうの違和感はあるものの、チビ朔はリビングのドアを一気に開け放った。


「よおドエム彼氏!! 俺の女のことで話がある!」


 ええーーー!? そんな感じでいくの!?

 私はもっと穏便にコトを運びたいんだけど! それに主任の私生活こっそり見たかったんだけど!


 あとあんたの女じゃないんだけど!!


 思ったけれど、口に出す余裕はなく、それらは私の頭の中を大音量で流れていく。



「おーい。どこだー?」


 私はあたふたとして辺りを見ながらも、ずかずか進んでいくチビ朔のあとを追いかける。


「ちょ、ちょっとちょっと、なにナチュラルに呼んでんのよ。もういい、もういいから」




「なんだ?」



 低い声に、私はぎくりとして硬直する。


 そうだったそうだった。この男はなぜか、いつも背後から現われるんだっけ。キッチンの方を覗いていたチビ朔は声の方を振り返り、やっと来たか、という風に笑った。


「あんたがこいつの彼氏? さっそくで悪いんだけどさ、こいつと別れてくれる?」


 ななななん……! なんであんたはそう直球なの!?


 もっとこうさあ! 見知らぬ人の家に押しかけてる罪悪感とか、急にこんなこと言われたら困るだろうなとか、そういう人らしい感情はないわけ!?


 私は怖くて顔を上げられなかった。もしかしたら今、向井主任モードかもしれないし。それだったら超怖いし。


「あ。ていうかさあ」


 チビ朔は私の横を通り過ぎて主任の前まで行き、まじまじと顔を凝視した。それから私を振り返る。


「俺の方がイケメンじゃね? ね?」



 ……すごいよあんた。その図太さに乾杯だよ。



「で?どうすんの? 別れてくれる? 大人しく言うこと聞いた方がいいと思うけど」


 チビ朔はいかんせんチビなので、主任を見上げながら、それでもずばずばと話を進めていく。私の心臓は、夏の終わりごろにやかましく鳴くセミのように激しく鼓動していた。


 ど、どうしよう……。このままじゃきっと、主任と別れることになる。

 いいのかな? こんな終わり方で……。他人に頼って、他人に言わせてしまって、いいのかな……?


 こんな終わりで……いいのかな……って、―――よくないでしょッ!!



「しゅ、主任! わたし……!」

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