戦闘後に危機

 落ち着け。

 まずは『緊張感』と『恐怖感』を半減する。これがあるだけで大分変ってくる。あとは立ち向かう勇気を持つだけだ。


 鬼の脚力、その全力を持って戦場に駆け出す。

 まずは一番近くにいるワイバーン、それに狙いを定める。

 次にもう一匹を落としつつ最後にシールドドラゴン。距離と状況から相手にする順序を決めた。


 ワイバーンがこちらに気が付くが、不規則に左右に動きつつ攪乱して距離を詰める。これなら尻尾も吐息も狙いを付けられない。

 上下の動きは向こうに分があるだろうが、前後左右の動きはこっちのほうが遥かに上だ。

 あっという間に相対していた人たちを追い越し、ワイバーンの真下に潜り込む。


 そのまま跳びつつ『操血術』……


『操血術はあらゆる武具……いや、自分が考えた武具すらも精製が出来る。しかしそれを扱うのはあくまでも己自身じゃ。各々の使い方と特性を把握するのが重要じゃ』

 フィルミナの指導が頭の中に蘇る。


 両手持ちの長い柄、穂先に三日月を模ったような鋭利な刃、刈り取ることに特化した形状。『それ』を精製し、下からワイバーンの首へと振るう。

 刃筋を立て、こちらに巻き込むように、寄せるように刃を引く。

 跳び上がった後は当然落ちる、その落下すら利用して断つ。


 龍鱗も肉も、骨をもあっさりと切り裂き、ワイバーンの首を断ち切る。

 振り抜いたのは処刑鎌。

 首を撥ねるために作られた武器だ。


 処刑鎌を振り抜きつつ着地……を待たずに『操血術』を発動する。


『鬼の膂力は人とは比べ物にならん。武具店で武器を見るのも大事じゃが、それを鬼に合わせるのも重要じゃ。人では扱えんほどその武器を極端にしても、鬼が扱えればよい』

 再びフィルミナの指導が頭に響く。


 手に持っていた処刑鎌、それを変化させる。

 先端を鋭く、それでいて重く、柄はバランスをとるよう調整する。

 いっそ不格好と言われるくらいに、投げつけられた相手をただただ射抜くために。


 着地の踏み込みから、全身の力を無駄なく伝え、投擲槍をもう一匹のワイバーンに全力で投げつける。

 弓矢どころか、弩が裸足で逃げたくなるような速度と角度でワイバーンを貫いた。


 ひたすら射殺すための形状をした槍は、緑の龍鱗をあっさりと蹂躙する。それだけではなく、龍鱗を持つ者を勢いのまま運んで墜とした。


 残り一匹、黄土色の甲を持つシールドドラゴン。

 そう思うと同時、最初に首を撥ねたワイバーンが落ちてきたが……目を向けた先、そんなことよりも駆け出さなくてはいけない状況があった。


 さっきから一人でシールドドラゴンの相手をしていた赤毛の人、すでに尻をついて後退っている。

 二足で距離を詰めるシールドドラゴン、前足こと手の鈎爪を振りかぶり……


 やらせない!

 鬼としての筋力、それに『操血術』を掛け合わせる。


『操血術は血液の術、それは自分の体の中を流れる血液も含むのじゃ。血流を早く大量に、すなわち全身に有り得ぬほど多くの酸素を運ぶことが出来る。さらにそれは体温と脈拍の操作に繋がり、血液そのものの成分だけではなく興奮物質も……なんじゃ? 難しいか? 詰まるところ……血液で自分自身の身体能力も強化できる、ということじゃ』


 あの後、仕組みを詳しく聞いても悪戦苦闘した……フィルミナの指導を思い出す。


 鬼よりも強靭に鋭く、何よりも速く、『吸血鬼』として駆け出す。それと同時に『操血術』で武器も精製する。

 両手持ちの長い柄、穂先は鈍く重く、叩き潰すことに特化した形状。


 瞬間赤毛の人を追い越し、シールドドラゴンの頭に『操血術』で生成した戦槌を勢いのまま叩き込む。甲で覆われていようと、中身までそうはいかないはず。

 さらに振り回し、全身を使ってもう一撃、二撃、止めの三撃目を振り下ろす。


 確かな手応えを感じるが、戦槌を持って構えは解かない。


 数瞬の沈黙の後、シールドドラゴンの銀の瞳がぐるんと翻り、ゆっくりと巨体が倒れていった。

 ズシィン……と重たい音を立てた龍は、ビクビクと全身痙攣している。鼻や目からも血が垂れてきており、絶命したとわかった。


 終わった……ようやく力を抜ける。

 物質精製と身体強化、異なる効果の『操血術』をうまく使えていたと思う。無論『半減』も併用し、魔力や血液を温存していた。


 ……吸血鬼になったとはいえ、フィルミナの指導はすごいな。

 つい三週間くらい前は殴り合いの喧嘩すらまともにしたことがなかったのに、今や『はぐれ龍』三匹を瞬殺してしまった。

 あとはこれを不意打ちや乱入ではなく、向かい合って『よーいドン!』の戦闘でも出来ればいいのだが……まだそこまでの自信は持てない。


 何よりこれまで戦ってきたのは……いや、今はどうしようもない。


『お主は鬼になり、操血術を知ったばかりじゃ。だからこそ、初めにどれだけ研鑽と思考を重ねられるかも鍵となる。やればやった分だけ強くなり、すぐに結果として現れる。当たり前のことじゃが鬼の力も操血術も、おそらくは恩恵も……使えば使うほどに練度が上がり強化されるのじゃ』

