龍帝邂逅

 流石は吸血鬼の全速力、あっという間に山を越えることが出来た。しかも恩恵の『半減』で消費も軽い。

 消費する『魔力』、『体力』、さらに『疲労』や『身体への負荷』まで『半減』している。

 総合的に考えると、「もはや『半分に減らす』ってなんなんだ?」と言われても仕方ない。


 鬼に金棒とはまさにこのことだ。


 フィルミナが以前、「『半減』は『操血術』と恐ろしく相性が良い」と言っていたのを実感する。



 越えた山の先には荒野が広がっていた。

 褐色の乾いた大地が大部分を占めるが、所々に木や草が生えており休憩を取りつつ進める、そう言わんばかりだった。

 恐らく普段は魔物が闊歩し、はぐれ龍も飛ぶことがあるのだろう。だが、今はそれらを一切見受けることはできない。


 原因ははっきりとしている。



 その原因である、白と銀の『人』がいた。荒野に疎らにある木、それの根元にただ佇んでいる。

 到底荒野に似つかわしくない格好、白を基調に銀で装飾された服を纏っていた。だがそれが霞むくらいに、清廉で神秘的な『人』だ。


 白銀の長い髪、色白の肌、男女どちらともとれる中性的で綺麗に整った容貌、何よりも雰囲気が圧倒的である。自然と膝が付いてしまうような威圧感と、軽く肩を叩いて付き合ってくれるような余裕を同時に感じる。


 魔物や下手なはぐれ龍など、一目見る間もなく逃げ出してしまうだろう。


 その白銀の『人』の、銀の瞳がこちらに向いた。


「久しいな、原初の鬼神の血を引く『鬼姫』フィルミナよ」

「いつ振りか、というのは野暮じゃのう。原初の龍神の血を引く『龍帝』しろがねよ」


 呼びかけてきた白い『人』こと『龍帝』しろがね様、それに答えたフィルミナ。

 互いの視線、銀の瞳と真紅の瞳が交わる。

 わずかな沈黙、それを破ったのは……


「……ふっ」


 しろがね様の笑いだった。

 口元に手を当て、喉を鳴らして笑っている。


「なんじゃ、突然」

「いや、済まぬ。まさかそなたのそんな可愛らしい姿を見ようとはな……くっくっく」

 尚も笑いをこらえきれないようで、中性的な容貌一杯に喜色を浮かべ、肩まで震わせて笑いをこらえていた。



「仕方なかろう、忌々しい封印の副作用じゃ」

 フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らして答えるフィルミナ。



 その様子を見ていたしろがね様が、目を見開いてこちらを見る。笑顔から一瞬で、呆気にとられたとわかる表情に変わった。



 俺にもわかる、そこじゃないですよね?

 けどそれは言えない。言ったら絶対にこっちに矛先が向く。

 いや、もはや時間の問題か?



 次の瞬間、しろがね様が腹を抱えて大笑いし始めた。

 まさに呵々大笑。もはや銀の瞳に涙まで浮かんでしまっている。

 魔物やはぐれ龍がいなくなった荒野に、澄んだ笑い声が響き続けていた。



 これもう絶対俺が怒られるんだろうな。

 けど自分から言うのは嫌だな。どうにか彼女自身で気付いてくれないだろうか?



「ち、違う、その……余も同様よ! 封印から目覚めた直後、今の、この『人』の姿でいるしかなかった! それを、笑いはせぬ! そなたもそうなのであろう?」

 笑いながら、どうにかといった様子でしろがね様が答えた。


「ならば何を笑っておる?」

 フィルミナが眉を顰め、頭に『?』マークを浮かばせて問いかけるが……なんで気が付かないんだろう?

 仕方ない、俺から言うしかないか。



「……フィルミナ、俺が降ろしてから来た方が良かったかな?」



 そう、フィルミナは今抱っこされている状態だ。

 所謂、お姫様抱っこをされているのである。


 宿場町の境界からここまで、あっという間に駆け抜けてしろがね様と相対しているせいだ。

 まさにお姫様扱いのまま、地に降ろさずにそのまま会話していた。



 刹那でフィルミナの顔が真っ赤に染まった。



「た、たわけぇ! 早く言わんか!」

 小さな手をグーにしつつ、それでこちらの胸を叩いてきた。

 やはりというかなんというか、恥ずかしさを誤魔化すための矛先がこちらに向いたが……このくらいなら構わない。

 照れ隠し、すぐにそうわかる程度の力だったからだ。


「良きことよ! 仲睦まじいことは、如何なる財宝にも勝る至宝であるぞ!」

 再び、しろがね様の愉快そうな笑い声が荒野に響く。


「やかましいわ! セスよ、何をしておる! 早く下ろさんか!」

 真っ赤に染まった頬、羞恥で少し涙が溜まった紅蓮の瞳。

 それを近くで見て、離れるのは勿体ないなと感じるが……仕方なく素直にフィルミナを下ろす。


 俺の腕から降りて早々、

「『龍帝」よ! 貴様もいつまで笑っておるのじゃ!」

 相対するしろがね様に、腹立ち紛れに指摘するのだった。


 考えてみれば、封印のせいで子供の姿なだけで……本当はとんでもない美人なんだった。十中八九、街を歩けば十人中十人が振り返る、というくらいの。


 そんな女性をお姫様抱っこしたり、デートしたり、一緒の部屋で過ごしたりしてたのか……


 今更ながらに、こっちが嬉しいような恥ずかしいような気持になってくる。





 調理している鍋は4人用、多少無理をすれば6人前まで賄えるものだ。

 人なら「なんで二人旅にこんな大きい鍋?」となるだろうが、俺とフィルミナは鬼だ。体力も回復力も優れている分、鬼の食事量は人よりも多くなる。

 これはロレンタさんに手料理を食べさせてもらった時に経験している。


「ほう、良き香りよ。食するのが楽しみであるな」

 そう言って鍋を覗き込んできたのは、白と銀で彩られた『人』……いや、人を模した姿をした『龍帝』しろがね様だった。


「たしか、お主は家事全般が趣味と言っておったな。これは期待できそうじゃ」

 同じように覗き込んできたのは少女、夜の黒髪と真紅の瞳が特徴的な『鬼姫』フィルミナである。


 前者は中性的に清廉で神秘的に、後者は華奢で妖艶なまでに可憐な、どちらも非の打ち所がない美しさと魅力を携えている。

 共通しているのは、自分とは比べ物にならない傑物であるというところだろう。


「お二人の、お口に合えばいいのですが……」

 そして『龍帝』と『鬼姫』の期待の視線に晒された鍋に料理を作る男、それが俺――セス・バールゼブル――だった。

 かつてないプレッシャーの中、あらかじめ買っておいた食材や調味料を使ってミスがないように調理を進めていく。


 こんなに失敗が許されない状況での料理は、未だかつて経験したことがない



「気負うことはない、そなたが普段作っておる物をそのままに作ればよい」

「うむ、お主はいつも通りにすればよいのじゃ」


 できるか!


 鍋から視線を離さずに答えた『龍帝』と『鬼姫』に、心の中でツッコミを入れる。せめて気心の知れたフィルミナこと、『鬼姫』だけならまだいい。

 だが南東の大高地にいるとされる、伝説上の『龍帝』しろがね様からも見られている。これで緊張するなという方が無理な話だ。


 なぜ俺がこんな状況で料理をする羽目になったかというと……





『積もる話がある。何か……食事でもしながらが良いであろう』


『一理あるのう。セスよ、食事の用意を頼む』


 ……はい?


『お主が保存のきく食材や調味料をそろえていたのは知っておる。頼むぞ?』


『ほう、それは良い! 人の食事は多種多様で美味である』


 いや、えっと……


『着飾ることはない。普段お主が作るものでよいのじゃ』


『然り、人の営みの中にある安らぎの一つ食事……それを在りのままに用意するだけでよい』


 ……もう俺が作るしかない展開になっている。





 そんな流れがあり、自分が料理することになったのだ。

 だけど本当にこれでいいのか?


 今作っているのは芋や人参、ベーコンの具沢山コンソメスープ、それにチキンのトーストサンドを付けるだけである。たしかに旅の途中でならちょっと豪華だろうが、調理場が整っていたらもっと手を掛けた物はいくらでもある。


 フィルミナはまだ大丈夫だろう。

 その証拠にロレンタさんの料理を美味しそうに食べていた。家庭的な味も舌に合うということだ。


 だがしろがね様は? 全く予想がつかない。

 流石に『無礼者!』と怒り出すことはないとは思うのだが……


 そんな嫌な想像をしつつ、スープの味見をして塩と胡椒で味を整えていく。

 多少濃い味にした方がいいだろうか?

 それともさっぱりと薄味にするか?


 こればっかりは好みだ。

 明確にどっちがいいと言えるはずがない。


「おお……これよ。調味料で味を調整する。時にはそのまま獲物に喰らい付く龍には到底思いつかぬものよ」


「鬼も似たようなものじゃ。多少の悪食ではびくともせぬ、故に『料理』という文化がなかなか育たぬ」


 なるほど、二人は人に比べて『料理』という文化に疎いのか。なら、薄味に寄せた方がいいかもしれない。

 あまり塩と胡椒を利かせすぎると、しつこく感じてしまう可能性がある。



「味付けは……自分に合わせてもいいでしょうか?」

 意を決し、『龍帝』と『鬼姫』の二人に聞いてみる。


「よいぞ! そなたが許す限りの味覚と調味料で仕上げるがよい!」

「うむ! セスよ、お主に任せよう!」


 銀と真紅、それぞれ期待の光を携えながら答えてくれた。

 慎重に、それでも塩と胡椒の味をはっきりと楽しめるように、スープの味を調えていくのだった。


 宮廷の料理人って、常にこんなプレッシャーの中で日々の料理をするんだろうか?

 料理は好きだけど……自分には到底無理だな。


 会ったことも見たこともない、料理を生業とする人達へ尊敬の念を抱く。

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