ティーンズ・イン・ザ・ボックス

矢向 亜紀

Disc.1 私たちはびっくり箱の中にいる

Sat., Sep. 30

1. 靴と踊る

 手のひらに星屑が落ちてくる。人々はそれに手を伸ばす。急かすように低音は鳴り響き、掴め掴めと体を揺らす。


「野菊、平気?」


 そんなドラマチックな場所じゃなくて、ここはダンスフロアに変わった体育館。壁や床はホログラムで柄を変えてるけど、建物の形はそのまんまだからすぐわかる。

 私の名前を呼んだのは、同級生で寮のルームメイトのメイリ。いつもより私との背丈に差がないのは、彼女が気合を入れて高いヒールを履いてるから。


「平気だよ、耳栓してるし」


 やっと秋が来て、学園祭ホームカミングも最終日。というか、これまでの全ては、今晩のダンスパーティーのためにある気がする。みんなの気合が違う。


 普段はショートパンツにTシャツ姿の同級生も、今日ばかりはドレスアップしてる。

 メイリは、白い肌と金髪に良く似合うピンク色のドレス。裾がひらひらしてて、ちょこまか動くメイリによく似合ってる。

 私は、黄色い肌と黒髪になじむ緑。16歳には地味すぎるとメイリには言われたけど、胸元が開いてるわけでもなく、ミニスカートというわけでもない、なんでもないドレスは私にはちょうどよかった。


 メイリと2人で、ダンスフロア(今だけは体育館をそう呼んであげる)の隅っこにあるドリンクカウンターの席に座る。流石にアルコールはないけど、お誂え向きなミラーボールがキラキラ光っているから、この場の雰囲気だけで酔っちゃいそう。


「メイリ、コーラじゃないの?」

「今はオレンジジュース」

「なんで?」

「コーラよりかわいいもん」

「ああ、そっか」


 透明なプラスチックのカップが、オレンジ色に染まっていく。私が受け取ったコーラは、この薄暗がりで見ると真っ黒。確かにかわいくは無い。

 メイリは手元のジュースと背丈の小ささもあって、妖精みたいに見える。そしたら私は、森の仲間のゴブリンか、……木?



 カウンターに背中を預けて、私たちは止まないダンスを眺めた。ミラーボールから生まれた星と、その下で踊るハイスクールの学生たち。なんだか、フライパンの上で跳ねるポップコーンみたい。

 メイリは、手のひらに星をちらちらと映しながら、大袈裟なため息をつく。


「あーあ。今年も、ボーイフレンドと来られなかったね」

「友情を深める年だったってことだよ。ルームメイト2年目おめでとう」


 安っぽいコップで乾杯。コーラの泡が唇をつついて、乾いた喉を駆け抜けるのが気持ちいい。強い低音が、その水面を少し揺らした。


「それはいいんだけどさぁー。今日くらいはボーイフレンドがいてもいいじゃんー」

「さっき一緒に踊ってた男の子は?」

「ダメ。スーツがダサいし、顔がやだ」

「好みじゃなかったの? 悪くなかった気がするけど」

「ほんとにそう思ってる?」

「ごめん、覚えてない」

「やっぱり」


 たっぷり塗ったリップが取れないように、メイリは口を尖らせてストローでオレンジジュースを飲む。その白い顔を、あちこちからビームみたいに刺す光が撫でる度、メイリは眩しそうに眉をひそめた。


「野菊、どうせ、自分が踊った男の子のことも覚えてないんでしょ」

「……黒で、靴紐はなくて、ちゃんと磨いてあった」

「靴と踊りに来たんじゃないでしょ! 首に手を回して! 目と目を合わせて! ずっと下見てたらつまんなくない?」


 メイリはこっちに体を伸ばして、じっと私を見つめてきた。気合の入ったつけまつげが、ばさばさとまばたきする。腕を絡ませてくるその仕草は、男の子をでれでれさせるとっておきの魔法。残念ながら、私には、一生かかってもこの魔法は出来なそう。


「メイリは、さっきの子のどこが嫌だったの?」

「だってアイツ、ぜんっぜん表情が変わらないんだよ? あれじゃ、くるみ割り人形の方がまだマシ!」


 すると、メイリのブレスレットが点滅した。メイリが通信画面を空中に映すと、そこには見慣れた女の子たちの顔。画面を指先で広げたら、2人がこっちに手を振って来た。


『2人とも、何してんの?』

「野菊と休憩中ー。来る?」

『暇なら賭けしようよ』

「なに賭ける?」

『次のグミパーティーのグミは?』


 ビアンカとクララは、メイリと同じ第35地区出身の同級生。よく私たちの部屋に遊びに来るから、気づいたら私まで仲良くなってた。 


 ビアンカは、低い声とコーヒー色の肌の、クールな美人。手足が長くて背が高く、目鼻立ちがはっきりしてる。本人曰く、“ただでさえ派手な顔なのに、メイクしたらケバくなるから嫌”なんだって。贅沢な話。

 クララは色白で、まんまるい優しい顔をしてる。でも、実はカラテで地区大会1位になったことがあるって聞いた。確かに、柔らかそうに見える腕には、立派な力こぶが出来る。人にギャップありとは、まさにこのこと。


「野菊がいいならグミにしよ」

「うん。グミでいいよ」

『オッケー。じゃ、今からジャンケンで負けた誰かが1人になって、誰から声かけられるか当てるってのはどう?』

「またそれ?」


 半透明に光る画面越しで、2人は笑う。メイリが「いいよ」と答えると、あっという間にジャンケンは始まった。私がグー、あとはみんな、パー、パー、パー。

 結果を見て初めに声をあげたのは、画面の向こうのクララ。


『やった、野菊に勝てた!』

「なにこれ、仕組んだの?」

『勝負は正々堂々と。ほら、誰が野菊に声かけるか決めよう』

「私に声かける男の子なんているかなあ」

『いる』

『クララの言う通り。ほら、壁見てみなよ』


 ビアンカに言われて、辺りをぐるりと見渡してみる。

 DJブースに向かって踊る人たちの森、それを遠目に眺めながらフロアで体を揺らす人たちの影。私たちみたいに、カウンターにいる何人か。そして、壁に寄りかかってフロアを眺めながらおしゃべりする、同性同士のグループ、グループ、グループ……。


「暇そうな人はたくさんいるけどさあ」

「野菊は自信なさすぎ!」

『あたし、あの黒スーツ』

『じゃあ、あっちのアフロヘア』


 画面に映る、フロアのどこか。クララとビアンカがそれぞれ決めて、メイリも急いでキョロキョロと頭を揺らす。


「あの、柱のとこにいる金髪! 野菊は?」

「私も決めるの?」

『当たり前でしょ』

「えっと……」


 星屑が落ちるダンスフロア。浮き足立った音楽が、さらに騒がしく耳栓越しに聞こえてくる。低音が急かして、高音が煽って、音は硬く力強く、やかましく混ざり合いながら、「ここにいるぞ!」と叫んでる。


 ごちゃごちゃと物が混ざったおもちゃ箱。なにが飛び出してくるかわからない、びっくり箱。

 そっか、私たちは、びっくり箱の中にいるんだ。


 その時、壁沿いの階段にたむろしている、男の子たちの姿が目に入った。階段に座ったり段差に寄りかかったりしながら、まるでダンスになんて興味はないという振りをしながら、相手を見繕っているみたい。

 その中で、手すりにもたれてかかっている男の子が目についた。


「あの子かな」


 ビアンカとクララにも見えるように、こっそり指先で画面を動かしてみる。あの中で、誰が声をかけてきたら、一番びっくりする?


「あの、顔のない子」


 同じ学年の男の子。授業を一緒に受けたことはないけど、一度見たら忘れない。今時の義体にしてはレトロすぎる、真っ黒な円筒型の機械頭きかいあたま

 でも、頭以外は、周りにいる男の子と変わらない。細身の黒いスーツにネクタイをして、なにやら周りと話しては、肩を揺らして手をひらひら揺らしてる。ここからでも、笑ってるのがわかる。顔はないのに。


 私の予想にびっくりしたのか、クララが声を上げた。


『特進クラスの常連ロボ君!』

「その言い方はちょっとやだなぁ……」

『強そうで良くない?』

「でも嫌なの。クララだって、肺に機械入ってるでしょ? ロボって呼んでいいの?」

『あたしのは強くないロボだからやだ』

「肺が機械でも、きっとクララは強いよ。でも、嫌なら“ロボ”は無し」

『うーん、わかった』




 2人に呼ばれたメイリがどこかへ行ってしまうと、急に自分の周りがポッカリと静かになった。置いてけぼりになった気分。多分、みんなで近くに隠れて、私のことを見てるんだろうけど。


 高音が煽って、ダンスフロアで振動が起きる。手を上げ、飛び跳ね、隣にいる相手の肩に手を回して、キスして抱きついて、それから。


 耳栓の向こうから聞こえる。コーラの水面が揺れる。足元から私たちを急かすような、低音が聞こえる。それに釣られてみんなが踊る。びっくり箱の中から飛び出す、人形みたいに踊る。


 低音が、高音が。低音が、高音が。

 低音が、低音が。低音が低音が低音が。


 音に押しつぶされそう。上から締め付けて、後ろから引きずって、何もかも踏み潰して。


 もうこれ以上壊さないで。

 壊さないで、壊さないで。


──大丈夫だ、深呼吸して! 君が頑張ってる姿は、きっと教室のみんなも見てるはずだ。俺もここから見てる。みんなも俺も、君の姿に励まされてるんだ。君を1人になんてしないさ! だから、諦めないって約束しような!──


 必死に言葉を思い出す。聞いた、唯一の希望。それは確かに、人の形をしていた。

 人の形を。

 人の、形を、していた、のに。


「君、暇なの?」


 音楽の森をかき分けて、びっくり箱の蓋が開く。


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