第11話 王族親衛隊隊長 デルハンジ=ウルヴ①
しばらく歩いていると、ようやく牢獄を取り囲んでいる大きな壁が見えてきた。
「よし、これを壊せば晴れて脱獄だ」
ようやく長かった囚人生活にもおさらばできる。あばよ憲兵共。
「脱獄したらすぐにでも殺してやりますからね……」
体も口もナイフになっているようだ、鋭い。
「なんとでも言うが良い、下着がある限り俺は無敵だ」
「もうっ……分かりましたよ諦めますよ。いいからさっさと脱獄しま――
「おーっと、簡単に脱獄させるわけにはいかんなあ。残念ながらお前たちの逃走劇もこれで終いだ」
突然目の前に現れた男は不敵な笑みを浮かべている。
せっかく人がもう少しで外に出れるってのによ、無粋なやつだ。
「誰だてめえは」
苛立ちを込めて睨む俺に、男はまっすぐ瞳を向けてきた。怯みも恐れも微塵も感じさせない佇まい。今までこういう奴らには何人か会ったことがある。馬鹿か強者のどちらかだ。
「俺は王族親衛隊隊長、デルハンジ=ウルヴだ。さきほどは私の部下が世話になったな」
王族親衛隊隊長と名乗る男は黒い軍服に足元まで伸びる黒いマントを羽織っている。襟元には朱色の紋様が施されており、こいつが本当に王族の親衛隊であることを示していた。
腰には二刀の剣を携えている。左手側の長剣は刀身が炎の様に波打っており、右手側にはナイフ程の小剣を携えている。その小剣の峰には凹凸とした溝が刻まれていた。
「なるほど、“フランベルジュ”と“ソードブレイカー”か。随分洒落たもんを持ってるな。隊長にでもなれば装備も趣味に走れるのか?」
「はっ、別に俺の趣味じゃねえよ。使ってくれと頼まれたから使ってるだけだ」
「へえ、それは難儀な話だな」
「それにその紋様。王族の親衛隊隊長様がなぜわざわざこんな辺鄙な場所まで足を運んでんだ?」
「野暮用さ」
男はあくびをしながら答えた。
こいつが馬鹿か強者か、今は確かめている暇はない。こうしている間に残った憲兵に囲まれでもしたら面倒だ。こうなったらやることは一つだ。
「先手必勝だ、くらえ!」
叫び声と同時に男に向かって俺は走り出した。男は驚きもせず落ち着いた動作でフランベルジュを抜き、そして構えている。肝が座っているというよりは、場数を踏んでいると言ったほうが正しいだろう。
「不意打ちするなら何も言わずにやるのがこの世界の常識ってもんだ。お前は馬鹿なのか?」
男の言うとおりだ。迎撃の構えを取り俺を見据える男に一部の隙なんてなく、ましてやこちらの装備はナイフのみ。最初から分かっていたんだ、こうなることなんて。不意を付くから不意打ちになるなんて中卒の俺でも分かってんだよ!!
ナイフを振りかぶり男の足元に向けて思い切り振りぬく。一瞬の静寂の後、石造りの地面が爆発でもしたかのように男の立っている方向へ吹き飛んでいく。辺りに粉塵が舞い散り生死の確認どころではない。だがこれでいい。
「アスティ! 逃げるぞ!」
方向転換し外壁まで俺は一直線に走った。埃まみれになりながらも、ただ壁に向かって走り続けていると目前に外壁が現れた。どうやらここまでは粉塵は届かなかったらしい。走りながら後ろを振り向くと依然として粉塵が撒い、何も伺うことはできなかった。
「モルさん! 外までもう少しです! 急ぎましょう!」
ナイフ形態の魔王が話しかけてくる。
「いやまだ足りねえな」
「え? ちょっとモルさ……」
今度はナイフを横にし、剣を振り抜きながら左足を軸に一周をする。斬撃が体の周りから円状に放たれ外壁もろともすべてを吹き飛ばす。
「よし、これで外壁は無くなった。それにここまでやれば敵もくたばってるだろう」
「いや……モルさんって人間側の人でしたよね……。躊躇いってものがないんですか……」
さすがの魔王も引いていた。
「剣から斬撃が出るのは初めてでちょっと楽しくなってしまってな。あいつらも訓練してるんだ。多分生きてるだろう」
「そう……ですかね……? まあ外壁も壊れましたし、さっさと逃げましょう。もし追ってこられても面倒ですし…………え?」
「ん? どうしたアスティ、トイレか?」
いつもの様に軽口を叩いてみたが彼女からは一向に返事がない。何か嫌な予感がして男が立っていた方向を見るとあるはずもない人影が見えた。
「モ、モルさん!」
「分かってる!」
人影に向けてナイフを何度も振り抜ける。無数に重なった斬撃が周囲を巻き込み、すべては破壊する。
「さ……さすがにこれで死んだだろう……」
緊張状態で剣を振っていたせいか予想以上に体力の消耗が激しい。肩で息をしていると手の中のアスティが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですか!? 息も上がってますし、汗も尋常じゃないですよ……!!」
「大丈夫だからそう心配な声をあげんな。いいからさっさとここを出るぞ」
体が鉛のように重く、歩くことさえやめてしまいそうだ。一歩踏み出すごとに汗が滴り落ちる。体がこれ以上動くなと警告を上げているのだろう。俺の体は一体どうしちまったんだ……。動け、動いてくれ。はやく逃げないと追いつかれてしま――
「おーっと、ここを通りたいのか? なら俺を倒してから行くがいい。倒せればの話だがな」
前方からの声に体がなんとか反応した。右足に最大の力を込め後ろに跳ね、なんとか距離をとる。
「生きてやがったか! アスティ、大剣になれ! さっきのでいい!」
「そうはさせん!!」
走るというよりは大地を蹴るという表現の方が正しいだろう。二十メートルほど先にいた男の姿が消え、次に認識できたのは目の前にあるフランベルジュの切っ先だった。
「モルさん!」
咄嗟に体を左に流し回避を試みたが、切っ先が右の頬に食い込んでいく。反射的に右手のナイフでフランベルジュを弾いた。頬から流れ出た血が首筋を伝い生暖かい感触を残す。死んでいた、アスティの声がなければ。
「モ、モルさん上!!」
視線を上に向けると男は空中で体を回し剣を振りかぶっていた。左足に力を込めこの場から逃れようとするが力が入らない。
「くそっ!! 動けよこの糞足が!」
男の口角が歪み、邪悪な笑みをこぼす。刀身は目の前。ナイフで受けるか? いや受けきれない。どうすれば、どうすれば! 俺に今使えるものはナイフと罠はずしと……そうか!
「死んでたまるかよ!!」
左手の人差し指の先端から放たれた白色光の光がフランベルジュを弾く。不意の衝撃に男の体が崩れ、がら空きの胴体が宙に放り出される。
「モルさん!」
「分かってる、いくぞ!」
男に向けてナイフを突き刺すように振り抜く。切っ先から黒い斬撃がレーザーの様に飛び出し男の体を貫き、斬撃が体を切り刻んでいった。辺りに切り刻まれた男の体が散らばり、それらの一つ一つが血溜まりを形成していた。
「はあっ……はあ……死ぬかと思った……」
地面に座り込み頬を確認する。あまり深くは切られていないようだ、なら特に問題はない。
「モ、モルさん……大丈夫ですか? 血がいっぱい出てますよ……!」
「ああ、別に大したことねえよ。ほっときゃ治るだろう」
「治りませんよ! ちょっとそこから動かないでくださいね、傷を治せるもの探してきますから!」
そう言うと人型に戻り、俺の体から下着を奪うアスティ。
「動かなでくださいね、私が戻ってくるまで。絶対ですよ! 絶対ですからね!」
執拗に念を押すと彼女は走って行ってしまった。ここが敵地だと言うのを忘れているんだろうか? いつ追いつかれても不思議じゃないぞ……。
「まあ、なるようになるか……」
軽くため息をつき俺は立ち上がった。とりあえず武器の補充をしなければ……。アスティ(武器)がいない今襲われでもしたら一瞬で殺られてしまう……。よし、隊長とやらの武器を奪うか。我ながらグッドアイデアだ。
「じゃさっそく拝借と……」
「ああ……? 何人の物取ろうとしてんだ?」
「!?」
あまりの衝撃に体が硬直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます