ジバ〇ャン

昇は、その日。朝から素っ裸で体中に埃をペタペタ張り付けながら、部屋の真ん中で横になり、消してある照明の傘の中に張られた、主の居ない蜘蛛の巣が、風もない部屋の中でなぜ時たま揺れるのか不思議に思いながらそれを観察していた。

閉め切られた部屋で漂い続ける泥臭さは、昨日の服のおかげだと。思いたいところだったが、その実、匂いの元は自分自身だった。あの後、水風呂に入ったのだが人の手があまり行き届いていない自然の川の泥は、いつも自転車を落とされる用水路の物とは一味違う。


仕方なく、昇は部屋の窓を実に何日かぶりに開けた。

「晴れてやがる。」

じりじりと強い日差しが、普段日の当たらない体を焼くのは中々に心地がいい。

夏の太陽を全身で味わっているとその様子を、親からこのアパートを引き継いだ大家のおばさまにがっつり見られてしまった。

濡れた服は、きっと乾いてしまう。

それでも昇は、昨夜びしょ濡れにした生乾きの服を窓の枠に掛けた。



「皆幸せそうだ。お前はどうだ?昇よ。」

「お前、その頭いつまでそうしてるの?」

「いつまでとはなんだ。紗夜が折角、我の為におみくじで当ててくれたものだぞ?」

「いいけどさ、ちょっと離れて歩いてくれよな。」

溢れかえるような人混みの中、和の頭の上に乗せられていたのは、空気で膨らむ巻きぐそ(緑)だった。

「昇よ、お前は、偶然もたらされる物や人との出会いを軽んじすぎているぞ?我がこのとぐろを巻いた緑龍と出会ったのは、まだ人々の心の中に我の存在が脈々と、深々と、歴々と。受け継がれている動かぬ証拠じゃないか?そう思わんか?」

「それ、ウンコだけどな。」

「愚か者!!!」

「ハエも止まってんじゃんか。いいけど。」


「ノボルー!イズミさーん!こっちで射的やってるよー!」

和の帽子は、目立ちすぎてうざい程だったが、そのおかげで今日は背伸びを辞め、等身大の幼さを素直に発揮する紗夜が二人を見失うことは無かった。

「紗夜よ。前を向け転ぶぞ?」

そう忠告されたことが、何かのスイッチになったかのように。紗夜は短い悲鳴と共に人込みに飲み込まれてしまった。


「大丈夫?」

「うん。へーき。転んじゃった・・・。」

「紗夜よ、手を踏まれなかったか?」

和は、紗夜の手を取り立たせてから、少しだけサイズの小さい浴衣についてしまった砂埃を払った。

「だいじょぶ。ありがとうイズミさん。ププっその帽子っ!」

「紗夜よ。お前に恩が出来た。この供物の利益が必ずあるぞ?」

「くもつ?りやく?なにそれ?変なの!」


パチン!


「・・・。おじさん、これ銃悪くない?」

「兄さんがへたっぴなだけだよ!もっかいやるかい?」

「やるやるやる!!私やります!」

「あいよ!!おじょうちゃんは、おじさんの『特別な』銃使っていいよ!」

店の店主は、紗夜から一回分の料金をもらうと杖のようにずっと手にしていた射的銃と新品のコルク玉を紗夜に渡した。

「きたねぇ。」

「よーし・・・。」

紗夜は、身を乗り出して片手で射的銃を構えた。

片目を固く閉じて集中し口からペロりと舌が出てしまう姿は、一見幼いが。

身体は、殆ど成人のようなものだから、台からギリギリまで体を乗り出すと小さな屋台が少しだけ揺れた。数センチの所から銃口を突き付けられている、小さな人形は、戦々恐々、目に影を落としているようだった。

やがて、揺れる銃口が定まり、引き金が引かれる。


カチっ!!!

「あっ・・!」

不発だ、コルク玉を詰めていないのだから当然だ、そして、その場にいた紗夜以外がその事を知っていて敢えて黙っていたのだった。

「玉、詰め忘れちゃったみたい・・・。」

「うーん!!おじょうちゃん可愛いからおじさんがこれプレゼントしちゃう!はい!もってって!」

おっさんは、どうしようもないほど下品だが人生の春みたいに幸せそうだから今日くらい、世界中に溢れる正義マン達から見逃されたとしてもいいだろう。

「あ・・・。ありがとうございます。」

「よかったな。」

「えへ、ただでもらっちゃった。」

コルク玉は、まだ何発も残っていた。結果だけ見れば、支払った金額でこの小さな人形を買ったのと同じなのだから、ぼったくりもいい所だ。あの射的屋の店主に限らず、このような場所の出し物とは往々にしてそういうものだ。

それでも、わざわざそんなことを声高々に言う奴は野暮というものだし、みんなの幸せに水を差すなどつまらない。発言するだけの元気と勇気があるのならば黙っているだけの寛容さと忍耐だってあるはずだ。

「おーい見ろ二人とも。これから民謡流しが始まるぞ。」

「すっごい!今年は何の出し物かな!」

この祭りの民謡流しには、それぞれの自治体が子供たちを喜ばせるために毎年違うキャラクターを模した山車を用意する。

今年の山車は真っ赤な猫の幽霊だった、灯篭のゆるゆるとした灯りや屋台の灯りに下から照らされるその山車は、元々は可愛らしいものだったに違いない。けれど、質実剛健に仕事をまっとうする、世の中のお父さん達が少ない暇を縫って短い期間で造り上げたそれは、「化け猫」の呼び方が相応しい適度に崩れた造形をしていた。

「かわいいーー!見てっ!さっきとったのと同じ!」

「おお、本当だな。良かったな紗夜よ。」

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