Report12: 隠し場所

 それから幾ばくか、時は流れて、俺はベッドの上でうつ伏せになっていた。タイに来てから安宿ばかりだったので、ここぞとばかりに羽根を広げることにしたのだ。


「こんな仕事でいいのかな……」


 ベッドに横になり、呟いた。女社長は気に食わないが、ホテルの居心地は悪くなかった。時刻は夜七時頃、眠気もあったので、俺は夢の世界へと誘われてゆく。

 ふとテーブルの上に視線を移すと、人形と目が合った。

 確か、イリヤ人形だったか。眼前に佇む木彫りの人形は茶色く、木製が故の無骨さと不気味さを放っている。

 正直、あまり趣味は良くないと感じた。


「……おかしいな」


 昼間、土産屋で見たものと種類が違う。

 土産屋で見たものは子供が喜びそうな、可愛らしい外見の人形だった。

 確か、土産屋にあったものはルクテープという人形だった。


 “バリ島の方じゃ、商売繁盛のお守りらしいぜ”


 俺の頭の中で、ゾフィの言葉が追想される。ここはタイだ。バリ島ではない。

 ……何故バリ島の物が?

 バリ島はインドネシア……。


 眠気が消え失せ、意識が覚醒する。微睡みの中にあった思考が、現実へと帰還を果たした。そうして、俺はイリヤ人形を手に取る。


 何処だ。どうやってブツを取り出す……。

 手当たり次第に人形を触った。すると、人形の胴体部分に薄い切れ込みがあるのを発見した。

 捻る。人形が上下に分かれる。そして、俺は中を覗いてみる。そこには、蛍光色の錠剤が無数に仕舞われていた。


「もしもし、俺です。見つけました。客室の人形の中です。恐らくは人形全部に――」


 俺は直ちに入電した。相手はメガミである。実物を知らない俺だが、これはヤーバーと見て、間違いないだろう。

 どうやら、メガミはこちらへ駆けつけるみたいだ。電話を切ると、俺は服を着替え始める。


 メガミからは「このまま待機」と告げられた。メガミ部隊、《リセッターズ》は現場保存、証拠品の保全までを一任されているらしい。

 聞けば、提供された情報自体はタイの警察関係者からのリークだったそうだ。

 ようは、証拠品押収と容疑者の拘束は、本職である警察が執り行うという事だろう。


 成程……確かに警察が捜査を行うよりも、俺らにやらせた方が良いな。俺らは自由に動けるし。今回引き受けた背景には、そんな理由があるのだろう。

 後は……もしかしたら息子は“人質”だったのかもしれない。

 対女社長用の切り札、交渉のカードとして、先んじてカメコウに保護させておいた。そんな風にも考えられる。


 暫し勘案して、部屋の外に出ようと思い至った。ヤワラートからここまで、車で十分と掛からない。

 メガミ達が到着したら迅速に対応できるよう、エントランス付近に居るべきだろうか。

 そそくさとドアから出た所で、携帯電話が再び鳴った。メガミからの連絡である。


「私だ。……まずいぞ、女社長が殺された」

「え!? 何故……!」

「警察によると、ついさっき、自宅で死亡しているのが見つかったらしい。ひとまずホテルに車を付ける。後の事は警察に任せておけ」

「わ、分かりました。すぐ向かいます」


 ◇◇◇


 ラッシュはこの時、エントランスに向かっていた。

 そして、招かれざる客がホテル内に潜伏している事に、気付けなかった。


 スパホテル女社長の死亡。それは後に語られる《タイ王国連続テロ事件》の前触れである。

《リセッターズ》は知らず知らずの内に大きな陰謀へと巻き込まれてゆく。

 しかし、ラッシュ達はそれを知る由もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る