第27話 フレイン=リフレリアの過去
「四大魔法を……? そんなことあるはずが……」
僧侶の顔が驚嘆の色に染まっている。
「それってすごいことなのか? 俺にも分かるように説明してくれよ」
「はい。この世を構成する四つの元素が《火・風・水・土》で魔法使い、いや魔法を使うすべてのものがこのどれかの素質を持っています。基本的に一人に対して一つの元素、天才と呼ばれた魔法使いの始祖である《アルワイト=ローゼス》でさえ火と水の二つの元素しか扱えなかったと言われています。それをフレインさんは四つも持っている、これはありえないです、何かの間違いだと私は思います」
フレインの魔法、俺も何度も見たことはあるが火の魔法以外使っているのをみたことがない。僧侶の話を聞く限り嘘としか思えない。
「女、それってただの勘違いなんじゃないのか? あいつが炎以外の魔法なんて使ったことなかったぜ」
「わ、私も噂で聞いたことがあるだけなので……。魔法の天才と呼ばれてたらしいですからそれに尾ひれがついたのかもしれません……」
「天才ねえ……」
俺からみた魔法使いはどこか抜けていて、悪い意味で何を考えているか分からないちゃらんぽらんな奴だったんだけどなあ。
「まあ本当か嘘かなんて今はどうでもいい、それよりもフレインの研究室ってどこにあるか分かるか? 多分この学校の中にあると思うんだが」
「ええと……フレインさんの研究室なら眼の前の建物の一番上の部屋にあります。なんてったってこの学校始まって以来の才女ですからね、彼女一人のために作った研究室なんですよあそこは」
「なるほどな、あそこか……女、案内してくれないかあそこまで」
「はい……命がかかってるので私に選択肢はないですもんね……。まあそれにあのフレインさんの研究室ならちょっと見てみたい気もしますし……」
「これでようやく魔法使いさんの謎が溶けそうですね。長かったですねここまで」
「ほんとにな。じゃ行くか」
魔法使いの研究室、長い旅だったがやっと辿り着くことができた。ここですべてを終わらせよう、俺たちの冤罪に、そして彼女の謎に。
「……失礼しまーす……」
案内役の女のお陰で裏口から忍び込むことができ、人が通るルートを避けようやく研究室まで着くことができた。なんだかんだでこうやって忍びこむルートが分かる辺り、この女も犯罪者予備軍なのかもしれない。
「これは……すごいな……。これ全部魔導書なのか?」
部屋という呼ぶには広すぎる室内に所狭しと本が並べられている。四大元素、八星魔法、召喚術……一体何を研究してたんだ、あまりにも学んでいることが広すぎる。
「なんというか魔法使いさんって本の虫って感じだったんでしょうか? どこをみても本だらけで頭痛くなってきちゃいますよ……」
「すごい……これ見てくださいよ勇者さん、調合できる薬草が乗ってる本までありますよ。あ、こっちには回復魔法の論文まである! ここは天国ですね!」
「ここがフレインさんが研究していた場所……。ここだけ空気が違うというか……フレインさんの匂いを感じる……。いけないことだと思ってたけどついてきて良かった……。もっとこの空気を取り込まないと……。あぁ……いい匂いがする……」
彼女たちはここに来た目的を忘れているのだろうか? アスティはまだいい、僧侶は自分に関係する本を夢中になって読んでるだけだし、さっき捕まえた女に至ってはとろんとした目で深呼吸している。ここの空気は麻薬か何かか? お前はジャンキーか何かか?
「そんなことどうでもいいから魔法使いの正体が分かるようなもんを探してくれ。ここに何しに来たと思ってるんだよ全く……」
だがそうは言ってもこの量は予想していなかった。ここから目的の物を探すのなんて砂漠に落ちた真珠を探すくらい無理なことじゃないのか? どうしたもんか……。
「あれ? なんだでしょう? この引き出し鍵がかかってて開かないです。モルさん、もしかしたらここに重要なものが入っているんじゃないですか?」
「よし、でかしたアスティ。ちょっとそこをどいてくれ。今開けるから」
「え? でもこれ私が力づくで開けようとしてもびくともしなかったですよ? どうするんですか?」
「こんな時のための“罠はずしだよ”」
コードを魔法使いに教わったものに合わせ、罠はずしを引き出しに向け使用する。ビンゴだ、カチッという音と共に鍵が開いた。
「ん? これは……」
引き出しの中には一冊のノートだけが置いてあり、それ以外は何も入っていなかった。
「ここまで厳重に保管されていたので何かあるのかと思ったらノートだけじゃないですか勇者さん。期待させないでくださいよ全く……」
「そんなこと言われてもなあ……。まあ、もしかしたら何かこれにヒントが隠されているかもしれない、とりあえず読んでみよう」
何も書かれていない表紙をめくると日付が書かれた文章が見えた。研究ノートとかではなく、ただの日記か。
「日記だぜこれ。自分の日記を見られないように隠すなんてなんだがその辺の女の子みたいなことするなあいつ」
「当然のようにその日記を読もうとする勇者さんも勇者さんですけどね。本人がいたら絶対殴られてますよ」
「かわいそうに魔法使いさん……。不法侵入されるだけでは飽き足らずこうしてプライベートまで露わに……」
なんで俺が悪役みたいになっているんだよ、お前も承知の上で来たんだろうが全く……。
「まあ、とりあえず読むぞこれ。何か手がかりがあるかもしれないからな……」
◯月◯日
今日は私の入学式! お父さんもお母さんも喜んでくれた! これから私の魔法使いとしての人生が始まるんだ、今まで以上に頑張らないと! お姉ちゃんみたいな魔法使いになれるかな? なりたいな。
◯月△日
やっぱり学校の勉強って難しい……四大元素? 八性質? 何それって感じ……全然ついていけない……。でも魔法使いになるためだもんね頑張らないと! お母さんとお父さん元気にしてるかな? 一人暮らしは寂しいよ、会いたい……。
◯月☓日
お姉ちゃんに教えてもらったお陰でやっと四大元素を理解出来た気がする! やっぱりお姉ちゃんはすごいなあ、私も才能があればなれるかな? お姉ちゃんがいればできる気がする、もっと頑張ろっ!
◇日◯日
今日は学校のテストがあった。私が苦手な風の元素が範囲だったけど……大丈夫だよね? 私ちゃんとできてるかな? 不安だけど楽しみだ、早くでないかな結果。
◇日☓日
全然駄目、後ろから数えたほうが早いくらいの低順位。うーん……やっぱり私才能ないのかな? どうすればいいのお姉ちゃん……。
「……普通の日記ですね……」
「魔法使いさんもこういう時期があったんですね。とても天才と呼ばれてるフレインさんと同一人物とは思えないです」
「フレインさんって最初はこうだったんですね……。私も頑張ればフレインさんみたいになれるかも……」
「魔法使いも最初は駄目なやつだったってことしかこれだけじゃ分からないな……。とりあえず続き読むぞ」
☓月◯日
やった! 炎魔法のテストで満点取れた! さすが私、やればできるじゃない! お母さんとお父さんに手紙出さなきゃ、私でもできるって、私でもお姉ちゃんみたいになれるってことを伝えなきゃ!
◎月◯日
お父さんもお母さんも褒めてくれた! やった! これで私もリフレリア家に恥じない魔法使いだ! まだ座学ばっかりで魔法は使えないけどきっとできる、このままの調子で頑張れ私!
☆月☓日
今日の実習は散々だった。理論では分かってるんだけど実際やろうと思うと全然魔法がでない……どうすれば出るんだろう? コツとかあるのかな? お姉ちゃんに今度聞いてみよう。
☆月△日
お姉ちゃんに教わったとおりやってみたらできた! できたよ! ちっちゃい炎だったけど魔法を使えたんだ私! どうやら私の性質は炎らしい、これからは炎魔法の勉強に集中しなきゃ!
