Report86: 雌伏の時

 ◇◇◇


 テレビを付けると、ニュースが流れていた。

 数日前に起きた、例の大学キャンパス内で起きた銃撃事件だ。半壊した校舎と、建物一階部分に突っ込んだフォードのレンジャー、それから壁に残った生々しい銃痕が映っていた。


「フン、その内バレるのではないか?」


 男はテレビの電源を消すと、嘲笑するかのように言った。独特のしわがれた声だった。

 腕を組み、思考を巡らせているようである。


「ああ……だが、時間が必要だった。敵が何者なのか……確かめなければならん」


 返答したのは女だ。薄暗い部屋に居るのは男と女、二人だけである。

 ベッドとテーブル、テレビ、冷蔵庫、それから時計。バンコク市内のホテルの一室だが、物寂しい部屋であった。


 彼らは自分達の敵が何者なのかを探っていた。

 数ヶ月ほど前からだろうか。女は自身を狙う人間と交戦する事が度々あった。それ自体、彼女にとって珍しい事ではなかった。生死を掛けた戦いというものは、幾度となく経験してきたからだ。

 しかし、その相見あいまみえた相手が自らの素性を知り尽くしていたとしたら。

 捨ててきた筈の女の過去を洗いざらい知っていたとすれば。

 そのような気味の悪い出来事が相次いで起きたとすれば。……それは到底、等閑に伏せる問題ではなかった。

 まして、その結果女やその仲間も深手を負っている状態であり、危機が迫っていると言えた。

 解せない、といった様相で女は口元を歪める。


「一旦、私は戻る。何かあれば、知らせに来る。携帯は使うな」

わきまえているさ」


 女が部屋を出て行き、木製のドアが閉扉した。男は溜息を吐くと、テーブルにあったタバコに手を伸ばす。

 男は部屋を出る事を許されていなかった。正確に言うと、衣食住は保障されているが、不要の外出を禁じられていた。満たされない日々に鬱屈とするのは無理もない。

 男は一人頷くと、窓の外を見やる。


「フン……成程、リセットって事か」


 今しがた出て行った女を目視すると、また視線を部屋に戻した。

 その視線の先にはビニール袋。中にはライターとタバコが入っている。女が置いていった土産だ。

 灯りも点いていない部屋を、薄墨色うすずみいろの煙が満たしていった。

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