公国首都への道のり

 戦場を駆ける。

 草の緑と樹の褐色、そして土で構成された場所を有らん限りの速度で走り続ける。



 左に三匹、右に二匹……やや後方に一匹!

 人を遥かに上回る、吸血鬼の鋭い感覚が屠るべき敵を正確に捉えた。更に集中して、相手の正体を正確にするべく操血術で視力を強化する。


 左の三匹は花の魔物マッドフラワー、右の二匹はキノコの魔物マイコニド。後ろにいるのはドリュアデスの種子!

 捉えた魔物の特性、ドリュアデスの種子に関しては分かっている。ある程度の知性と蔦による攻撃、花はないので花粉は警戒しなくていい。

 単純な命令をマッドフラワーとマイコニドに下しているのだろう。



 花の魔物マッドフラワー。

 丈夫な蔦と細かい花を無数に持っている。どちらも常に粘着質な液体に包まれており、一度それに捕らわれると逃れるのは至難だ。そして捉えた獲物を花から出した消化液で溶かし、養分として吸収する。



 マイコニドは手足が生えた巨大キノコ。

 動きは鈍く、膂力は成人男性程度である。だがそれでもお釣りがくるくらい厄介な特性を持っている。

 その特性とは毒の胞子。

 幻覚、睡眠、麻痺と様々な効果の胞子を常に撒きながら行動する。しかも危険を感じると、更に高濃度の胞子を広範囲に撒き散らしてしまう。厄介なことに、死体となっても胞子は出続けるのだ。



 となると、俺がするべきは決まっている!



「左は任せた!」

 後ろも振り向かず——いや、振り向く必要などない。俺は仲間達を信じている。


 自身が意識を向けたのはマイコニド、そいつらに即座に近寄り二刀を振るう。

 何の抵抗もなく、巨大な菌糸類の体躯を引き裂くが……同時、断末魔の叫びと共に胞子が散らされた!


 ぶわっ! と黄土色の粉塵で周囲を包まれる。

 普通の人間ならこの時点で、様々な毒の併発でショック死しているだろう。だが、鬼の前では無意味なようだ。

 以前フィルミナからも教えられていたが、鬼の身体は毒物の分解機能も人間の比ではない。

 その証拠に、自分には何の症状も表れない。



 黄土色の景色の中、おぼろに影のみでしか判別できない視界の中……瞳を細めて集中する。

 その奥の僅かな、一つの影に向かって刀を振るう。


 粉塵を裂き、そのまま一直線に人影——ドリュアデスの種子——へと無色の刃が届いた。黄土色を切り裂いた後に、茫然とした緑の貴婦人と目が合う。


 そして、それが、“ズレた”。


 文字通り、微動だにしないまま腰辺りから上半身が下半身からズレて行き……ドシャッ、という音共に上半身が地面に落ちる。



 アランさん直伝——『真空切り』。

 振るった刃で規模の大きなかまいたちを発生させ、遠方の標的を切り裂く技。まだアランさんみたいに槍では出来ないが、刀ならどうにか出来るようになった。


 これで右と奥は全部……ちらっと、横目で左を確認すると赤毛の剣士が見えた。丁度、幅広で先が丸い大剣——処刑剣を振り終えて構え直すところだった。

 マッドフラワー達を切り捨てたところらしい。


 左も終わり、けど油断はしない。

 周囲に視線を向け、嗅覚と聴覚も集中して探る。



 ……異常なし。

 それを確認してから、軽く肩の力を抜く。


「レベッカ、大丈夫だった?」

 改めて赤毛の剣士ことレベッカに向き直って、声を掛ける。髪とは対照的に空色の瞳が嬉しそうに細められた。


「はい、セス様こそお怪我は?」

「こっちも平気。この辺りはもう大丈夫そうだね」



「……俺ら、いる意味あったか?」

 レベッカと自分達より後方、木々から三人の男達が姿を現した。全員がしっかりとした作りの軽装防具に弓矢を持ち、屈強な体格をしている。


「いてくれなかったら、あんなに愚直に突撃できませんよ」

「そりゃ、前に出るお前らがそう言うならいいんだけど……なんか今日は、それ聞いてるだけで俺らの仕事が終わってるんだよな」

 申し訳なさそうに頭を掻く三人の内一人——派遣された軍人ことベンジャミンさんを見て、自然と笑いがこぼれてしまう。



「無事に終わったならいいじゃないですか」

「そうなんだが……なんか、情けないような気までしてきてな……」

「とにかく、暗くなる前に野営地に戻りましょう? セス様もベンジャミンさんも、お話ならそこで」

 レベッカの最もな提案に従い、自然と全員の足が野営地へと進む。



 プンクト砦奪還後、王国で編成された討伐軍を待つために一度エコールに戻ることにした。エコールで何の問題もなく過ごし、到着した遠征軍と合流して進撃を開始。


 砦奪還からおよそ一カ月、すでに自分達は公国の地へと足を踏み入れていた。









「今日の晩御飯なんでしょうね……あ、向こうも気付いてくれた」

「……セス、ホント目がいいなお前」

 五人纏まって警戒しつつ、野営地への帰路を歩く。鬼の鋭い視力が幾つかの白いテント、そこにいる人たちの姿を捉えた。そして向こうの監視員がこっちに気付く様も、はっきりと見て取ることが出来た。