「やっぱり魔法使いの性質は炎らしいな、四大元素の魔法を使えるなんて嘘っぱちじゃねえか」
「あれ? 噂とは違うんですね、私は使えるものとばっかり……」
「まあ魔法使いさんも炎魔法しか使ってなかったですし当然と言えば当然ですね」
「じゃ続きを読むぞ。ん? なんだこれ? 続きがどこにも書いてな……お、こんな所にあったのか、じゃ読むぞ」
★月▲日
お母さんもお父さんも死んだ。死に目に会えなかった。頼れるのはお姉ちゃんしかいなくなっちゃった。なんで? なんで死んじゃうの? 私を置いて何で死んじゃうの? やだよ、返ってきてよ。なんでもするから……お願い……。
★月◀日
あれからお姉ちゃんは変わってしまった。ずっと研究室にこもりっぱなし……。私が話しかけても上の空で私を見てくれない。もう私にはお姉ちゃんしかいないんだよ……? 構ってよ……私を見てよお姉ちゃん……。
★月▶
お姉ちゃんの研究室にこっそり入ってみた。私が見ても良くわからないけど“魔王”とか“心臓”とか書いてある。一体何の研究してるの? 一体何を私に隠してるの? 置いてかないで。置いてかないでよお姉ちゃん……。
◉月◯日
なんで? なんで? なんで? なんで? なんでお姉ちゃんも死ぬの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで私を置いてみんな死んじゃうの? なんでみんな私に一人にするの? 一人は寂しい、一人は嫌だ。私も死ねばいいのかな? 死ねばお父さんとお母さんとお姉ちゃんに会えるのかな? 会いたい、会いたい、会いたい……私を一人にしないで、なんでもするから、お願いだから一人にしないで……。
「これは……」
乱暴に書きなぐるように刻まれた字から彼女の悲壮が伝わってくる。なんでもないような顔をして笑ってただろお前。お前にこんな過去があるなんて俺は思っても見なかったぞ。
「なんというか……かわいそうですね魔法使いさん……」
アスティと女を見ると顔を下に向け悲しそうに黙っていた。一緒に旅をした俺と僧侶に配慮してくれているのだろうか、ただ黙って魔法使いの日記に耳を傾けていた。
「まだ続きがあるな……ここまできたら最後まで読もう、覚悟はいいな僧侶」
「はい……お願いします……」
◉月☓日
お姉ちゃん、そういうことだったんだね……すべて分かった、私がお姉ちゃんの思いを引き継ぐよ……。待っててねお父さん、お母さん。もうすぐだから……もうすぐ会えるから待っててね……。
◇月◯日
心臓が痛い。痛みが止まらない。死にたくない。死にたくない。まだ私にはやることがあるんだ。死にたくない、死にたくない、死にたくない。死にたくないよ……お姉ちゃんん……もう少し……もう少しだけ私を生きさせて……。そうすればすべてが終わる、またあの頃に戻れるから……。
◇月◉日
軍の人がきた。お姉ちゃんの研究、今私がやっている“心臓”の方の研究に興味があるらしい。そのお礼として私に薬をくれた。軍の人が作った薬みたいなんだけどこれで私の体は五年だけ保たせることができるらしい。五年の間にもう一個の方の研究を完成させないと……私に残された時間はすくない、例え他の人がどうなろうとも私の夢だけは邪魔させない。
⊿月◯日
心臓の方の研究はだいぶ進んだ。心臓の“再生”はできないけど体の再生なら十分に効果を発揮できる。軍の施設で囚人を手術し、被験体一号が完成した。効果を検証するために試しに首を切断すると見事に再生した。研究費のためとはいえ私も少し心が痛む。だけどその男の言葉は印象的だった。ははっ、これは面白いなと他人事みたいにいう男を見て少しだけ安心した。
⊿月☓日
軍から心臓の研究はどうしたんだと煽られる日々。お金と薬をもらっているから拒否できないことを良いことに散々言ってくる。私だって頑張ってる、心臓ともう一個の研究の理論を完成させないと……。
◁月◯日
理論が完成した。早速被験体二号に術式を施す。魔力は軍の人がさらって来た魔族の男を生贄にしてどうにかした。命乞いをしてて可哀想と思ったけどどうしようもない。私にはやることがあるから。恨まないでね、私のために死んで。
◁月☓日
なんで? 理論は完璧なはずなのに! 何が足りないの? こいつの魔力程度では無理ってことなの? どうして! なんで!
◁月◁日
軍の人から《計画》についての説明があった。やっぱり魔王を生贄にしないと無理みたい。直に《魔王討伐》のお触れが国から出る。それに私も参加しろとのことだった。理論が完成したから私は用済み? まだもう一個の研究が終わっていないのに……この研究室を追い出される前に完成させないと……。
■月◯日
幸運だ。なんて奇跡なんだろう。これですべての準備が整った。魔王の心臓さえあれば私の夢が叶う。幸い軍の人にはこのことはバレていない。バレてはいけない。私の夢は邪魔させない……例えそれが誰であろうとも。
■月◁日
魔王を倒すためには今の私の力では無理だ。一人でやれる力が欲しい。例え私の体がどうなろうとも。その日まで保ってくれればいい、すべてを犠牲にしてでも叶えてみせる。
■月☓日
家の書庫にあった古い魔導書が役に立った。何人かの囚人を生贄にしちゃったけどこれで私一人で戦える。四大魔法のすべてが使える今の私に敵うものはいないだろう。
◆月◯日
いよいよ出発の日だ。あと四年半の命。持つかな? いや大丈夫、私は無敵なんだ。早く会いたいよお父さん、お母さん……お姉ちゃん……待っててね、すぐだからね……。
私の魔法で“生き返らせて上げる”から。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます