妖花、散る。

 ……正直、厳しいやろなぁ。

 それがウチの見立てやった。


 かつて二人を託したアラン・ウォルシュ。

 アランについては仕方あらへん。ゴーレムになってしもうたからな、成長はせえへん。ただ目的のために生きるだけ……それがゴーレムとして生きるっちゅうことや。

 今更やろうが……つくづく、鬼畜な術や。


 ウチの子供のようなもんの、レベッカとジャンナ。

 これでも『英雄公』の元三代目や。その人の目や立ち振る舞いを見れば、ある程度のことは分かる。想像以上に健やかに成長してくれとった。

 しっかり子育てしてくれたアランに感謝やな。


 2000年前からの戦友にして盟友のフィルミナ姐さん。

 副作用は残っているものの、それでもその影響はかなり薄れとったなぁ。目覚めて1年未満なら、元の姿に戻るだけでも数日寝込むくらいは消耗するはずやのに。

 ……よっぽど譲れんもんが、この時代に出来たんやな。



 全員が全員、ウチの理想を超えとった。

 けど——現実は残酷やな。


 それでもなお、足りんねや。

 大森林で生れ落ち、かつての『魔獣王』こと『魔王』に植物の力を与えられた妖花。魔王軍の中核をなす『しょうしゅ』の一角。

 ドリュアデスの力はそれらを遥かに超えとる。




「せやから有り得へんことを……『奇跡』を祈るしかないんや」

 奇跡……そう、あの伊達男くんにはたまげたわぁ。




『はじめまして、自分はセス・バールゼブルと申します』




「……まだ、この世界の片隅で——あるいは、天国から見とるんかなぁ?」

 大森林を象徴するような大木に腰掛け、鬱蒼とした木々の間から僅かに覗く星空を見上げる。


「でっかいでっかい、信じられんようなホンマの奇跡をみせられたなぁ。依希の大姉御……」

 その感傷をかき消すかのような、光が差した。



 なんや? 夜明けか?

 いや、有り得へん。まだまだそんな時間やない。



 それでも確かに光は届いている。

 藍と蒼のグラデーション、なのに根元は白。その地平を彩る様に橙色が模る……夜明け前の、薄明の空のような光が輝いていた。











 ……ああ、これはもう、駄目ね。

 ぼんやりと、遠くなった夜空を見上げつつ思う。

 本体である人型と花、更に保険である根、そこに繋がる茎まで……全部がズタズタにされちゃってるわ。それでも、こうして意識がある以上は再生能力に賭けることが出来る。


 はず、だったんだけど……


 その兆しは全くない。髪の蔦からもそうだったけど、あの『光』はこちらの能力を阻害する効果があったみたいね。赤髪の娘、あれと似たような力かしら?

 赤髪の方は私と同じような感覚を受けたけど、光の方はそうじゃなかったわね。なら、まったく別種だけど阻害は同じってだけかしら?


 いくら考えようと、答えは出てこない。

 試行することも出来ず、問答をしてくれる相手もいない。




 ——ああ、それにしても……死ぬ時もやっぱりこうして、一人なのね。

 大森林で生れ落ちて、ずっと一人で……だけどあのお方——シャイターン様に出会って力を貰えた。

 そして何より……同志を、仲間を作ることが出来た。


 けど、今は誰もいない。当然と言えば当然かしら?

 元々、直接は会えてなかったのだもの。大切な、無二であることには変わらない——同志達。

 せっかく『会って祝おう』って約束までしてたのに……今、見えるのは星空と……迫りくる影だけ。


 私からすると細身で小さい、四肢を持った人影。

 その正体は私を屠った『鬼』。


 白い髪に紅い瞳、片手に短剣を携えているけど……止めを刺そうってことかしら?

 そんなことをしなくても、もう私は死ぬけど。



 いえ、そうじゃないわね。

 死ぬまで、せめてもの意趣返しをするつもりかしらね。あちらからすれば、八つ裂きにしても足りないくらいのことをした、そのくらいの自覚はあるわ。



 ……まあ、好きにすればいいわ。

 私はもう動けないし、抵抗も出来ない。あの光を流し込まれて、人型も花もズタズタ……それでも、かろうじて原型は残っている。


 静かに、瞳を閉じる。

 気が済むまで引き裂けばいい、と諦観を抱く。漆黒の中で、それが下されるまで待つ。




 ……

 ………

 …………?




 けど、待てども待てども刃が下される気配はない。

 近くにいる気配はある。だけど、何かをしてくる気配がない。



 ……何か、呟いている?




「……今の世より旅立つ者に、安寧を。今の世での罪過を許し、祝福を」

 ああ、これは……


「輪廻の輪を巡り、再び世界を歩むならば、幸多からんことを」

 人間の、英霊教団とかっていうところの……


「かの御霊に、海と空と大地の守護を」

 鎮魂の、祈り。






「……優しい、坊やね? あれだけやった私に、祈りを?」

 自然と、話しかけていたわ。

 不意打ちして、大切な仲間を捕らえ、散々にあなたを嬲ったのは私よ? それなのに……怨嗟でも憎悪でもなく、祈りを捧げるの?



「……ドリュアデス、お前は酷いことをした。それは許せない」


「今の戦いも、公国を襲ったことも、王国でブレンダさんのこともある」


「だけど、それでも……俺は命を奪った」



 ——なんて、真っ直ぐな瞳。

 気が付くと見上げるように、膝を付いていた坊やの瞳を見つめていた。迷いなく、折れず曲がらず逃げず、そう言わんばかりの瞳。



「そのことを、忘れたくない」

「そう、じゃあ……餞別よ。私は公国で、同じように始まったのは東の海洋国家」

 紅い、宝石みたいな瞳が揺らいだ。

 動揺を隠せないみたいで、表情も完全に呆気に取られてしまっている。そうなると、険しい時からは信じられないくらい、顔つきが幼くなった。

 こうして見ると……単純に可愛い顔してるわね。元々そういう顔だったのかしら?



「次は……王国よ。どうするかは、坊やに任せるわ」


「私達の計画……世界を力で支配するための侵攻作戦」


「けど、これ以上はダメよ。教えてあげない」



 動揺を通り越して……ぽかん、とした顔をした鬼の坊や。

 さっきまでの戦い——策略で嵌めた時や弄んでいた時では、決してみられなかった隙だらけの間抜けな顔。それが何とも面白くて愉快で、死に瀕していることも忘れて思わず笑いが漏れた。



「どう、して?」

「?」

「何で、わざわざそんなことを?」



 本当に、面白いわねぇ。

 戦っている時はあんなに凄絶で、勇猛で、不屈を絵に描いたような顔だったのに……今はこんなにも、子供みたいな顔を見せているなんて。

 まるで引っ繰り返されたおもちゃ箱から、思わぬプレゼントを見つけたかのような気分ね。




「そうね……坊やが、私の死を祈りで尊んでくれたから……かしら?」

 だからこそ、素直に伝える。

 最期——せめて、命が尽きる時くらいは自分の思うままに振る舞ってしまいたい。その結果、いることが叶わないと思っていた他人を振り回せるなら……言うことなしね。


「けど、これ以上はダメよ。どんな連中かなんて教えてあげない」


「だって私は……『あの御方』や、同志達も愛しているんだもの」




「だから——これで、お終いよ」

 そうして、辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放した。

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