4. グミとサイダー

 黙り込んだサイダーの中で、カラフルな熊の群れがこっちを見上げてる。それを4人分のグラスに注げば、ささやかなグミパーティーのはじまりはじまり。


 私とメイリ、それぞれのベッドの上に2人ずつで座って、グミを大きなスプーンですくって食べる。口の中に入れると、ゼリーみたいにふにゃふにゃで、それなのに熊の形が残ってる。メッセージを送る前の私が漬けたと思うと、なんだか変な感じ。


 話題は、ついさっきの出来事。私とユウヒの会話を見ていたメイリは、ビアンカとクララにその時の様子をはしゃぎながら話してる。


「アイツ、思ってたより話しやすくていいやつだった」

「へえ、アンタが言うならそうなんだろうね」

「見た目と特進クラスの常連ってことくらいしか、印象なかったよ」


 クララはもう、ユウヒのことをロボとは言わなかった。

 私の隣に座るビアンカが、自分たちで買ってきたグミを口に入れながらこっちを向いた。


「メッセージで一苦労なんて、ほんと、アンタって奥手だよね。ボーイフレンドいたことないの?」

「あんまり、男の子といるの得意じゃないからね」

「相手は人間じゃん。うちらとなにが違うの?」

「うーん……」


 なんて答えればいいんだろう。違う、答えは分かってる。

 なんて言うのが、正解なんだろう。


「……男の子は、怒ってる時とか、相手を負かしてやろうって時の方が騒ぐでしょ? あれが、あんまり」

「考えすぎじゃないの? うちらも、ムカついたら普通に怒るし」

「まあ、そうなんだけどね」


 私が苦笑いすると、ビアンカは私の肩に手を回してぐっと自分に引き寄せた。


「だったら、ユウヒとお似合いだねー。顔がないからよくわかんないし」

「からかわないの」

「はいはい、かんぱーい」


 ビアンカが私のグラスに自分のグラスを当てる。高い音に気づいたメイリが、ベッドから身を乗り出した。


「あーっ。2人で面白い話してるー。ずるーい」

「アンタが、野菊とユウヒの現場を独占した方がずるくない?」

「それとこれとは別ー!」



 メイリが騒ぎ出した時、私の目の前にぽんっと通知が表示された。3人が私の方を見て、それから、画面を覗き込んだビアンカが声を上げた。


「やばい、ユウヒだ!」


 クララとメイリも、それを聞くなり抱き合ってはしゃぎ始める。通知は切れずに点滅する。“ユウヒ・スズキ・クロフォード”の文字が、じっとこちらを見てる。


「……みんな、静かにしててよ?」


 ちらりと3人を見れば、まだ通話に出る前なのに、全員両手で口を覆ってうなづいた。この子たち、楽しそうなことには協力的なんだよね。

 画面をタップする指先は震えてる。もちろん、映像共有なんて絶対に無理。大きく息を吸う。それから、息を吐きながら口にする。はい、野菊です。どうしたの?


「も、もしもし?」


 声が裏返る。急いで3人を見たけど、みんなして小刻みに首を縦に振ってる。続けろってこと?


『やあ。さっきはどうも』

「う、うん。どうしたの?」

『どうしたって言うか、区切りがついたから連絡したんだ。めでたく、君のコードを教えてもらったし』

「あ、そ、そんな大袈裟だよ」

『連絡が来るの、楽しみに待ってたからね』

「そ、それはごめん」

『別に。覚えていれば、いつまででも待てるさ』


 メイリが、音を立てないように拍手してる。その隣にいるクララは、メイリにくっついてる。ビアンカは黙ってるけど、大きな目でじっとこちらを見てる。

 もう! みんなしてからかって!


『今、なにしてるの?』

「えっとー……」


 我慢の限界が来たみたい。弾けるように声を上げたのは、やっぱりメイリ。


「グミパーティーしてるよ!」

「ちょっと、メイリ」

「だってー! みんなでいるのに喋れないなんてやだもん!」

 

 メイリの声をきっかけに、クララとビアンカも口から手を離して笑った。顔の見えないユウヒは驚いたのか、少し黙ったけれどすぐに返事した。


『ああ、さっきのメイリと一緒にいるのか。ほかの友達もいる?』

「そうなの。ご、ごめんね、隠すつもりじゃなかったんだけど……」

『構わないよ、内緒話をしてるわけじゃないしね。グミパーティーって、なにするの?』

「えっと、サイダーに浸けておいたグミを食べるの」

『アルコールの方が盛り上がるんじゃない』

「女子寮は、お酒禁止なの」

『男子寮も禁止だよ、一応ね』


 ため息混じりのユウヒの声で、なんとなく今の男子寮の様子がわかる。パーティーの夜だけは、寮の管理人さんの監視の目は緩くなるもの。


 クララと肩をピタリと寄せ合うメイリが、画面の向こうに聞いた。


「そっちはなにしてるの?」

『今日、クラブで回すからさ。細々したこと準備してた』

「日曜なのに?」

『ホームカミングのせいで昨日回せなかったDJと、ぬるい音楽で物足りなかった人たちが、早めの時間に集まるんだ』

「あ、そっか! DJなんだもんね。野菊から聞いたー」

『さすが、耳が早いね。自分の曲とか、かける順番とか、色々考えてたところ』

「自分の曲なんてあるんだ」

『もちろん。新曲も作ってるところだよ』


 新曲、と聞いてメイリは身を乗り出した。この子、新しいものには目がないから。


「新曲! 聞きたい!」

『残念だけど、クラブでかける前の曲は、信頼してる人にしか聞かせないんだ』

「えー、じゃあうちらは信用出来ないの?」

『だって、君たちの中に、超天才トラックメイカーがいるかもしれないからね』

「なにそれー」


 断られても、悪い気はしてないみたい。メイリは満足そうに答えると、グラスの中のグミをスプーンで頬張った。


『君たち、パーティーってことは、なにかいいことでもあったの?』

「え、えっと……」


 私が答えられないでいると、ビアンカが全員に聞こえるひそひそ声を出す。


「野菊がアンタにメッセージ送れたお祝いだよ」

『そうなんだ。ええと、君とは初めて話すよね?』

「ビアンカ。あと、クララもいる」

『そっか。ビアンカもクララも、こんにちは』

「こちらこそ」


 見えてないのに、クララはこっちに手を振る。私のぎこちなさに引っ張られたのか、愛想笑いが引きつってる。そういえばこの子、人見知り激しかったよね。私も一年前は、今ほど話せなかった。


『野菊、そんなにメッセージが苦手なの? 通話の方が好き?』

「ううん、えっと、別にそういうわけじゃないよ。友達とはよくするし」

『ふうん。寂しいね、僕も友達だと思ったんだけどな』

「えっ」


 言葉に詰まってしまうと、隣でビアンカが脇腹をくすぐって来る。だから、くすぐったい! って声を上げちゃう前に、急いで私はユウヒに聞いた。


「あの、私たち、友達、に、なれたってこと?」

『そうだと思ってたけどー……。君の友達になるには、契約書が必要?』

「ううん、違う違う」

『冗談だよ』


 そんな風に返事をした後で、ユウヒは言う。


『そうだ。友達になった記念に、みんなで今晩クラブ・ジャックに来たら? 僕以外も何人か出るから、楽しめると思うよ』

「クラブ・ジャック」

『クラブ ジャック・イン・ザ・ボックスびっくり箱って知ってる?』


 隣のビアンカを見ると、彼女はグミが入った気の抜けたサイダーを飲み干して答えた。


「アンタ、ジャックで回してるの」

『そう。君、来たことある?』

「何回かね。アンタは見たことないけど」

『そっか。じゃあ、地図はなくても平気かな。これ、4人分送るから、入り口にいるのっぽに見せて』


 ぽこんと通知音がして、ユウヒからメッセージが届く。クラブに入るためのパス画像みたいで、クラブの名前の下に小さく"DJ BUGバグ" と書いてあった。


「DJ BUG?」

『どっちかと言うと、コンピューターのBUG欠陥かな。僕の頭は、欠陥だらけだからね』


 なんと返事したらいいのかわからなかった。本当なの? それとも、冗談?

 なにも言えずにいたら、ユウヒは私の沈黙をやんわり埋めてくれた。


『まぁ、僕がクラブで使ってるあだ名みたいなもんだよ。本名ばら撒くよりも、そっちの方が店も都合がいいんだ。仲間内なら、みんな名前くらい知ってるけどね』

「そっか、そうなんだ」


 画面を操作して、3人にもパスを送る。メイリとクララはすぐにメッセージを開いて、珍しそうに眺めてた。


 それから、なんてことのないように、クララがこっちを向いた。その質問は、ごくごく自然なものだった。


「野菊って、なんで大きい音苦手なの? クラブ行って平気?」


 なんて答えればいいんだろう。

 なんて言うのが、正解なんだろう。


 ここにいる3人、同じ寮の女の子、同じ学年の全員。

 みんな同じだ。私は、誰にも答えを言ってない。それは、ルームメイトのメイリにだって同じ。ただ理由を知らないで、それでも私を気遣ってくれるのはメイリの優しさ。なんとなく理由を聞いたのは、クララの自然な疑問。


「だ、大丈夫だと思う。耳栓、あるし……」

「耳が悪いの?」

「ううん、そういうんじゃなくって……」


 いつも正解は思い浮かばない。こんな風に曖昧に困った顔をして、苦笑いを浮かべるだけ。

 すると、見えない画面の向こうから声がした。


『それ、僕が聞いていい話?』


 クララは目を丸くして、それから慌てて口を両手で覆った。


「あっ、そっか。ごめん、野菊」

「ううん。気にしないで」

『まあ、ジャックでなにかあったら、バーカウンターのレディに声をかけて。一番頼れる人だからさ』

「う、うん。わかった」

『じゃあ、みんなに会えるのを楽しみにしてるよ』

「あ、うん。また後で」


 通話がぷつんと切れた瞬間、4人で顔を見合わせる。

 その直後、私以外の3人が「お誘いじゃん!」と大騒ぎを始めたのは、もちろん、言うまでもない。


 それが疑問を吹き飛ばしてくれたから、私は困った顔で笑いながら、心底安心した。

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