第62話 エルフの老人

 戦いに勝利した俺はエルフ達と一緒に酒を飲んでいた。中央の広場ではさっき俺がしていた競技をエルフ同士がやってとり、それを肴にみんな酒を飲んでいた。なんなら小さい子供も酒を飲んでいた気がするが、法律もないし大丈夫なんだろう。


 アスティはというとさっきまでは俺を殺す勢いで睨んでいたが、今は酔っ払って上機嫌になっていた。アホの子なのだろうか。


「アホほど飲んでるけど大丈夫か?」


 俺の横で酒を煽るように飲んでいるアスティに俺は話しかけた。


「魔王ですからね! 酒にも強いですよ!」


「そういうもんなのか」


 酒を浴びるように飲むとは言うけど本当に樽ごと酒を浴びる女を俺は初めて見た。正直若干引いてるが記憶も無くしてくれればこちらとしても好都合だ。


 そんなことを思っていたらアスティが突然倒れるに寝始めた。半分昏睡しているような気がしないでもないが、息はしているので大丈夫だろう。多分。


 エルフ族の余興を見ながらちびちび酒を飲んでいると一人のエルフが俺の横に腰を落とした。エルフ族は容姿が若い者が多いが、このエルフは顔中シワだらけで腰も曲がっていた。エルフは長寿と聞いている。この人は何百年と生きているのかもしれない。


「モルダーさんといったかい?」


「そうですが、どうかされました?」


 なぜか彼女はうんうんと頷き、懐かしそうに目を細めた。


「フィルマの娘さんと一緒に旅をしていたとフィニーから聞いたわ。娘さんはどういう子だったのかしら?」


 フィルマが僧侶の母で、フィニーが妹だったよな……。で僧侶はフィーナで族長はフィルと……。ややこしすぎる、覚えらんねえ。


「どういう子といえば割と変わってましたね。割と冷酷で……いやドライな性格でしたけど、まあなんだかんだでしっかりしてましたよ」


「そうかい、母親には似なかったんだねえ」


「僧侶……いやフィーナの母親ってどういう人だったんですか?」


 俺の質問に彼女は目を細め、遠くの空を見つめていた。


「お転婆な子だったねえ。いつも森で遊んでは怪我をして帰ってきて、私がよく治療したもんだよ。成長してもそれは変わらなくて、外の世界に行ってくるっていって村中の人が反対したわ」


「娘さんとは正反対ですね」


「そうねえ。たまに手紙はよこしていたけど、まさか人間と結婚するなんて思ってもみなかったわ。一目惚れしてパーティに入って、口説いたらしいわねえ。あなたの父親も同じパーティだったんだけど、同じパーティで色恋沙汰は駄目って猛反対だったらしいわ。まあビンタして黙らせえたらしいけどね」


 親父弱すぎるだろ。それでも勇者かお前。


「あなたの父親は元気でやってるかい?」


「……元気に暮らしてますよ」


 地獄でな。


「そうかい、そうかい。それはいいことだね。フィルマは娘を生んだ後に死んじゃったからねえ。生きているのはいいことだよ」


「そのフィルマさんってのはなんで死んだんですか?」


「魔族との戦争があってねえ。クリミナル・グラードだったかねえ、場所は。夫をかばって死んだとあなたの父親から手紙で聞いたわ。夫もその戦争で死んであなたのパーティはあなたの父親の一人になったってねえ。あなたの親父さんもさぞ悔しかったろうねえ」


 今更あいつには同情しないが、あいつもあいつで考えることもあったらしい。今更聞いたところでどうしようもないのだが。


「今も昔も戦争は無くならないわねえ。私も多くの人の死を見てきたけど、戦争はどれも悲惨だった。でも今回ばかりはもうだめかもしれないわね。昔から多くのエルフを人間との戦いで亡くしたけど、もう滅びる運命なのかもしれないわね……」


 彼女は死期を悟っているのか、悲しむようにいった。


「大丈夫ですよ、エルフ族は俺が守りますから」


「そう言ってくれると私も救われるわ。でも相手は国だからね、無理な時は逃げてもいいのよ。族長のフィルは戦えといったかもしれないけど、あなたが命を賭ける必要はないんだからね。死んだらすべてお終いだよ」


