第22話 ガブリエル ⑩告解
「お前も強情だな。ほら、こっちよこせよ」
「悪いことしてない子を捕まえようってのなら、わたせないな」
とガブリエルは、ホセの伸ばした手からダニエリを背中に
「もういい」
ダニエリの口から声が零れた。ちいさく、かすれた声は、ふたりには届かない。ダニエリはぎゅっと目を瞑って、今度は喉の奥から絞り出した。
「もういい!」
間の抜けた顔でガブリエルとホセとがふり向いた。その見つめる先で、ダニエリは目に涙を浮かべている。
「盗んだわ、盗んだのよ。どう、これで気が済んだ? あたしって、こんな女なの!」
目から涙がひとつ零れた。それでもガブリエルから目を決して逸らさず、挑むようにガブリエルだけを真っ直ぐに見つめる。
「……ダニエリ。本当に?」
「ほんとよ。あたし、盗んだの。
血を投げつけるようなダニエリの告白に、ガブリエルの目が大きく見開いたまま固まってしまっている。
「どうして? 教えてよ、なにか理由があったんだろう? ダニエリはいい子だもの」
「あたしがいい子だって? あんた、正気? あたしは泥棒なの、おまけに娼婦の子で、そのうちあたしも娼婦になるわ! さよなら」
言い捨てて、ガブリエルに背を向けた。
どうしよう、涙が止まらない。
そのまま、ホセに早く連れて行けと目で促した。こんな男に泣き顔を見せるのは癪だけど、仕方ない。
だがホセが動く前にガブリエルが、うしろから肩に手をかけた。
「さよならじゃないよ。ダニー、ほら、こっち向いて」
「……なによ」
こっち見ないで、とダニエリは心のなかで唱える。見ないで、涙に濡れたみっともない顔を。
だが願いも空しく、ガブリエルは頑なに背を向けるダニエリの前へまわりこんで真っ直ぐその目を見つめた。涙ごと抱きかかえるようなガブリエルの眸に、ダニエリも泣き顔のまま見つめ返してしまう。
「……この帽子は返しに行こう。謝って赦してもらおう」
そんなこと。
ダニエリが言おうとする前にホセが応じた。
「謝って赦してもらえるだとか、調子のいいこと考えるんじゃねえ。したことの報いは受けなきゃな。世の中甘くねえんだ」
ダニエリの細い手首をホセが掴む。そのうえにガブリエルが手を置いた。
「ホセ」
「邪魔すんな」
手を引いて連れて行こうとするホセを見上げて、
「この子を罰するなんて、させないよ。根はいい子なんだよ、聞いててわかっただろ? 子供のしたことだよ」
真っ直ぐ見つめるガブリエルの眸に、ホセが大きくため息を吐いた。
「お前は甘過ぎる」呆れ顔で、「悪さする奴はとっ捕まえて、片っ端からぶちこんでやらなきゃいけねえ。さもねーと、悪党ってのは増殖してくんだぜ?」
「でもこの子は違うよ」
「だめだ」
「お願いだよ、ホセ」
それぞれの強い意志を籠めた眸でふたりは睨み合った。片や人の真心に疑いを持たない眸と、片や人の悪を暴く快楽に血道を上げる眸と、ともに退くことを知らず目を逸らさない。
そのまま五分も十分も睨みつづけていたような気がした。
とうとうホセがもう一度大きく息を吐いて、ダニエリの手を離した。その手で自分の髪をぐしゃぐしゃ掻いて、もう一度ガブリエルをじろっと睨むと弟を諭すように言った。
「今日だけはお前に免じて、捕まえないでおいてやるよ。だが忠告しておくぞ? お前は人を信じ過ぎだ。そのうち裏切られても泣くんじゃねえぞ」
ぶつぶつ言いながらホセが去って行くのを、ダニエリは信じられない思いで見送った。
「さあ、帽子を返しに行かなきゃな。ほら、店の場所を教えて」
なんでもないような笑顔で言うガブリエルを、残った涙をさっと手で拭いながらダニエリが見上げた。見上げた先のガブリエルは、彼女の純真を信じきった笑顔で応えている。
ああ、天使のようなガブリエル。ガビは人を疑わない。誰でも信じて、誰とでも分かりあえると信じてる。
自分だけはその信頼に値しないのだと、ダニエリは知っていた。
いつか自分の本性をガブリエルに知られる日がきて、がっかりさせるのが恐ろしかった。ガブリエルの悲しむ顔を想像すると、慄然として一歩も動けなくなった。
***
ガブリエルに付き添われ、帽子を手にダニエリが店に入ると、初老の店主はいかにも好々爺という笑顔で迎え入れた。返された帽子を頭上に掲げて、なにやら
「いいでしょう。どこも傷はついていないようだ」それからダニエリに視線を移して、「自分で返しに来たのは感心だね、今回はなにもなかったことにしてあげる。二度とこんなことしちゃいけないよ」
そう言うと、ふたりの顔を見比べにっこり笑った。
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