女子会と警笛

※番外編『ちょっとアウトローな女子会へ』の続きです。

 先に『ちょっとアウトローな女子会へ』を読了してから、読むことをお勧めいたします。









「だ・か・らぁ! セスっちのせいなんすよ!」

 買い込んだ果実酒を注がれたグラスをドンっ、テーブルに置きつつ、ジャンナがそう叫んだ。顔が赤らみ、目は座り気味……ちょっと酔ってきてるのが一目で分かるのじゃ。

 それに対し、儂……いや、儂らの返答は同じであろう。



「いや、お主の責任じゃろう」

「ええ、あなたの自業自得です」

 儂の隣——グラスを置いたジャンナとは反対側——に座る赤毛のレベッカも半ば呆れ気味に答えおった。


「何でっすか! 私が太ったのは、ぜぇったいにセスっちのせいっすよ!」

 これは酷い、酷いと言わざるを得んのう。


「いえ、あなたが自粛するなりすればよかっただけでしょう? 理由を話せばセス様なら……ちゃんと作る量を制限するなりするのでは?」

 正論、まさに非の打ち所がない正論じゃな。


「うっ、けど、その……止まらないというか、あたしが作った燻製をあんなに美味しく調理してくれると……」

「美味しくても腹八分目で止められるかどうか、それは本人の自制力次第でしょう?」

「うぐっ!」

 容赦のない正論が再びジャンナに刺さったのう。


「そもそも……セス様の気配りと料理の腕で、カロリー計算を忘れたとは考えにくいです。それでも体重が気になるのは……間違いなくあなたが食べ過ぎただけです」

「あぐぅ、それは……その……」

「言うなればそれ以前、あなたは『冒険者』で日々身体を動かしているはず……にもかかわらず、体重が気になるほど貪る自制心の方を省みるべきでは?」

 もうよすのじゃ、ジャンナは限界じゃろう。そう言いたくなるほどに正論と現実を刺していくレベッカ。

 これは……ジャンナに助け舟を出しておくとしよう。


「……まあ、セスも張り切りすぎることもあるかもしれん。それに儂とて、食べ過ぎてしまうことがあるからのう」


「変な慰めは止めて欲しいっす!」


 怒られた! 何故じゃ!



「何なんすか! レベっちだけじゃなくフィーちゃんまで! そんなにあたしを『デブ』っていいたいんすか!」

「いや、その……」


「ただでさえあたしはレベっちとコンビなんすよ!? この……」

「……ひゃっ! ジャンナ! ちょっと……!」

「スレンダー美人がぁ! 何なんすか! この細く締まった体型! なんであたしより背が高いのに、あたしとほとんど体重が変わらないんすかぁー!」


 目にも止まらぬ動きでレベッカの背後を取り、両の手で弄るジャンナ。これは……『女子会』じゃないと写せぬ光景じゃな。アラン殿は二人の育ての親であるからともかく、セスにはこれは見せたくないのう。



 もやっとした感情が、胸に満たされた。



 ……むっ? 何じゃ、これは?

 セスがこの光景を見て、鼻の下を伸ばす想像をすると……何とも言えん、不愉快な感覚が……


 今の儂の身体を見下ろし、軽く撫でるようにする。

 ようやく膨らんできたかというなだらかな胸、辛うじてと言えるくびれ……どう見ても、幼子。庇護欲や保護欲は湧くかもしれんが、情欲を誘うにはあまりにも未熟な肢体じゃ。


 さらにもやもやとした感情が、強く「フィーちゃーん!!!」




「ふぎゃあ!」

 信じられない——猫を踏んだような——声が響きおった!


「何すか! この子供ながらに均整の取れた身体は! フィーちゃんだっていっぱい食べるのに! なんでこんな体型維持できるんすかぁー!」


「や、止め! ジャンナ! 抱き着くでなぁい!」

 いつの間にレベッカからこっちに標的が変わったのか、儂の腰に抱き着きつつ身体を弄り出した!

