かけるは「のろい」か「まじない」か
「鬼——吸血鬼が死ぬ理由は、いくつかある」
誰に言うでもなく、月もない漆黒と星に彩られた空に向かって話す。
歩みを進めつつ横目でセスを見ると、やはりというか……真紅の瞳をキョトンとして儂の方に向けておる。
まあ、当然の反応じゃな。
「一つは頭部を完全に破壊することじゃ。人も変わらぬであろうが、頭にある脳……これが根幹であるということじゃな」
いきなりこのような話を切り出され、訳が分からんじゃろう。
「もう一つは血の力を完全に失わせること、全身の血を抜くということじゃな。または血の力そのものを完全に枯渇させればよい」
セスが何かを言いたそうじゃが、兎にも角にも聞かせるように話を続ける。
「それ以外では腕が飛ぼうが足がもげようが……心臓を貫かれても鬼は死なぬ。再生することが出来る。首を斬られても、強引に離れぬようにして『繋ぐ』イメージで回復すれば生き延びれるのじゃ」
操血術を使った応用、血液を利用しての生体維持。
ただでさえ高等技術じゃが、首を繋ぐとなるとさらに難易度は跳ね上がる。しかし本当に聞かせたいのはこれではない。
聞いて欲しいのは、ここからじゃ。
「これが生まれついての、『純血の鬼』を滅する方法じゃ」
こういえば分かるであろう?
お主は頭の回転も良い。その上、今日までで儂から真意や主題を探る様にしておる。この言い回しなら、お主は疑問を持ってくれる。
「……じゃあ、『純血じゃない吸血鬼』は他にも死んじゃう原因がある?」
予想通り、やはりお主は自ら考えて探っていけるようじゃな。
言わねばならん。しかし……
「『従者』——『純血の吸血鬼』に血を分けて成った吸血鬼は……」
いや、言うしかない。言わねばならんのじゃ。
「直接血を分けた純血の吸血鬼——『主人』が死を望めば、その通りに死に絶える」
そう、故に血を分けられて成った吸血鬼は『従者』、つまり『従う者』と呼ばれる。
本来ならばこれは……純血の吸血鬼である『主人』、それを守り支えるために他者を鬼とする能力なのじゃ。
従僕は反逆する権利も離反する権利も存在せぬ。
いくら『純血の吸血鬼』が『従者』を思いやろうと、それを変えることは出来んのじゃ。
これを知ったお主は……いや、言うまでもないのう。
儂はお主を知った。様々な感情に触れ、表情を見て、言の葉を聞き、人と成りを知り——だからこそ分かってしまう。
純粋で、いっそ危ういまでにお主はそうであるから、だからたった二カ月程度でも分かってしまうのじゃ。
「……そうだったんだ」
悲観も後悔も落胆も失望もない——ただ、『理解した』という感情だけの声が届いた。
ああ——やはり、そう言ってしまうのじゃな。
「どっちにしろ、フィルミナに鬼にしてもらわなかったら死んでたし……何より、最終的には俺が望んだことだったろ? 今更うるさく文句を言ったりしないよ」
星しか煌かない夜空、そこから視線を横に変えて移す人物は——変わらんかった。
風に吹かれて揺れる白髪、優しげだが儚い雰囲気を持つ容貌、それに浮かぶのは変わらぬ穏やかな微笑。
自分の命に関わることだというのに、普段の談笑と全く変わらん微笑を浮かべておった。
いや、お主の場合は違うのう。
己が事であるからこそ、ここまで冷静に受け入れてしまえるのじゃろう。
だからこそ儂は更に踏み込もう。
「お主、見知った誰かが自分と同じ状況だったとすると……どう思う?」
「え、うーん……」
「無論、死がかかっている状況で選択の余地がない状況ということじゃぞ?」
ああ、もう……言わずともわかる。
聞いた瞬間にセスが表情を崩す。
考察するまでもない。きっと『理不尽だ』などと思っておるのだろう。自分ではない他人……それも、『もしも』の場合にも関わらずにそう思ってしまう。
実際にその——勝手に生殺与奪を握られた——状況である自分を差し置いて考える。また誰かの、または誰かであった場合を思い浮かべて心を痛める。
やはり、お主は危うすぎる。
故に儂が『呪い』をかけるしかない。
「お主は……本当に他人のことばかり考えて、自分の身を顧みんのう」
その言葉でセスが、はっと気が付く。
自分自身の心中と思考を読み当てられたと実感したのであろう。
吸血鬼の『主人』と『従者』。
本来ならば慎重かつ冷静に、お互いが納得した上で結ばねば許されないはずの……一方的な契約。
それに対しても、自らを除いた上でその理不尽を受け入れていた事実。
「セスよ、お主は自分を度外視して物事を成そうとする。その結果……湿原でのあれじゃ。これは分かるであろう?」
「お主はそれでよいかもしれん。自らが多くを背負うことで他者を救う。それはお主が望んだ結果であろう。しかし……救われ、残された者はどう思う?」
「儂は……アラン殿も、レベッカも、ジャンナも、手放しで『助けてくれてありがとう』などとは言えんかった。身を裂かれるような悲痛に晒された」
セスの、優しげで郷愁を感じさせる相貌が——悔恨に染まる。
「まあ、こんなことを告げたところでお主は変わらんであろう。どうあっても、お主は誰かが危うくなったら、助けようとするであろう。突き進むのを止めんだろう」
何というか、百面相とはこれを指すのじゃな。『あ、いや、その……ちがっ、わないんだけど、その…』そんな言い訳が聞こえてきそうなほど、豊かな表情の変化を見せてくれる。
「故にセスよ。お主は強くなれ」
分かっておる。だから儂は『呪い』をかけるのじゃ。
「他者を守って自身は傷つく、それでは儂らは心を痛める。しかしお主が強く——儂らが、そなた自身の身も守れると信じられるほど強くなれば、そんなことは無くなる」
セスの表情が再び驚愕——目から鱗が落ちる——の表情に変わった。
「どんな相手でも勝って、平気で帰ってこられるよう……他者だけではない、自らの身も心も守れるくらいに強くなれ。分かるかのう?」
一息つくが、セスの表情は変わらぬ。
予想通り。
儂が言葉を重ねるたびに、セスは実感する。そして理解する。
「お主は他者だけではない。『自分自身』も含めた多くを、『他者のため』に『己』も守れるくらい——強く戦えるようになれ、ということじゃ」
どこまでも残酷で、残忍で無責任な要求。
しかしてセスを知るものであれば、決して逃げることも投げ出すこともしないとわかる強固な『呪い』。
誰かのため前に立つ、『己自身』をも守れ。
それは、危険の前に出ても自らを傷つけるな。打ち倒す誰かを思いやって自らを傷つけるな。
そんな『呪い』。
「……これは『誰かをただ守る』というより、遥かに困難で遠大で果てしない道じゃ。しかし、お主の他者を思いやる心が陰らぬ限りは避けて通れんぞ」
分かる、理解しておる。
儂はセスを、果てもない苦悩と苦難と修練の道に引きずり込もうとしておる。こやつは決してあきらめないであろう。
しかしそれでも、儂はセスと共に居たい。
セスを失いたくない。
儂は——生涯唯一になるであろう——『従者』。
セス・バールゼブルを、死なせたくないのじゃ。
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