第13話 ガブリエル ①奴隷市場
C市はカリブの美しい旧都。クリストバル・コロンによるアメリカ大陸発見からほどなく、スペイン人が植民都市を建設して以来の長い歴史を持つ。植民地時代を通して新大陸の富を旧世界へ送り出す港として繁栄した町は、独立後もその栄華の残り香を街のあちこちに漂わせていた。
イギリスの海賊に備えるため築かれた城壁と砲台。その内側に発展した旧市街の中央に
王国時代にはこの港で、アフリカ西岸から連れられてきた幾万人もの黒人奴隷たちが荷揚げされたものだった。一カ月半の船旅の末に彼らは生まれ故郷から一万キロも離れた別世界に降り立つと、自分たちの足で奴隷市場へと向かったのだ。カテドラルの軒下を通るときに彼らの立てた哀しげな鎖の音は、今も
それはアナマリーアたちの通う学校では、二百年来定番の怪談になっていた。
今は観光用に改装された旧奴隷市場の隣に、土産物店が軒を連ねている。間に挟まれた小路の白い石畳を、もう四百年ばかりも飽きることなく熱帯の太陽が灼きつづけている。
小路に勝手に置かれたカフェのテーブルが、観光に歩き疲れた者たちを足やすめへと誘うのも馴染みの光景だった。
そのテーブルの一つを、その日は一時間ほど前から制服姿の警官四人が囲んでいた。
旧市街には観光客を狙った軽犯罪も多い。市を支える重要な観光産業を守るため、州警察はこの地区に多くの警官を配していた。この日、風紀課から派遣されたチームを指揮していたのは巨漢のホセ。任務に鍛えられた頑健な男たちのなかでもひときわ
二時が近づき、人びとがシエスタから仕事へ戻る頃合いになっていた。皆が最後のコーヒーを飲み干し、だれかが「巡回に戻ろう」と声をかけるのを待っていた。
その役割は、やはりリーダーであるホセが担うのが順当だろう。もったいぶって腕の時計を確かめ、帽子をかぶり直して重々しく立ち上がろうとした矢先。出鼻を挫くように背中から快活な声がかかった。
「ホーセ! 今日は酒じゃないんだな!」
同時に力任せに肩を叩く挨拶。瞬時に目に怒りを滾らせふり返るホセに、あーあという顔で目を背ける同僚たち。
ホセにこんなことして許されるのは、柔術の師範ぐらいだろう。
だがホセは、ふり向いた先に相手の顔を認めた途端、相好を崩した。
「ガビ! お前かぁ! びっくりさせんなよ」
同僚たちはこぞって驚きの目を向けた。
彼らが驚いたのも無理はない。ひとたび機嫌を損ねたホセが人の顔を見るなり明るい表情になるなど、想像もできなかったから。
その視線の先、若者らしい屈託ない笑顔でホセと肩を抱き合う青年。覚えているだろうか――彼は、先日マカレーナとホセとの諍いに割って入った男。陽に焼けた顔から真っ白な歯を見せる青年は、名をガブリエルといった。
「なんだ、そいつ? ホセのツレ?」
「ああ、
仲間の問いに答え、ホセは若い友人の頭を乱暴に叩いてそのまま隣に座らせようとする。頭を押さえこむ腕の下でガブリエルは抗った。
「おれ、これから授業なんだけど」
「まあいいじゃねえか、紹介させろよ、ガビ」
強引なホセにため息を
カテドラルを囲む通りには、昼食を
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