 こ、この! やめ……!


「フィーちゃぁん! どうやったら太らないんすかぁ——!」

「や、や、止め……! ふぎゃぁあああ———!!!」

 ようやく、この踏まれた猫のような声は自らの喉から響いていたと気付く!



「レベッカ! 離れなさい、フィルミナから離れなさい!」

「いやっす! 二人して私を『デブ』と笑ってるっす! だから離れないっす!」

「意味が分かりません!」



 レベッカが儂からジャンナを剥がそうとするが……離れん! 儂もされるがままではなく、どうにか離れようとするが……離れん!


「フィーちゃん! 一緒に太りましょう! もっともっと食べて、大きくなりましょう!」

 大きくなるのは歓迎じゃが、横にばかり大きくなるのは嫌じゃ!

 それ以前に、いい加減に離れ……!




 ピピィ—————————ッ!

 状況を止めたのは、鋭く甲高い笛の音じゃった。




「……警備軍の、警笛ですね」

 警備軍、民衆の秩序を守る——日々の軽い違反から、急な通り魔まで取り締まる——軍の一角。その者達が『緊急』を知らせるのが警笛である。

 遠くまで響き、近くにいる警備軍は無論……届いた民衆への警戒も促す音色。また警備軍が現場に駆け付けるまで、他の者が邪魔しないようにするための警戒音でもあるのう。


「珍しいっすね。エコールでこんな……」

 儂の腰に抱き着いたまま、ジャンナが最もなことを言う。

 確かに、儂らがエコールに着いてからこの笛の音を聞いたことは一度もない。ここエコールはアモルに負けないほどの都会……しかし学問の町、そういった騒動とは遠いはずじゃ。

 それはとにかくとして、やるべきことをしようかのう。



「離れるのじゃ。ジャンナ」

 幼子、とは言え鬼であるためどうにかジャンナを引き剥がせた。「あぁん、フィーちゃあん」と気色の悪い声も無視する。


 無言のままに引きはがされたジャンナを受け取りつつ、レベッカが羽交い絞めにしおった。正直、この対応は助かるのじゃ。

 また体を弄られると、溜まったものではないからのう。



 ピピィ—————————ッ!

 今度は先程よりも遠ざかって——儂らがいる居住区よりも繁華街方面へ向かって——聞こえる。こちらの方ではない、どっかで酔っぱらいでも暴れおったか?

 酔っぱらい……いや、よもやよもやよ。

 有り得ん、こんな……無理矢理にでも繋げんと有り得んじゃろう。



「……師匠とセス様、ではないですよね?」



 レベッカの、何気ない——いや、儂と同じく何か感ずるものがあったのかもしれん。それを聞いた瞬間、儂の背筋にも嫌な予感が走りおった。


「いやいや、師匠だけならともかく……セスっちも一緒っすよ? 平気に決まってるっすよ!」

 そう思いたいがのう……セスの性格や人格は問題ないが、向こうから何か因縁をつけてくる場合もある。

 何より、騒動があればあやつは治めようと自分から飛び込みそうじゃからな。


 ただ……今は遠ざかっていく警笛よりも問い詰めねばならんことがある。


「ジャンナ、お主……まだ素面じゃな?」

「あっ……」

「へぇ、やっぱり今回『も』ですか。前に『やめる』って言いましたよね? 酔っぱらったふりで絡むの?」

 見る見るうちに表情が強張り、顔色が悪くなっていくジャンナ。


「えーっと、その……」

「さてさて、それではペドフィリア疑惑も乗ったところで審問をするとしようかのう」


 ジャンナが「たはは……」と情けない笑みを浮かべ、冷や汗を垂らすが……儂も容赦するつもりはないぞ?

 何せ育ての母を除くと、儂の玉体をあそこまで堪能した者などおらんのじゃからな。

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