第21話 ガブリエル ⑨信頼

 険悪な空気のふたりとは対照的に、ガブリエルは秋空のように穏やかな顔をしている。

「びっくりだなあ、ふたりって知り合いだったの? こんなとこでなんの用?」

「盗みだよ。ほれ、この帽子」

 ホセは憎々しげにダニエリを見下ろし、取り上げた帽子を示した。ダニエリはばつの悪い様子でそっぽを向いた。


「盗み?」

 オウム返しに聞き返して、思わず受け取った帽子の羽根飾りを弄びながら、ガブリエルは笑った。

「えー? そんなわけないって。ダニーはいい子だよ?」

 なに言ってんの、って顔で。


「お前な。なんでそんなすぐ人を信じちまうんだよ。いい加減にしねーと、そのうちほんと痛い目に遭うぜ?」

「そりゃホセは警官だから、人を疑うのが仕事なんだろけどさ」

 ホセの広い背中を叩きながら、ガブリエルはダニエリの顔を覗きこんだ。

「ほら、ダニー、教えてよ。盗んでなんかないんだろ?」

「……盗んでないわ」

 ダニエリは横を向いたまま、ガブリエルと目を合わせることができない。そっけなく言う唇がふるえそうになる。――ガビには、こんなところ見られたくなかった。


「ほら、やっぱり」

 そう言って、ガブリエルはホセに善良そのものの笑みを見せた。

「だから、お前は人の言うこと信じ過ぎなんだって。盗んだに決まってる」

「決めつけないでよ、バカ!」

「ホセは単純だからなあ。そういうとこ、直した方がいいぜ」

「お前が言うかぁ!?」

 呆れ声を上げるホセ。


 トイレへ向かう店員が通り過ぎしなちらちらとこちらに目をやるのを、ホセはうるさそうに睨んで追い払った。これでは警察の制服を着ている甲斐もなく、傍目には非力な少女を脅かす野獣の図だ。


「あー。もう面倒くせーな。とっとと吐いちまえよ、盗んだんだろ?」

 巨体をダニエリにかぶせるように上から問うと、ガブリエルが間に入った。

「またあ。ダニーは盗んでなんかいないって。なあ、ダニー」

 ガブリエルの、一点の曇りもない信頼の眸。その目に見つめられるとダニエリは、かえって崖っぷちに追い詰められた心地がする。必死で目を逸らした。

「盗んでないってば……こいつが勝手に難癖つけてんのよ」

「よく言えたもんだ」

 ホセが巨体を揺らしてせせら笑う。


 ああ。こんな風にあざけって、疑って、ののしってくれたなら。そしたらあたしはいくらでも言い逃れしてやるのに。


 その瞬間ダニエリにはガブリエルこそが畏るべき審判で、ホセの方がむしろ安逸な逃げ場のように思えた。嘘を吐いたまま天使に守られるぐらいなら、いっそ目を瞑って悪魔の懐へ飛び込んだ方が、よほどいい。いますぐ悪鬼につかまって八つ裂きにされる方がよほど――。


「さっき自分で『盗品』って言ったくせに」

 さらに追及しようとするホセだが、ガブリエルはてんで取り合わない。

「聞き違いだろ?」

「あ、てめえ、ガビ! お前、こいつの言うことは信じるくせに、おれの耳は信じねーのかよ?」

「だってホセの耳っていろいろ詰まってそうだもん」

 乱暴に頭をこづいてくるホセの拳から、笑って逃げるガブリエル。

「いや、真面目な話だぜ。絶対こいつが盗んだんだ」

「おれだって真面目だよ。ダニーは絶対盗んだりしないね」


 ふたりが言い合うのをすぐ隣で聞いていながら、ダニエリはその会話のなかへ入れなかった。ホセを言い負かす言葉ならいくらでも頭に浮かぶのに、どうしてもその言葉をガブリエルの前では口に出せない。出せない代わりに、胸の裡で別の問いをダニエリは繰り返した。

 どうしてそんなに信じてくれるの? あたしと一度会って話しただけなのに。


「なんで『絶対』なんだよ。お前こいつのなにを知ってるってんだ?」

 ほんとそう。あたしのこともっとちゃんと知ったら、ガビはきっとあたしが嫌になる。


「見たら分かるじゃんか。いい子だよ。おれのこと助けてくれたし」

 やめて。あたしガビに褒めてもらう資格なんてないんだ。

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