第39話 ダニエリ ⑭脱出
「ごめんね」
マカレーナは男にウィンクすると、膝で思い切り股間を蹴り上げた。陶然としていた男は夢心地から痛烈な目覚めを迎えて、声も上げられず悶絶する。マカレーナは奪った拳銃を手に、ふと目についた通路の横道へ入って走りだした。それがどこへつながるかなど、考えもしない。
だがすぐに、前方を邪魔するように男二人が現れる。マカレーナは左右に目をやり、開いていた扉の中へ飛び込んだ。
「げ」
マカレーナが逃げ込んだのは、倉庫として使われているらしい部屋だった。先に抜ける扉どころか、窓さえもない行き止まり。
「勇ましいな。でもまだ死にたくはねえだろ?」
背中からかかる声は、どこか訛りがメキシカン。振り返れば、銃を構えて酷薄な笑みを浮かべる男が二人。
「ちぇー。甘くないなあ」
そう言いながら、まだ危地を脱する道を探して右、左と目を走らせる。
「さあ、おとなしくその銃を――」
言い終える前に男の膝が落ちた。銃の男はそのまま倒れこみ、もう一人の男にも後ろから手が伸びて、当てもなく振り回した拳銃は
「……なにやってんのよ」
男ふたりが倒れた背後に現れた人影へ、気を取り直したマカレーナが、半分怒った調子で声かける。そこに立っていたのはガブリエル、そのすぐうしろにはダニエリがいた。
「
「そんな解説聞きたいんじゃないわよ、ばか」
「落ち着いてる場合じゃないって! 逃げるよ!」
ぐいぐいマカレーナの手を引っ張るダニエリに、
「あたしはいいから、あんたら先に逃げな」
「だめ、一緒!」
「ばか、子供の遊びじゃないんだ」
廊下にはマカレーナを探すのか、複数の足音が錯綜している。
「話はあと、だ」
言い争うふたりの手をとって、有無を言わせずガブリエルが部屋の外へと導いた。「さあ、行こう」
手を引かれながら顔を見合わせ、走りだすふたり。まるで兄に守られた幼い妹ふたりのように。
敵が二十人いると言ったのは嘘ではなかったらしい。廊下に出ると、すぐ別の黒服と鉢合わせた。あわてて銃を向ける男。マカレーナが銃を出鱈目に撃って、一瞬怯んだところで逃げだした。
「こっちだ」
「あんた、なんで一緒に来んのよ?」
噛みつくようにマカレーナ。ガブリエルと並んで走って、手をしっかり握りながら。
「なんだか知らねえけど、困ってそうだから」
「放っといて、死ぬわよ」
「それならなおさら放っとけねえだろ」
「ああもう!」
苛だちの声を上げながら、ガブリエルに従うしかなかった。遠く足音が追ってくる。
魚のケースの積まれた通路の先、裏の出口まではあとすこし。
あと一歩で出口――そう思ったとき目の前に、黒いタンクトップが立ち塞がった。
男の握った拳銃が、ダニエリの目に大きく映る。
銃は、外しようのない距離ではっきりとマカレーナに狙いをつけていた。マカレーナもそれに気づいて一瞬動きを止めた。男が引き
次の瞬間、至近距離で甲高い銃声が響いた。鼻先に流れてくる硝煙の匂い。
一瞬閉じた目をこわごわ開けると、タンクトップの男の腕をガブリエルが押さえていた。
次の瞬間また銃声、銃口からは閃光。
自由の利かない手で出鱈目な方向へ向け放たれた銃弾が天井へ刺さった。と思うと、男が宙で一回転した。
水をまかれた床面に伸びた男を、茫然と見るマカレーナ。ガブリエルが男を払い腰で投げ飛ばしたのだ。
「ガビ、うしろ!」鋭く叫ぶダニエリ。
いつの間にか接近していた別の男が、ガブリエルの背後からマカレーナへと銃の狙いを定める。轟音と同時にガブリエルがマカレーナに
床に押し倒された形のマカレーナは、全身から力が抜けるのを感じた。盾となって上に乗っかるガブリエルのからだが熱い。よく見るとどこからか流れ出した血がマカレーナの肩を濡らしていた。
「男は邪魔だな」と呟いたのは、銃をガブリエルへと向ける男。
「ちょっ、待ちなさいよ、降参するから――」
と言いかけたところで、鈍い音と男の呻き声が重なった。
崩れ落ちる男、そのうしろにはバールを持ったダニエリが肩でおおきく息をしている。
「ガビ、立って!」
ダニエリが上から叫ぶ。ガブリエルが立つとその力を借りてマカレーナも立ち上がり、手を引かれるまま再び走りだした。裏口へと向かいかけ、だがすぐ
敵のいない方を求めて走り迷ううち、見えてきたのはふたたび市場の喧騒。背中から追う銃声に、三人は逆らう
市場に飛び込むなり、銃声が四方で一斉に轟く。
悲鳴が上がって、ごった返していた市場の人波が右往左往した。目の前で三人、四人と倒れこむ。ちらっと見えた姿は血を噴き出して、目を逸らした先には痙攣する手と、波打つ体。
三人の進む先にはまだ人の壁。混乱してだれもなにが起こっているか分かっていない。
銃弾は容赦なく降りそそいだ。
テーブルの下に潜り込む者、我れ勝ちに出口目指して走る者、我が子を
「あんた、血」
途中、前を遮ろうとした二人の男を殴って道を開けさせたときガブリエルの肩から血が飛び散るのに、マカレーナは気づいた。手を伸ばそうとして途中で止めた。出口の明るい光はもう目の前だ。
出口を抜け出た途端、眩い陽光が三人を包む。だがほっとする間もなくここにもギャングが一人。余裕たっぷりに銃を向け、皮肉に
「さあ。鬼ごっこは終わり――」
言葉の途中で、急ブレーキのけたたましい音。大型のバンが歩行帯に乗り上げ、ギャングを撥ね飛ばすと、マカレーナの目の前で止まった。開いた扉から男が手を伸ばす。
「乗れ!」
目つきの鋭い、首筋から頬にまで蛇の刺青を描いたその男。ガブリエルにとっては初のお
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