Report83: 敗壊の匂い
◇◇◇
記憶を取り戻した時、俺は事務所に居た。時刻は朝八時。服装は昨日のままで、体から焦げた匂いがした。何があったのか……思い出せない。サラサラした感触と、良い匂いがしていた事は覚えているんだが……。
事務所を見渡すと、カメコウが居た。取引中であれば、ゾフィが待機していた筈だけど。
……そうだ、取引。取引はどうなった?
「カメコウ、俺が気を失っている間に何があったの? あと、何で俺は気を失ったの?」
「ああ~、えっとね……気を悪くしないでほしいんだけど……」
何だ。何でそんな言いづらそうなんだ?
皆、無事なんだよな?
取引は……サムチャイ、そうだ。サムチャイは犯人だったのか?
「メガミさんは入院中。ボロボロだけど、命に別状はないって。だけど……」
言い淀んでいたカメコウは、ポツリポツリと言葉を話し出した。
そうして俺は、事の顛末を聞いて愕然とする。
メガミが俺を庇って、ボロボロになってしまった事。
ロジーが瀕死の重体で、もしかしたら助からないという事。
それでも、誰も俺を見捨てようとしなかった事。
最後まで諦めなかった事……。
サムチャイ教授がやっぱり犯人だったなんて、正直どうでも良かった。
なんだ、俺のせいじゃん。
俺が足を引っ張ったせいで、みんな死に掛けてんじゃん。
俺が周囲の警戒を怠って、やられて、勝手に気を失って……お荷物になって。……最低の屑だ。
瞼に涙を浮かべ、俺は俯いた。
「カメコウ。ちょっと、ごめん。席を外す」
「あ、うん……」
事務所を出て、扉を閉める。その瞬間、せき止めていた感情の波が一気に押し寄せた。
俺は拳を握ると、思い切り壁を殴りつける。大きな音がするがコンクリートはビクともせず、代わりに俺の拳が裂けた。
皮膚から血が滲み、垂れる。狂いそうな程の激痛が俺を襲ってくる。
痛い、悔しい、苦しい、どうしよう。
雨のように涙が流れる。
子供をなくした親のように、癒えない傷と覆らない過去にぼろぼろと泣いた。視界が水浸しになり、頭の中も滅茶苦茶になってゆく。
どうしたら良いのか。
どうしたら良かったのか。
体を震わせ、泣き喚いても解決する事はない。そう分かっているのに、涙が止まらない。
この日、朝九時になってもリセッターズは集まらなかった。
俺とカメコウの二人きり。こんな事は初めてで、鉛のように重い空気が満ちていた。時の流れが狂ったようで、一時間が半日のように感じられる。正午には事務所を施錠し、解散となった。
そして、その夜。
搬送先の病院で、ロジーは静かに息を引き取った。
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