 確かに俺は赤の他人だ。救う必要なんてないのかもしれない。それでも――


「僧侶には世話になりましたからね。命を賭ける理由はありますよ」


「そうかい、そう言ってくれるかい」


 そういって顔を更にしわくちゃにして彼女は微笑んだ。


「フィルマちゃんもね、外で生まれたから会ったことはなかったんだけど、さっきようやく顔を見れたねえ。顔は母親に似て美人だったわ」


「……敵の仲間になってましたが責めないんですか?」


「そうねえ、やっぱり悲しいしわ。村を襲う国の仲間になっているんですもの。でも……それでも生きててくれて本当によかったわ……」


 彼女のとっては自分の命より僧侶の命のほうが大事らしい。年の功というより人がいいのだろう。


「安心してください、あいつは俺がぶん殴ってでも連れ帰ってきますよ」


 俺の言葉に彼女は静かに微笑んだ。


「そうかい、ありがとうね。これからプラハ軍とは戦うのかい?」


「はい。殺し合いになるでしょう。私も死ぬかもしれませんが、その時は逃げてください」


「ずっと私はここで暮らしてるからねえ、今更どこかに行こうとは思わないわ。それに子供の成長を何百年と見てきたのよ。私が死ぬことに未練はないけれど、子どもたちが死ぬのは可愛そうだわ。若い子ならどこでもやっていける、この村以外で生きる選択肢もあるからね。それこそフィルマや娘のフィーナちゃんと、フィニーちゃんのようにね」


 確かに村を捨てれば生きていけるのかもしれない。ただ帰る場所が無くなるというのはとてもつらいだろう。


「確かにそうかもしれませんね。それでも俺は戦いたいと思います」


「ありがとうね……。でもあなたの何がそうさせるの?」


「勇者ですからね」


 俺は笑顔を作り彼女にいった。


「そう……覚悟は決まっているのね。ならこれを受け取ってちょうだい」


 そう言うと彼女は服の中からクリスタルを取り出した。


「使ってちょうだい。少しでも役に立てればいいのだけれど」


「ありがとうございます。武器にでもつければいいですかね?」


 俺の質問に彼女は少し考えた後、口を開いた。


「クリスタルにも種類があってね、これは武器に使えないの。身体を補助するクリスタルね。私みたいな老人でも楽に動けるようになれるのよ」


「そんな大事なものをもらってもいいんですか?」


「そうね、それじゃあ貸しておくわ。生きて戻って返しに来てちょうだい」


 生きなきゃいけない理由が一つ増えてしまった。まあ死ぬつもりは微塵もないが。


「これってどこにつければいいんですか? 腕とかにつけとけば筋力が上がりますかね?」


 俺の質問にまた彼女はうーんといい考え出した。そして俺の体を観察した後、彼女は口を開いた。


「見たところ身体能力は十分すぎるほどあるわね。なら……」


 彼女はクリスタルに向かい詠唱を始めた。するとクリスタルが薄い膜のように変わった。


「これを目にはめるといいわ。効果はそうね……実感したほうが良さそうね」


 そう言って彼女は俺の右目にクリスタルをはめた。正直目に異物をつけるのは怖すぎたが、拒否するのも申し訳ないので、仕方なく従った。


 そして何の違和感をなく、目にクリスタルが装着された。


「どう?」


「これは……うーん……ちょっと目が良くなったくらい……ですかね」


 眼鏡と正直変わらない気がする。意味があったのだろうか?


「ふふっ、まあ今はそうね。いずれ分かるわ」


「そうなんですが、楽しみにしてますね」


「そうね、またこうして話ができることを祈ってるわ」


 そういって彼女は立ち去っていった。


 まあいずれ効果が分かるなら今は考える必要はないだろう。それに効果がなくても別に今まで通りだ、不便はない。


 そして俺はまた一人、ちびちびと酒を飲み余興を楽しんだ。願わくばこの平和が一生続けばと心から思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る