鍛錬の名は『虫捕り』

 学術都市エコール、そこの外れにある空き地で空を眺める。

 突き抜ける空色、『穏やかな風は空も同じだぞ』と言わんばかりの速度で流れていく真白い雲、それをただ何となく見ていた。


 いつも通りなら、すでにフィルミナの指導の下で鍛錬しているのだが……今日は少し用事があるらしい。

 先にここで待っているように言われた。何故か自主鍛錬も禁止され、ひたすら大人しく待っているように、だ。


 よって、何も出来ることがない。



 ぼんやりと空を眺めつつ、昨日からのことを思い出す。



 アランさんの秘密こと『ゴーレム』と『契約魔術』。

 彼女がそれに詳しいのは、『契約魔術』の使い手と知り合いだったからだろう。おそらく、封印される前——遥かな昔に。



『ふむ、『ゴーレムの契約魔術』。見事なものじゃ。術者は儂が知る中でも、五指に入るかもしれんのう』



 そう言ったことからも間違いは……いや、待て。

 ひょっとして、アランさんをゴーレムにした術者その人と、フィルミナが昔に会った術者が同一人物なのでは?

 考えてみると、誰が何人封印されていたのか全く分かっていない。封印の性質から、フィルミナも分からないのだろうか?

 だがそれを差し引いても、彼女は昔のことをほとんど話そうとしない。


 それを、自分に話さないのはなんでだろう?


 やはり、あんなに無様に負けた自分は、頼りないだろうか?

 そもそも、『契約魔術』——アランさんがゴーレムになった契約の違和感も消えていない。フィルミナはこれを誤魔化そうとしているのではないか?



 ……いや、止めよう。今はどんな考えも憶測の域を出ない。






 視線を空から戻して周りを見渡す。

 誰もいない。



 一人、か。

 やることがない……嫌だな。



 村を追い出されてから、なんだかんだ一人になることは少なかった。

 当然アモルでの荷下ろしや、簡単な買い物なんかは一人だった。だがこうして独りぼっちで、ひたすら『待たされる孤独』はなかったように思う。


 アモルではグレンさんやロレンタさん、荷運びの親方たちやミミちゃんがいた。

 エコールに来てからはアランさん、レベッカとジャンナと行動を共にしていた。

 今は、その誰もが居ない。


 そして、ずっと一緒にいたフィルミナもいない。




 この孤独は——嫌いだ。

 昔、独りぼっちでテオドール先生の帰りを待っていた……あの頃を思い出すから。








「虫捕りじゃ」

 それから程なくして戻ってきたフィルミナの口から、意外にも程がある言葉が出てきた。

 腰に手を当て、胸を張った彼女の瞳に、冗談や洒落といった物は一切感じられない。


 聞き間違え、だろうか?

 たしか今日は、「一段階上の鍛錬をするぞ」って言っていた気がするんだけどな。それが何故、子供の頃によくやった遊びが出て来るんだろうか?



「お主、虫は平気か?」

 あ、聞き間違えじゃなかった。

 こちらを見上げる真紅の瞳を見つめ返しつつ、自分が村——田舎——で過ごした思い出を振り返る。


「……ああ。田舎だったし、農村だったから慣れた物だよ。畑にはミミズや青虫がいるし、牧舎にも羽虫やらが飛んでいるから」

 暇があるときには農作業をよく手伝っていた。そして農業に比べると小規模だが、牧畜も営んでいる家もあった。そこの手伝いもしていたのだ。

 そもそもが田舎の農村、子供の頃には虫捕りをして遊んだこともある。


「ならばよい。今回捕る虫は『カブトムシ』じゃ。知っておるか?」

「えっと……黒くて堅くて、オスは角を持っている虫だよね?」

「うむ、それを捕まえてもらう」

 まさに子供の頃の虫捕りで捕まえたことがある虫だ。そしてお互いに捕まえたカブトムシを、よく喧嘩させたりしていた。


「当然、ただカブトムシを捕まえるわけではない。お主が捕まえるのは……これじゃ」

 フィルミナが軽く前に差し出した手、その手の平に漆黒の甲冑と立派な一本角を持った影が形成された。

 子供の頃に森でよく捕まえた昆虫——カブトムシだ。


「固有能力でカブトムシを……それを捕まえるの?」

「うむ。ただし、普通にではなく『操血術』を使って捕まえてもらう」

 わざわざ『操血術』を使って?

