第22話 僧侶(26)

「あ、モルさん! やっと着替え終わったんですね、待ってましたよ! さ、早くこっちにき…………え?」


「……おい……僧侶……」


「あら、かわいいですね勇者さん。ローブは似合わないと思ってたんですがそこはさすがの勇者さんですね、とてもお似合いですよ」


 ベージュのトンガリ帽子に、ベージュのローブ。肌触りの良い絹で作られた最高級の装備だ。


 だが一点だけおかしいところがある。ローブの丈がなぜか“膝上十センチ”なのだ。


「おい、僧侶。こんなんただの変態じゃねえか! どうすんだよこれ! 周り見てみろよ、あの魔法使い共の目線!! 男の魔法使いって珍しいわね……とかって目じゃねえからな! 何あの露出狂……の方の目だぞ!! 誰が好き好んでこんな服着るんだよ!!」


「そういう割には普通に着てきましたよね。私も冗談だったんですがまさか着るとは思わなかったです。実は見せたがりとかそういうのですか?」


「俺だって着たくなかったよ……だけどあのボロボロの服とこの変態ローブの二択だぞ!! どっちを着ていいか分からねえよ!! まだこっちの方がましだと思って着てみたらこれだよ、後悔しかねえぞ今」


「さすがにこれは……モルさんってそういう趣味があったんですね……さすがにこれは私には無理かなって……思います……」


「おう、受け入れてくれなくていいわ、むしろ受け入れないでくれこの俺を。もしこれを着て喜んでる男がいたら俺がぶん殴ってでもやめさせるわ」


「ふふっ、でも残念ですね。私はもうその服以外持っていないんですよ。そのローブを着続けてもボロボロの服を着続けても奇異の目で見られるんです。ふふっ、ふふふふふ」


 いつになく上機嫌で笑う僧侶。どこまで性格が悪いんだてめえ。そういう態度なら俺だって手段を選ばんからな。


「まあこのローブで別にいいよ、着れればなんでもいい。でも一つだけお願いがあるんだがどうも脇の部分が解れていて破れそうなんだよ。頼む、僧侶。これだけは直してくれないか?」


「ふふっ、勇者さんその服を選ぶんですね、私は良いと思いますよ。で、どの辺りが解れているんですか? ちょっと見せてください」


 僧侶が確認のため不用意に近づいてきた。


「あれ? どこも解れていないですよ勇者さん。見間違えたので――


「おらあっ!!」


 思いっきり僧侶の腹にボディブローを叩き込む。今までの恨みが乗ったパンチで一瞬にして僧侶の意識が遥か彼方へと消えていった。


「ちょっとモルさん何してるんですか!! いくら僧侶さんがひどいことをしたからといってあんまりですよ!!」


 俺の行為を責めてくる魔王。当然と言えば当然である。


「いや、違うんだ。まあ半分くらいは本当だが違うんだ。ちょっと耳かしてくれ」


「私に何をするつもりなんですか!? 騙されませんよ!」


「いや何もしない、ただ一つ提案があるんだ」


 魔王の耳元で囁くようにその提案を話す。すると彼女は納得したようでうんうんとうなずいている。


「確かにこれならモルさんも僧侶さんも困りませんね! 勇者さんも優しい所あるじゃないですか!」


「そうだろ、そうだろう? 俺は僧侶の為を思ってこんな仕打ちをしたんだ。俺だって心が痛いさ、でも僧侶の夢のためなんだ仕方なかろう」


「僧侶さんの夢ってこういうことだったんですね! 私に言ってくればお手伝いしてあげたのに……」


「僧侶だって照れくさいのさ。だからこうやって強引にでもやらねえと駄目なんだ、案外恥ずかしがり屋だからな」


「モルさんそんなことまで考えて……最初に僧侶さんを殴った時はこの人何してるんだろう、もうついていけないと思ってましたが今なら気持ちが分かりますよ! 一緒に僧侶さんの夢を叶えましょう!」


 ちょろい、ちょろすぎる。お前がアホの子で本当に良かったよ。


「じゃ早速取り掛かろうぜ。僧侶が目を覚ましたら元も子もないからな」


「はい!」


 気絶した僧侶を路地裏まで引っ張り俺たちの《計画》が始まった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「きゃあああああああああああああああ」


 路地裏に甲高い悲鳴がこだまする。計画が無事成功した合図だ、アスティは彼女の姿をみてすっかり喜んでいる。


「おー、かわいいですよかわいいです! やっぱり僧侶さんも女の子なんですからこうじゃないと! 夢が叶って本当に良かったですね!」


「ゆ、夢?」


 僧侶が身に覚えがないとでも言わんとばかりに怪訝な顔をしている。それも当然だ、夢なんてでっち上げ。元からそんなものなんてなかったんだからな!


「おい、僧侶。なんだその服は。そういうのが趣味だったのか? それなら最初から言ってくれればよかったのになあ、こんな苦労もしなくてすんだのに」


 必死に笑いを堪えていたが僧侶の困惑した顔と恥ずかしがる表情を見てついに我慢ができなくなってしまった。思い切り腹を抱えて笑っているとキッと目を細めこちらを睨んでくる。


「くっ……勇者さんがやったんですねこれ! 返してください私の服! なんで私がこんな……破廉恥な格好をしなきゃいけないんですか! 返してください!! この変態!!」


 そう、彼女が着ているのは俺がさっき着ていた“ミニスカートのローブ”だ。僧侶の着ていたローブと俺のローブを交換したというわけである。


 下着が見えないように裾を手で押さえ涙目で睨んでくる僧侶。その姿に興奮することは仕方のないことだろう。恥じらう姿ってのは本当にいいものだな!!


「でも似合ってますよ僧侶さん! せっかく綺麗な足をしているんだから自信を持ってください! ほら恥ずかしがってないで見せてください!」


「そうだぞ僧侶。ローブから見える生足、程よい太さのふくらはぎ、すべて美しい。これを見せないなんてもったいなさ過ぎる、さあ立ってよく見せてくれよ」


「嫌です! なんでこの私がこんな格好しなきゃいけないんですか! ちょっと……! そんなにジロジロ見ないでください目を焼きますよ勇者さん!」


「見るなって言われてもなあ……かわいいからしょうがねえだろ。なあアスティ」


「そうですよ、勇者さんの言うとおりです! 普段とのギャップでより可愛く見えますよ?」


「うぅ……見ないでください……私が悪かったですだから見ないで……」


 うなだれて完全に意気消沈している。俺が僧侶に興奮する日なんて来るとは思っても見なかったがなんだろうな……この時のためにこいつを仲間に誘ったような気さえしてくる。


「よし、聖セントリア大学まであと少しだ! 時間がもったいない、さっそく向かおう! 行くぞアスティ!」


「はいっ! これまでの謎の答えが待ってるかもしれませんからね! さっそく行きましょう! 座ってないで行きますよ僧侶さん、さあ立って!!」


「やだ、行きたくありません! やめてください、引っ張らないで……やだ! 絶対いやです! やめてええええええ」


 こうして俺とアスティ、僧侶(ミニローブ)の三人は通りの先にある聖セントリア大学に向けて歩き出した。

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