第68話 目覚め
生暖かい感触で目が覚めた。血? これは誰の……え?
「モル……さん?」
死んで……え? そんなわけない……さっきまで生きてたのに――
「モルさん!」
駆け寄って体を揺さぶって見たが全然反応がない。体が冷たい。
「そんな……」
モルさん一人で行かせたのが間違いだった。私も行けばこんなことには……。でももう遅い、今更考えても……。
「うーん……」
横を見るとフィルさんが目を覚ましていた。村で一番力があるフィルさんなら生き返らせることもできるかもしれない!
「フィルさん! モルさんが……! モルさんを助けてください!」
倒れていたフィルさんがモルさんの近くに座ると、魔法を唱え始めた。すると体に空いた穴と手足が元に戻っていった。数十秒で生きているときと変わらない姿に戻っていた。
「フィルさん! これでモルさんも生き返るんですね!」
私の言葉に彼女は無言で首を振った。
「見た目は確かに戻せる。だが心臓は元には戻らない」
「そんな……」
なんで? どうして? エルフなら助けられるでしょ? なんで?
「こんな最後ってないですよ……助けてもらったお礼をまだ返せていないのに……」
「……彼は私達のために勇敢に戦ってくれた。クリスタルは奪われたがフィーナのおかげで村は救われた。二人には感謝しないとな」
「感謝? 二人が犠牲になってるんですよ! なんでそんなことが言えるんですか!」
「確かに犠牲にしてしまった。だがエルフは滅んではいない。なんとでもやっていける」
「確かにそうですが……僧侶さんが……フィーナさんが可愛そうだと思わないんですか! モルさんだってエルフのために戦ったのに……なんで……」
「必要な犠牲だったのだ。仕方あるまい」
あまりの怒りに思わず私は彼女を殴ってしまった。
「悔しくはないんですか! 人間に蹂躙されて……それでも何もしないなんて……エルフの誇りはどうしたんですか!」
私の言葉を聞き彼女は私の胸ぐらを掴み叫んだ。
「私だって悔しいさ! だがエルフでは人間には勝てないんだ! 私だって戦いたい、だが私達では通用しないんだよ!」
「でも……それでも何もしないよりは……」
「攻撃する術がないっていうのに戦いに行くのか! それは村のものを死なせるだけだ!」
「じゃあ私が敵を取りますよ! モルさんの意思を継ぎます!」
「無理だ、君も敵の攻撃に反応できなかっただろう? みすみすお前まで殺されるわけにはいかない」
「でも……!」
彼女は私の頭を撫でた。
「彼はよくやってくれた。天国でお前が生きていくのを願ってるだろう。彼は死んだ。生きている私達はこれからも生きていかなければならない。辛いことがあっても生きよう」
気づけば涙が溢れていた。涙が止まらない。私一人でこれからどうやって生きていけばいいのだろう? 分からない……。
「なあ、フィルよ」
声のしたほうを向くとエルフの老婆が立っていた。右手にはグラン・クリスタルを携えていた。
「ルシ婆か。どうかしたか? グラン・クリスタルなんかもって」
「この若い青年は私達のために戦ってくれた。私達を守ると言ってくれた。人間なのに私達を助けると言ってくれたんだよ。もう一度彼に賭けてはみないかね?」
「確かにそうだが……彼はもう……」
「皆のもの、聞いてくれないかい? エルフは人間に蹂躙され、誇りを踏みにじられた。だが彼は私達に寄り添ってくれる。エルフの未来を彼に預けて構わないかね?」
周りのエルフは動揺していた。今の状況にも、彼女の言葉にも。だが一人が「彼に託しましょう!」と言うと他のエルフの声を上げた。
「そうかい。じゃあちょっと待っておくれ」
そう言うと老婆はモルさんの横に座り、グラン・クリスタルを胸の部分に押し当てた。そして彼女が短く詠唱すると、グラン・クリスタルはモルさんの体の中に入っていった。
「あの……これって何をしてるんですか?」
「この若者を助けるのだよ。グラン・クリスタルは元は心臓だ、うまくいけば心臓の代わりになってくれる」
「じゃあ生き返るってことですか!」
モルさんが生き返る! やっぱりエルフの力は凄かったんだ!
「ただし、生き返るかは分からない、前例がないからね。今は彼の魂が抜けている状態だからね、戻ってくる保証はないよ」
「それじゃ……ただ祈るしかないってことですか?」
「アスティさんと言ったかね。随分と仲が良かったんだろう? 彼の体を触って呼びかけておくれ。そうすればあの世の魂が引き寄せられるかもしれない」
「分かりました! モルさん! 起きてください! モルさ――
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「どうしたんだモルダー、上を向いて」
なぜだか分からないが、アスティの声がした気がした。気のせいだろうか?
「分からない。アスティに呼ばれた気がした」
「アスティ? ああ、魔王か」
俺の気の所為だったのだろうか? そういえばアスティは死んでないよな? こっちに来ないといいんだが……。
「そのアスティとやらとは仲が良かったのか?」
「まあ仲というか、相棒みたいなもんだな。魔王なのに丁寧だし、抜けてるところもあるし、面白いやつだよ」
「なるほど、先代とはだいぶ性格が違っているようだな」
「先代?」
「ああ、先代の魔王だ。クリミナルグラード戦で死んだんだよ。それでまだ幼いアスティという子が後を継いだようだ」
「なるほどねえ」
「俺は魔族とは敵対していた。いや、人間全体が敵対している。だがお前は共存する道を選んだ。まあ色々あったが俺ももう死んだんだ、守ってやるといい」
「俺も死んでるんだ、今更だな」
俺の言葉になぜかクソ親父はニヤついていた。もう一回殺してやろうかな?
「そろそろ時間のようだな。じゃあな、頑張れよ。我が息子よ」
「何を言って――
突然俺の真上に光が差した。体が吸い寄せられていく。意識が消えてい――
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「モルさん!」
目を覚ますとアスティが泣きながら抱きついていた。ここは……エルフの村か? 俺は地獄にいたはずじゃ……。
「どうやら賭けには勝ったようだね」
「この前の婆さんか。賭け?」
「お前さんは一回死んだんだよ。今はグラン・クリスタルが心臓の役目を果たしている」
「生きかえった……?」
アスティがわんわんと泣いている。どうやら本当に生きかえったらしい。
「アスティ、心配をかけたな」
頭を撫ででやると、鼻水がたれた顔で彼女は叫んだ。
「心配したんですからね! 本当に死んじゃって……もう生き返らないかと……」
「もう大丈夫だ。安心しろ」
また頭を撫ででやると、彼女はまた泣き叫んでいた。
「モルダーさんよ」
老婆が俺の目を見て話しかけてきた。
「あんたは一回死んだ。確かに生きかえったがこれ以上私達を助ける必要はない」
「フィル婆!」
「そう叫びなさるな。どうだい? モルダーさん」
確かに俺は負けた。逃げる選択肢もある。だが俺はまだやらないといけないことがある。
「エルフも救って、フィーナも助けてやるよ。任せておけ」
老婆は俺の言葉に無言で優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます