龍帝と鬼姫と荒野の鍋 前編

「では、有り難く……」

「頂くのじゃ」



 緊張の瞬間、自分の舌では美味く出来たと思う。

 だが果たしてこの二人の期待に応えることはできるのか?


 しろがね様とフィルミナ、それぞれが取り分けたお椀のスープをスプーンで一口……どうだ?

 二人が目を見開き、スープだけではなくそこに浮かぶ具にもスプーンを付けていく。そのまま何も言わず、どんどんスープを食べていく。

 そしてチキントーストを頬張り、さらに食を進めていった。



 どうやら成功らしい。

 全身から緊張感と力が抜ける。



「これよ! 荒野での食事とは思えぬ味! これこそ人の『料理』という文化!」

「うむ! どのような場所でも味と栄養の両立を目指す、素晴らしき物よ!」


 ただの家庭料理にそれだけ言われると、なんだかむず痒いような感覚を覚える。

 いや、二人が言うのはこんな荒野のど真ん中でも、それを味わえるということを褒めているのだろう。


「スープは鍋一杯に作ってますから、おかわりもどうぞ」


「良きかな!」

「うむ!」


 二人が喜色一杯で返答した後、再び食事に集中していく。

 自分もよそったスープに口を付けるが……一つ心配なことがある。


 ……このまま食事だけで終わらないよね?

 「積もる話がある」ってしろがね様が言ったと思うんだけど、大丈夫かな?

 美味しそうに食べていく二人、それに安堵と喜びを覚えるが、徐々に不安も滲みだしてきた。


「で? しろがねよ、お主は何故あのような場所にいたのじゃ?」


 あ、忘れてなかった。

 どうにか食事だけで済むということは避けられるらしい。


「偶然よ。所用を終え世界を眺めながら帰る途中に、そなたらを見つけた。懐かしき顔を見て我慢が出来なくなってな」

「あの、所用って何ですか? お差支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 伝説と言われる『龍帝』が、一体どんな用事でこんな人里に来たんだろう?


「面白き人の子がいてな、余の力の一端を授けてきた。それと……」

 さらっとすごいことを言った。

 力を授ける? 伝説の『龍帝』が人に? そんなことが可能なのか?

 出来るとしたら『恩恵』だと思うけど、そんな力は聞いたことがない。


「そんなに畏まることはない、鬼姫の眷属よ。肩の力を抜くがよい」

 と言いつつ、鍋のお玉を取るしろがね様。


「あ、ありがとうございます。おかわりなら自分が……」

「よい、この荒野の食卓では人も龍も鬼もない。平等にこの鍋を楽しませて欲しい」

 しろがね様が空になった自らのお椀にスープを盛っていく。


「それにしても、あの『鬼姫』の眷属とは……世界は面白きものよ」

 よそい終わったスープを飲みつつ、しろがね様がそんなことを言った。

 どういう意味だろう?


「儂の勝手じゃ。こやつ……セスをそうしたいと思ったから、そうしただけじゃ」

 自分が鬼になった……であろう時のことを思い出す。


 グレンデルに『ついで』で殺されかけ、すんでの所でフィルミナに助けられた。彼女の話によると、直接血を飲ませてもらったらしい。

 たしか……『従者』の特性とか言っていたと思う。

 もしかして『吸血鬼』からすると、自らの血を分けるということは『眷属』を作る以上に、大きな意味を持つのだろうか?


「人の子よ、余は詳細を知らぬ。だがそうなったことを悔いていないのなら、眷属となれたことを誇りに思うがよい」

「はあ……それはもちろんです」

 後悔はしていない。


 たしかに辛いことがあったが、こうして『吸血鬼』になったこと、そうなって出来たことには全く後悔していない。


 何より、どれだけか細くても彼女――フィルミナ――の支えになれる。そのことを嬉しく思っている。



「で! お主は封印から目覚めて何年経っておるんじゃ! これまでの口ぶりじゃと昨日今日ではなかろう!」

 強めた口調、それを表すかのようにお玉をガッ、と掴み自らのお椀にスープを盛っていくフィルミナ。

 なぜか頬が赤い。



「目覚めてか? およそ300年というところ……これ、『鬼姫』よ。そなたベーコンと芋をよそい過ぎではないか?」

「早い者勝ちじゃ!」

 フィルミナがお椀たっぷりによそったスープ、それを遠慮なく食べていく。言われてみれば芋とベーコンが多いかもしれない。


「まあまあ……スープだけ余っても干し肉でよければありますから、そっちにも合うはずです」

「作ったそなたが言うならば何も言うまい。して、そなたらは共に旅をしているのか? 目的はあるか?」


「はい、一緒に旅をしていますが……まだ旅立ったばかりです」

 そこまでは答えて構わないだろう。だが理由まで言ってもいいものか……


「目的は封印の副作用を解き、儂の力を完全に復活させることじゃ」

 あっさりとフィルミナが答える。

 まあ、彼女がそうするならそれでいいのだろう。



「やはりそうか。しかし『鬼』が今になって現れるとは……やはり回り出したか」

「回る? 何がですか?」

「いずれ嫌でもわかるであろう」


 しろがね様がこちらの返答をばっさりと切り、スープに口を付ける。

 恐らくはこれ以上食い下がろうとしても、煙に巻かれるだけだろう。表情は変わらないが、先程の返答の声音と雰囲気でそれが分かる。

 自分程度がこの『龍帝』相手に、話術で太刀打ちできるとは思っていない。



「しろがね様も目覚めた後は副作用があったんですよね? 今はもうないのですか?」

 新たに質問をして、会話の内容を変える。

 出会った直後の会話、それからするとしろがね様も『人』の姿から戻れなかったらしい。今は巨龍の姿に戻っていたが、完全に復活しているのだろうか?


「ふむ、今は完全に復活しておる。副作用を完全に排除するのに……50年ほどかかった」

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