ビー玉

「昇よ、このラムネという奴は、なかなか美味いものだな。昇よ、我に願えば不良共に怯え乍らわざわざ働かなくとも、このラムネを死ぬまで飲み続ける事が出来るのだぞ?昇よ?聞いておるか?」

夏祭りのこの日だけ、昇は毎年決まって母に会いに夜店が立ち並ぶ土手にやってくる。

「それもいいけどな。」

今年の縁日。昇の母は、今川焼の屋台で働いていた。

ホタルのような照明と沢山の人間たちが織り成す暖かなリズムの中、昇の母は今年も変わらず輝きを放ち、弾けるように今川焼を売っていた。彼は、そのすがたを流れる人込みに紛れて、すれ違うように確認し淀みなくそれらから離れていった。

「話さんのか?母親だろうに?」

「いいんだ。話したい事も無いし。」

「ふん・・・。」

昇の母は、公的にはすでに他人になっている。

新たな、旦那、そして、新たな子供も既にいる。今更彼に出来る事と言えば、辛い思い出を再び思い出させないようにすることだけだったのだ。


明日の花火に備えて、縁日に訪れる人々のほとんどは、爆発前の余力を静かに蓄えているかのようだった。そして、昇が訪れるのは、毎年花火の前のこの日だけだった。


古くから続けられてきた水天宮のこの祭りは、毎年毎年必ず雨が降る。

これは、偶然や神がかり等ではなく。大昔の暇人が「あれ?この日毎年雨降るじゃん。やばくね?」とたまたま気が付いたせいだ。

今年も、去年もその前も祭りの期間中には、たとえわずかでも必ず雨が降っていた。

朝から、降ったりやんだりを繰り返す優柔不断な雨は、時折耳障りなセミどもを黙らせるのに一役買ったが、川の水嵩を増やして、泥を巻き上げるおかげで。

食欲をそそる香りを常に放ち続ける沢山の屋台から少し離れたこの場所は、田舎の川特有の土臭さがした。


「昇よ、見ろ、あいつらだ。」

祭りの日には、まじめな警官たちが常に目を光らせている。

お巡りさん達は、まじめに仕事をしているだけだが、この壊れた自転車に乗っているところを少しでも見られれば、面倒ごとは避けられない。

時間はかかるが、今日は特別だ。

走行時は、決して点灯しない天邪鬼な前輪ライトをかがんで消して、和が指さす方を眺めるとそこには、橋の上の薄暗い街灯に照らされて、数名の若者が何やら楽しそうにちちくりあっていた。ああゆう時は大体まともじゃないもんだ。

それは、昇たちがいつもお世話になっている不良グループとまた別のグループの連合会だった。

「お前、たまにはあいつらとつるんだら?」

勿論、昇にも一人になりたい時くらいある。

「昇よ、それが望みならばそうするぞ。」

「そうしなよ。」

「愚か者!!!」

「嫌なんじゃん。」

「何物も徒党を組むとロクな事にはならんのだ。」


『・・・!!!!!!!』


穏やかで、静かな夜を割るように。奴らの笑い声があたりに響いた時だった。

橋の袂の低い所から、パトカーが一台、丁度これから橋を渡り始めるのを昇は見つけ。奴らにこれから訪れる事態を思い、人知れず同情した。


ドボンっ!!!


橋の上から何かが川に向かって投げ入れられたのと、耳障りなパトカーのサイレンが響いたのは、ほとんど同時だった。

「いくぞ・・・。」

「ん?おお。いいのか昇よ。」


「・・・・け・・・ぇて・・・・!」

金もない、川の流れも速い、着替えの服もない。それに面倒ごとはもう沢山だ。

「しかしなぁ。」


「え!!てええ・・・た・・!」

「・・・。」

「・・・。」

「ちょっと!!!!あんたたち助けなさいよ!!!!!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます