Report13: 死人に口無し

 メガミと合流し、すぐさま女社長の邸宅へ向かう……と思いきや、俺達はヤワラートの事務所へと帰還していた。

 警察と表立って協力体制にある訳ではないので、事故現場に入る権限がない、とメガミは言っていた。

 この組織は、あくまで裏で警察と繋がっているだけのようだ。


「仕方ねぇだろう――」


 ゾフィが口を開く。


「――ウチは荒事を処理する事も多い。そんな連中と繋がっていると知れると、警察としては都合が悪いのさ」

「そういう事だ。情報の提供、共有はしているが……仲が良い訳でもないしな」


 メガミが補足して、俺は納得した。ゾフィは機嫌が悪そうである。

 確かに、《リセッターズ》は犯罪者集団だ。寧ろ警察とは敵対関係にあると言っても過言ではない。

 時刻は夜八時前。カメコウも戻って来ていた。


 メガミが情報の整理を行う。

 スパホテルで発見された大量のパーティードラッグは、警察が証拠品として押収するそうだ。今頃は現場に向かっているところだろう。

 また、死亡した女社長だが、台所でぶっ倒れて絶命していたらしい。


「死因は、何故?」

「警察の見解によると調理中の不慮の事故。包丁が心臓に突き刺さって死んでいたそうだ」


 俺が尋ねると、メガミが首を傾げながら答えた。全員が思っている事だが、自殺という判定に、些か疑問が残るのだろう。


「なんだって、包丁が心臓に突き刺さるんだよ?」

「調理油で床がベトベトだったらしいぞ」


 ゾフィが質問し、メガミが解答する。

 自殺の可能性もある。しかし、油で足を滑らせて……という事なら、警察の言う通り、不慮の事故って事になる。

 そんな可能性、あるのだろうか。いや……無くはない。

 だが後味が悪い。結果、その場の全員がモヤモヤした心情になっていった。

 

「こんな仕事ばかりなんですか?」


 俺はメガミに尋ねる。《リセッターズ》に入隊して数日が経過した。毎回こんな依頼では、やる気を失ってしまう。暫く引き摺りそうなくらいだ。


「仕事が少ないからな」


 そう答えたメガミの台詞は、なんだか投げ槍に聞こえた。彼女は俺の目を見ず、何かを考え込んだ様子のままだ。


「まぁ、仕方ないだろう。警察だけじゃない。軍事会社ですら鎬を削っているんだ。我々、フリーの傭兵は残飯を漁るしかないのさ」


 そう言って、メガミはソファに背中を預けた。気掛かりな事があるのだろう。上の空である。

 俺が鬱々としていると、ゾフィが口を開く。そして今しがたの、メガミの言葉を繋いだ。


「もしくは、とびっきりの上玉だろうよ。……奴等の手に追えないような」


 彼の言葉を正しく解釈するのなら、我々に回ってくる案件というのは、警察の手に余る凶悪犯や犯罪組織が相手となる可能性がある、という事だろう。

 俺らは正義のヒーローでもなければ、警察でもない。だが同時に、一般人でもなければ、善人でもないのだ。俺なんかは小悪党といってもいい。

 巨悪と対峙しなければならないのは、いつだって大きな力を持つ人間だ。もしくは、死んでもいい人間。

 俺は果たして、どちらの……。


「ともあれ、ラッシュ、よくぞヤーバーを発見した。

 見事な観察眼だったな。私のスカウトは正しかった、という訳だ」


 気分を切り替えるかのように、先ほどよりも明るい声色で、メガミは言った。

 対する俺は、愛想笑いで誤魔化す。

 初の正式な仕事が、あんな結末を迎えるなんて想像だにしていなかった。

 依頼主が死ぬなんて、苦々しい気分ではある。


 ん……依頼主が死んだって事は、もしかして報酬って……。


「ん、ああ、そうだ。女社長、つまりクライアントが死んでしまったので給料は無しだ」

「そんな!!」


 思わず、俺は肩を落とした。そう説明したメガミ自身も苦笑いである。


「仕方ないだろう。まさか殺されるとは思っていなかった」


 殺され……? メガミも事故死とは思っていないって事か。

 いや、どちらにせよ、財政難には変わりないな。

 ああ、大森精児時代の口座があればなぁ……。

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