 フィルミナの言葉、一切の偽りがなかった。



 戦槌を戻し、振り返って赤毛の人を見る。


 赤毛の人は女性だった。

 自分と同じくらいの年、手には不釣り合いな大剣、銀の軽装鎧と白い外套を身に纏っている。クリっとした丸い瞳は空色で、ショートカットの赤髪と相反しつつ、互いに引き立てるように綺麗だった。


 きょとんとした彼女に声をかける。


「怪我はありませんか?」

 そう聞くが、微動だにしない。

 真ん丸の瞳はただ俺を映し続けている。


「立てますか?」

 そう言いつつ手を差し伸べるが、それでも動かない。

 ただ青空の瞳で見つめ続けてくる。


 ……どうしよう、かなり間抜けな光景だ


 差し伸べた手、目の前の女性が掴むでもなんでもなく虚空にあるままだ。しかも何にも答えてくれない。彼女の姿が見えない位置から見ると、ただ一人芝居しているだけの変な男としか映らないだろう。


「……えーっと、同じパーティの人とか誰か女の人を呼んできましょうか」

 特別秀でているわけではない頭を必死に巡らし、自分より信頼できる人か同姓の方がいいだろう。そう結論を出して手を引っ込めようとするが……


 出来なかった。


 その手を電光石火で掴まれたからだ。両手でしっかりと握られている。


「助けて頂いてありがとうございます! 感謝いたします!」

「……ああ、無事で、よかったです」

 急に反応した女性に若干、いや、かなり驚く。相変わらず空色の瞳はこちらを映しているが、きょとんとした様子はどこへやら。キラキラとした煌きが溢れていた。


「私、『レベッカ・キャンベル』と申します! あなたのお名前を教えてください!」

 クリッとした丸い瞳に整った目鼻立ちを笑顔に変え、僅かに朱に染まった頬、勢いづいたままにこちらに問いかけてくる。


「いえ、そんな名乗るほどの……」

 とりあえず躱しておこう。

 なんかよくわからないけど、ちょっと怖い。


「そんなことをおっしゃらずに! お名前がわからなければお礼どころか、どうお呼びすればいいかもわかりません! どうかお名前を!」

 いつの間にかしっかりと両の足で立ち、こちらに迫るように身を乗り出してきている。掴まれている手からは、決して離すまいと力を込められているのがわかった。


 怖い。

 なんかこの勢い怖いよ。


 そんなこちらの内心など全く伝わっていないだろう。なおも髪と相反する色の瞳は、キラキラと光を強めていっている。


「セス……セス・バールゼブル、です」

 勢いに負け、自分の今の名前を名乗る。

 まだ正式に登録もされていない家名『バールゼブル』、それを含めて名乗るしかなかった。


「セス、バールゼブル……様」

 様? 様付けした?

 俺はそんな大層な人間じゃないけど……いや、人じゃなくて鬼だけど。


「とても素敵なお名前です! セス様!」

 なんで様付けしているんだろう?

 命の恩人だとしても、流石に初対面の――貴族でも王族でもない――人間に様付けは重い。

 そんなこちらの内心を無視して、うっとりとした表情で見つめてくる赤毛の女性ことレベッカさん。頬に手を当て、こちらを握る手は片手になったが力は全く弱まっていない。


 どうしよう。

 なんだかよくわからないけど、とても不味い状況になっている気がする。だが自分にはその解決方法がわからない。

 じっとりと嫌な汗が全身に滲みだしてきた。


 どうすればいい?

 それには誰も答えてくれない。

 どうにか自分自身で切り抜けないと……


「セス様……きっとこれは二人の運命でしょう!」


 駄目だ!

 誰か助けてくれ、これはやばい!

 俺だけじゃどうにもならない気がする!



「セスよ! 用が済んだなら早く迎えに来るのじゃ!」



 まさに天の助け。

 突如響いた少女の声、それに気を取られたのか掴む手の力が若干緩んだ!


「! セス様、お待ちください!」

「ごめん! 急いでいるから!」


 待たない。

 一瞬のスキを突いて手をすり抜いた後、真っ先に声が聞こえた方向――宿場町との境界線――に向かう。

 振り返らずに、鬼の脚力で一直線に救いの主……フィルミナの下に向かう。


「お主、鼻の下を伸ばして……」

「ありがとうフィルミナ、助かった。早く行こう」

「う、うむ……向こうに見える山、あそこを超えたあたり……」

「わかった、行くよ」


 最後まで聞かなかった。


 預けていた荷物を背負い、フィルミナを抱き抱え、すぐさま彼女が示した山を越えるために駆け出す。

 目の前に来た時の不機嫌そうな言葉と態度、それらを全部無視してとにかく出発することを強制する。

 こちらの様子を感じ取ってくれたか、フィルミナも頷いて同意してくれた。


 ならば話は簡単だ。


「セス様! どうかお待ちください!」

「縁があればまた!」


 ごめん、待たない!

 鬼の力……だけではなく『操血術』を使って、吸血鬼の全力で走る。

 宿場町も、その境界線にあった戦場も、自分が屠った龍の死骸も、すべて遥か遠くにするようにひたすらに走る!

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