私が殺す意味

 転移者と魔法使いは前を向いていて、こちらに気が付いていない。撃つには絶好のチャンスではあるのだが、今撃って殺したら死体が溶岩に落ちてしまう。


 死体は残った部位を多く回収して帰らないといけない。本当なら血管からあふれた血液一滴、傷口からこぼれ出た臓器の一片も残さずちゃんと回収したいところだが、加護持ちとの殺し合いにそんな気遣いしてたら返り討ちに会うから死体の大部分が回収できていれば良しとしている。


 しかし、今の状態で撃てば死体が溶岩にダイビングするのは火を見るよりも明らか、回収しようにも今の私達に前回使っていた飛行装置は持っていないから死体に向かって蹴りを放つことになる。そうなれば私も一緒に溶岩に入ってしまう。


 なので、向こうが着地する瞬間を狙うことにする。セラにも言った方がいいだろうか?一瞬その考えが頭の中をよぎったがすぐに却下する。この通路が途中で欠けている事から私達の立っている通路も脆くなっている可能性が高い。セラの銃は重機関銃だから反動もすごく大きい、地面に伝う衝撃がどの程度かは分からないが撃たない方がいいだろう。


 そこまで考えていたが、魔法使いが後ろを向いたことで全部ご破算になる。まあ…そうなるだろうな。アイビーみたいな狙撃銃があれば距離も取りたかったが無いし、私自身あまり銃は得手ではない。セラも数撃てば当たる考えだし、そもそも撃たせたくないから、こうなるのは知っていた。


溶岩の上にいる間は私達も何もできないから、問題はこの後の向こうの行動なのだがこちらに気が付いてから動きはない。移動もせずにこちらを完全に警戒している。しかし、こうしてもお互い動けないのでさっさと着地してもらう為に狙いを外して銃を撃ってみた。


 これで少しは動くだろうと思ったが何か様子がおかしい。魔法使いは向こうに渡り、転移者がこっちに移動し始めた。少し意外だったがこれはこれで好都合向かってくるのなら切り殺すだけだ。


 腰を低く構えて居合の構えをとる。タイミングは死体が地面にちゃんと着く場所に来てから、そうこうしていると視界の奥で魔法使いが向こうに渡った様で振り返りこちらに杖を構える。


魔法で援護か、そう予想をしたが違った。魔法使いが杖を向けるのと同時に転移者が下に落ちて行った。


「え!?」


 落ちた!?一瞬冷や汗が流れるのと同時に通路の端まで駆け寄る。そっと下を覗いてみるが溶岩に人影は見当たらない。少しホッとするが、だとするなら転移者は何処に?そう思って振り返るとセラの少し後ろの床から光が零れてきている。…あぁ、なるほど、不味い


「セラ!銃を捨てて走れ!」


 私の指示と同時に床が大きく揺れて光が零れてきている辺りから床が崩れだした。転移者が床下から床を崩して私達を落とそうとしている様だ。飛行装置は無いので、落ちたら転移の合図を出す呪文の詠唱も間に合わず溶岩に焼かれてしまう。セラは私の指示を聞いて重機関銃二丁の内の一丁を捨てて走り出し、私も少し下がって助走をつけて飛ぶ。向こう側の魔法使いは転移者の方に意識しているみたいで、特に妨害は飛んでこなかった明らかにこちらを見ているし、少し焦っている。まあ通路の抜けている部分の長さは10メートルほどだったので越えることは出来ないと思っていたのだろう。実際、荷物の重さもあってセラは少し危なかったがな。


 しかし、ここで魔法使いを無力化すると転移者が溶岩ダイブしてしまうから魔法使いの後ろ通路の奥に立って待つことにする。この状況からして魔法使いが転移者を浮かしているのは想像に難くない。だからここで邪魔は出来ない。


何ともシュールな光景だが仕方ない。だが、こちらの事情を知らない転移者達は焦っている様子だ。


「セラ転移者がこっちに来たら少し下がるぞ」


 この場所で戦ったら転移者が後ろに下がったり、殺した時に落ちてしまうかもしれないから下がる。


「分かりました~」


 セラが頷いて少し後ろに下がったのを見て魔法使いの方を見ると丁度転移者がこちら側の通路に足を付けた。銃は駄目だから刀を抜いて構えて少し後ろに下がる。しかし、転移者の方は構えをせずに棒立ちだ。


 どうしたのだろう。そう思っていると転移者が口を開いた。


「どうして、イースを殺さなかった。イースを殺せば俺も殺せたろ」


 そう言って転移者は魔法使いを指差す。その質問には答える。


「別にそこの魔法使いには興味は無い。目的はお前の駆除と遺体の回収だ。先ほどそいつを無力化するとお前は溶岩に落ちるだろう?遺体はキチンと回収しないと駄目だから何もしなかっただけだ」


「そうか…なぁ、少し見逃してくれないか。俺はこの先に用がある、助けたい人がいるんだ。助けられたらあんた達に従う。だから!」


 そう言って転移者は頭を下げる。不意打ちで撃てば殺せるほどに隙だらけの頭だ。しかし、問答が始まる前ならともかく、問われてしまったのなら答えるとしよう


「却下だ」


「どうして?見逃してくれれば、助かる人がいる!見逃してくれれば争わずに済む!俺達が争う理由なんてないんだ!」


 そう言って訴えかける。一見すると私達も戦闘せずに済んでいいように見える。だがこの世界に対する危機感を持っていないようで少しイラっとくる。彼は自分がどれだけ危険な存在か知らないのだろう。それだけは知って死んでほしい。


「貴様の元世界にはハブという蛇がいたな」


「?ああ…いたが?」


 突然話を変えられて、問いの意味が分からずに困惑したように転移者が答える。


「私も一度見かけたことがある。危険度の高い毒を出し人に被害を出す。性格も好戦的で被害報告は毎年多い。確かに人が言うように危険生物だ」


私は構えを解いて切っ先で床をコツコツと叩く。人を殺せる生き物がすぐ近くにいるのだ、そこに住む人は怖いのだろう。


「だが、自然にとっては必要な生物であり数を減らしたいというのも理解できる。だが!外国からその土地に全くいない生物を持ってきて駆除してもらおうと考えるなんて愚の骨頂だ」


 観光目的で訪れてハブが展示されている場所にも訪れた。その時にプレートを見て図書館で調べてかまれた時の写真を見たりして、その危険性を知って、お酒の美味しさも知った。確かに、危険で駆除などされている事には納得することが出来た。しかし、そのために別の所から生き物を持ってくるのは馬鹿げていると思った。私達が世界に大きく関わるわけにはいかないので何も行動は起こさなかったが、後日経過を見た後には


 ああ、やっぱりそうなったか…。と悲しくなった


 彼らに悪意などない。勝手に期待されて、普通いつも通りに生きて、勝手に有害だと言われて、人の勝手で殺されていった。人であったのなら奴隷に近いだろう、自分の意志など関係なかったのだから。ならば、自分の意志で転移や転生をしてその世界で暮らしている人の生活を滅茶苦茶にしている彼らはどうだ?自分が正しいと思い込み、周りに助長されて周りの被害を考えずに事を起こして補填もせずに去って行く、そんなもの害悪以外の何物でもないだろう。


「確かに貴様の言う通り、ここで見逃せば助かる命もあるだろう。だがそれ以前に貴様の幸せのために生活を滅茶苦茶にされた貴族がいる。その土地で必死に暮らす人がいた。それを貴様は踏み潰したのだ」


 記録課で少し調べたのだが、確かに転移者が潰した貴族は確かに税金の異常な搾取等で、その土地に住む住民は苦しい生活をしていた。だが、少なくとも貴族は住民が餓死しないようにインフラの整備や周辺の警備などは一応していた。しかし転移者が潰してからは警備をする人がいなくなり、獣害が多発するようになって全体的な生活の質が下がっていると記録にはあった。


 また、ある村では転移者が貴族を潰した時に物資がある倉庫を貴族の屋敷と一緒に燃えて冬を超える食べ物が無くなってしまい、その年に大量の餓死者が出ていた。


「それが善か悪など関係ない。そんなもの見方次第で変わるからな。だが、貴様ら外来種が関わらなければ、彼らは今以上に苦しい生活をしなかったんだ。それが自分の身になったら、助けたい人がいる?見逃してくれ?冗談じゃない、貴様は命乞いをする貴族を無視して倒したのだろう?自分の為、自己満足のために倒したのだろう?そんな、自己中野郎を誰が信じるんだ」


 外から余計な事をするから、全体が乱れる。ハブも人の手で駆除すればよかったのに、面倒になって楽をするためにあんな手段をとって結果自分の首を絞めることになっている。だから私達は自分の手でキチンと殺すのだ。


「貴様は大を捨てて小を取りたいのだろう?私は逆だ、小を捨てて大をとる」


 私は刀を持ち上げて転移者に向ける。そしてもう一度答えを口にする。


「もう一度言う。答えはノーだ。この世界のために死んでくれ、外来種」


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