 いや、フィルミナが精製した以上、普通のカブトムシじゃないのかもしれないけど……


「まず、このオスの方は虫捕り網を使って捕まえてもらう。当然、虫捕り網は『操血術』で精製してもらう」

 わざわざ『操血術』で、虫捕り網を精製して?


「次に、メスのほうは素手で捕ってもらう。ただし、こちらも操血術を使ってじゃ」

「……虫捕り網を使わない素手、なのに操血術を使うってことは……身体強化の方?」

「うむ、正解じゃ。つまり、オスの方は物質精製を使い、メスの方は身体強化を使って捕まえてもらうということじゃ」


 考えを巡らせろ。

 フィルミナのことだ、絶対に意味がある。今の自分に必要な特訓に違いない。そして何より……

「では、これが意味するところは何じゃと思う?」

 やっぱりきた。

 フィルミナはこっちに質問して、所見を求めることが多くなった。湿原で重傷を負った俺の頭に異常がないかの確認……頭を使うようにしてくれている?

 いや、今は投げかけられた質問を打ち返す時だ。



 ……よし。

「物質精製と身体強化の使い分け。操血術の即座な切り替え、かな?」

 昨晩、湿原で自分の戦いを聞かれたことからもこれが最有力だ。

 物質精製と身体強化、両方を強引に最大まで引き出し、限界以上の力で戦った。その無理矢理さに、彼女は呆れていたのを思い出した。

 その後に一段上の特訓をすると言っていたことからも、基礎が出来上がってきたと考えてみる。次の段階に進んだ、と仮定して答えた。


「うむ、正解じゃ」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 見た目は幼い少女と言えど、正体は妖艶な美女。さらに中身は、それよりもさらに深淵だ。まだ二カ月未満の付き合いだが、全く底が見えない。

 質問一つ一つに真剣に答えないと後が怖いのだ。


「早速じゃ。虫捕り網を精製するがよい」


 フィルミナの言葉通り、虫捕り網を精製する。

 すると即座に「見せてみるがよい」と、彼女が手を差し出してきたので精製した虫捕り網を渡す。


「……うむ、まずは網じゃな。目が粗すぎる、もっと細かく……羽虫すら捉えられるほど細かくするのじゃ」

「わかった」

 そう言って虫捕り網を返してもらおうと手を伸ばしたが……

「慌てるでない。まだまだ言うことがあるぞ?」

 フィルミナがそれを拒否するように、ぐいっと虫捕り網を持った両手を向こうへやった。見ると、どことなく表情も笑みになっている気がする。


「次に柄じゃな、簡素過ぎる。もっと持ち手と柄を区切る様に、網の骨と柄の繋ぎもしっかりとするのじゃ」

 持ち手と柄……それに網の骨との繋ぎね。心の中で復唱しつつ、虫捕り網の改良をイメージしていく。


「全体的な長さや大きさも足りんのう。もっと……15、いや20㎝ほど伸ばすのじゃ。あと、網自体の大きさも大きくせねばならん」

 長さに網の大きさ……と、イメージをしている中で気付く。


 あれ?


「強度も足らん。柄も網と骨組、どちらもじゃ。もっと……」

 だがフィルミナは止まらない。

 どんどんどんどん、土石流のごとく注文が追加されていく。こちらも頭の中で虫捕り網を改良していくが……すでに一つの結論に辿り着いている。


 これ精製するの、すごく面倒だぞ。


 当然、虫捕り網に戦闘能力はない。だが操血術で精製する際の負担は、大きく頑丈で細部にこだわるほどに大きくなる。

 ぶっちゃけると、作る道具を如何に高度にするかで決まるのだ。

 それを踏まえて、今フィルミナが注文している虫捕り網だが……重い、と言わざるを得ない。



「……うむ、こんなところじゃな。やってみるがよい」

 長い注文が終わった後、フィルミナが虫捕り網を差し出してきた。


「……」

 何も言わずに受け取り、彼女の注文通りに精製していく。




 そして、精製した虫捕り網を見て思った。


『カブトムシ捕まえるのに、わざわざこんな贅沢な物いる?』と。

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