「セス様は五感も体力も飛び抜けてますから」

「俺も弓兵だから遠見には自信あるんだけどな。剣士でここまでの奴はそうそういねぇぞ」



 ベンジャミン・ホール。

 今回の遠征軍で副隊長の一人を務める弓兵で、屈強な体格に軍でも有数の視力を持つ。それから繰り出される矢の一撃は、強力かつ正確無比としか言いようがない。

歳は35歳とのことだ。アランさんとそう変わらないらしいが……そもそも、アランさん自体の詳しい年齢を聞かせてもらってないな。

 以前聞いた時も『30以上だ』としか答えてくれなかった。



「自然と共に育ったもので、目の良さには自信があります」

 元々視力は良い方だったが、ここまで鋭いのは鬼であるからに他ならない。まあ、それは口が裂けても言えない。

 アランさんの年齢も同じ、かもしれないな。今にして思えば、ゴーレムになっているから色々とあるのかもしれない。


「その、腕力とか頑丈さは?」

「……生まれつき、でしょうか。自分は気が付いたらこうだったもので」

「いや、それは……「あっ! 向こうも迎えてくれるみたいです!」


 レベッカ、助かる!

 簡易的な柵に覆われた白いテントが立ち並ぶ野営地、そこから数人がこちらに合図を送ってくれている。彼女の助け舟を無駄にはしない。

 そのまま「いやー、今日も疲れましたね」と言いつつ足を速める。


「まあ、別に構わないがな……」

 背中に、ベンジャミンさんの呟きが届いた。




 ほどなくして野営地の入り口で、迎えの軍人と合流する。

 敬礼で迎えてくれたその人たちへ向かって、ベンジャミンさんも敬礼で返した。


「……野営地の異常はなかったか?」

「はっ! 異常なしです!」

 こうしたやり取りを見ると、「やっぱり軍人なんだ」と再確認する。自分含めた冒険者に対しては、必要以上にこうした形式を強要しない。

 いつも気さくに、最低限の上下関係だけで済ませてくれているが……同じ軍人同士だとこうも変わってくる。


「ご苦労。こちらも進路上の討伐は完了した。細かい報告は書類で司令部に送る」

「はっ!」

 ベンジャミンさんが敬礼を崩し「直って良し!」の号令と共に、迎えに来てくれた軍人達も敬礼を崩した。


 ふぅっ、と思わず自分の息も抜ける。


 極端に苦手というわけでもないし、神殿守としてそうした礼節も習ってはいた。だがやはり、軍人のそれは別格だと思う。命のやり取りをする以上、そうした関係と形式が厳格なのは当然なのだが……


「お疲れ! セス君にレベッカちゃん」

「お疲れ様です」

「お出迎えに感謝いたします」


 自分達にはこうだ。

 本当に……しっかり切り替えが出来ているんだなぁ。



「そして? セス君は今日も大戦果かい?」

 楽しい、いや、嬉しそうにベンジャミンさんとやり取りをしていた軍人さんが聞いてきた。このやりとりも、もうずいぶんと重ねた気がする。


「いや、ぼちぼち「マッドフラワー2、マイコニド3、種子が2でした」


 ちょっ、レベッカ?


「おお! なんだなんだ、大活躍じゃないか! 本当に凄腕だな!」

「いえ、そんな……後ろにベンジャミンさん達がいてくれたから、思い切りやれるってだけで……」

 それを聞いた瞬間、軍人さんの口元が愉悦に歪んだ。



「おお、じゃあ我らが副隊長様の戦果はどうだった?」



 ピクっ、と巨漢——アランさんと遜色ない体格——の肩が震えた。



「えっと、その……」


「我らが副隊長様はボウズだったよ」

「もちろん、俺たち二人もな」


 ちょ!

 今まで寡黙だった二人が、容赦なく呆れた声で答えた。



「テメーらぁ! 他人が気にしてることを!」

「ああ! ベンジャミン副隊長が怒った!」

「それ、食事場所まで逃げろ! セス君とレベッカちゃんも!」


「はい、行こう! レベッカ!」

「はい!」



 遊びではない、公国への救援であり命を賭けた行軍だ。

 けど、それでも……軍と冒険者達と、心を許した皆との生活は楽しくて仕方なかった。

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