龍御子は決意する
いよいよパンクしかけた頭を押さえる。
「すみません。その、えっと……状況が全然わからなくて……」
私がそう答えると、『しろがね』様が口元に手を当てて「ふむ」、と一声。
「性急すぎたようだな。一つ一つ順を追って説明しよう」
「あ、はい。お願いします」
「まず、そなたは人で言う……『恩恵』を持っている。それはよいか?」
「はい」、と返事をする。
そう、一週間前に神託で恩恵を賜ったばかり。
色々あって、それがどういう力かとかは一切調べていない。他にやることがいっぱいあったから。
「そなたの『恩恵』は龍の力を得る物。龍と契約し、その龍の力を行使することが出来る物だ。これは把握しておったか?」
「いえ、知りませんでした」
不思議と驚きも何もなく、全部受け入れてしまう。
この『しろがね』様の不思議な雰囲気のせいか、頭の容量がいっぱいになってしまっているせいか……たぶん両方だと思う。
「ふむ、余は龍を統べる者『龍帝』である。この地に蘇って300年経ったが、それでもそなたのような『恩恵』は身に覚えがない。人が龍と解り合い、その力を行使する……実に興味深い」
「あ、ありがとうございます」
「しかも、遥か彼方にある余が治める地にまでその波が届いた。直接会い、叶うならば余の力の一端を授けようかと思った次第よ」
大方は把握できた。
けど、一つだけ分からないことがある。
「あの……珍しい『恩恵』だとしても、どうしてそう考えたんですか? 私……人間が龍の力を使えるって、その、分不相応だって思わなかったんですか?」
龍帝『しろがね』様が、瞳を丸くする。
そして、思い切り笑い出した。
空を見上げ、周りに笑い声が響くくらいに笑う。
「くっくっく……いや、済まぬ。そうさな、そなたの考え方が正しい。そう考えるのはある意味必然か」
銀の瞳から浮いた涙を拭いつつ、『しろがね』様が答える。
「だがな、余は逆よ。『人間が龍の力を使える』からこそ、素晴らしいと思う」
黙って聞く。
「『人』は儚い。龍に比べ脆く、小さく、寿命も短い。しかしそんな『人』だからこそ、『恩恵』を生み出せたのかもしれぬ。そう考えると愛しくて仕方ない」
「100年程度も生きられぬ、故にその命を輝かせるように精一杯に今を生きる。そしてそれを次の世代へ、また次の世代へ受け継いでいけるように……そうして『人』は前に進んでいく。生まれ持った力の差が大きく、寿命も長い龍にはないものよ」
「たとえ自分の代では、決して超えられないと理解しても諦めぬ。次に受け継いでいけるように、時に魔物や龍どころか大自然ですら越えていこうとする『人』の力……その一つの先が『龍の力を得る』だとしたら、余はそれを只管に尊く思った」
「故に、直接それを持つ者と話し、相応しいなら余の力の一端を授けたいと思った」
……どうしよう、私なんかには荷が勝ちすぎている。
単純に重い、重すぎてどうしようもない。
「こうして相対して解った。そなたは強くなりたいという意思を持っている。強さの果てに渇望も持っている。余の力を授けたい」
しかも『しろがね』様はすごく乗り気みたい。
いっそ、「相応しくなかった」と言って去ってくれていた方が良かったかもしれない。
「娘、臆するな。そなたはどうやっても叶えたい願いがあるであろう? 先の紅い夕焼けの後か? 余に届いたのはその時よ。思い出すがよい」
その言葉に、鼓動が強くなる。
セス君……あの時、手を取れなかった。
私はあの時でも彼の手を握って、彼に思いを伝えられるような強さが欲しい。
そして、彼をこの村に連れ戻したい。
今更とか、手遅れとか、そんなものも全部捻じ伏せてしまえるような強さが欲しい。
どれだけセス君が傷ついていて、その傷が癒えるまでに時間が掛かったとしても、それを支え続けられるような本当の強さが欲しい!
蹲って泣いているだけでいるもんか!
私はもう、泣いているだけなのは嫌!
「ふむ、素晴らしい。そなたの想いが確かに余に伝わってくる。なればこそ……」
心を読まれた?
「そなたは余の力を受けるにふさわしい」
てことは……私の、セス君への気持ちも?
一気に顔に熱が集中してきた。
「案ずるな、人の娘よ。余はそなたの感情の強さを読み取れるだけで、具体的な内容までは知らぬ。そなたの強い感情が『誰か一人』に向けられている、精々わかるのはその程度よ」
十分すぎます、『しろがね』様。
貴方はともかく……もう神殿長と神官長はもちろん、事情を聴いていたエルマ様も気が付いてしまったと思います。
「では、余の力を受けるか否か……いや、もはや聞くまでもないな」」
そう言って、『しろがね』様が優美に右手を虚空に伸ばす。
「こちらへ……ああ、そちらにおる金の髪をした娘も構わぬぞ」
その言葉で『しろがね』様から、私よりちょっと前にいたエルマ様に視点が映る。藍色のドレスの様な服を纏った、流麗なラインの背中があった。
「ほう……私にもあなたの力がもらえるのかな?」
エルマ様の言葉に、
「はっはっは、それは叶わぬ。ただ、そなた……ずっと皆の前に立ち、余がおかしな真似をすれば即座に切りかかるつもりであろう? 一瞬たりとも気を抜いておらん」
『しろがね』様が「なんてことはない」、と言わんばかりに答えた。
「で、あるならば……そちらの娘一人だけ余の前に来るのは、そなたにとっては不都合であろう? よい、許そうぞ」
「おやおや、『龍帝』様は寛大だな。だが……いつかそれが命取りになるかもしれんぞ?」
エルマ様から何か、凄まじい圧のようなものを感じる。
素直に怖い。
「構わぬ、それはそれで面白き事よ。なにより余はそなたも……いや、この場にいる人を甚く気に入った。もしもおかしな真似と判断すれば、腕でも持っていくがよい」
「……『民や弱き者の前に立つべし』、忌々しい『聖騎士の誓い』をこの私が守る形とはな……ああ、腹立たしい」
どんどんエルマ様の圧がひどくなっていっているように感じる。
それにしても、『聖騎士の誓い』が忌々しいってどういうことだろう?
というより、口調とかが神殿の応接室の時と全然違う。こっちが本当のエルマ様なんだろうか?
「さあ、『龍御子』の娘よ。こちらへ」
「ご指名だ、お嬢さん。私も付いていくから、行くならどうぞご自由に」
……正直今は『しろがね』様より、エルマ様の方が怖いかもしれない。
呼吸を整え、前に踏み出す。
一歩、二歩……怖いとは思ったけど、やっぱり隣にエルマ様がいるのは頼もしい。
すぐに『しろがね』様の前に辿り着く。
「余の手を取るがいい」
近くで見る『しろがね』様。
改めて清廉で、神秘的で、男の人だったとしても、女の人だったとしても、綺麗で仕方ない、という感想しか出てこない。
そのまま、吸い込まれるように手を取ると……
瞬間、世界が広がった。
私が立つ地面、そこから光の筋が幾重にも……無限ともいえるくらいに無数に張り巡らされている。
「綺麗……」
「それが『龍脈』である」
自然と私の口から零れた呟きに、『しろがね』様が答えてくれた。
「大いなる大地を巡る力の流れ……それが『龍脈』である。今、そなたはそれを知覚できるようになった」
すっ、と『しろがね』様が私の手を放す。
すると光り輝いていた眩い筋……『龍脈』が途端に陰った。
「『龍の力』……それは己の魔力を呼び水とし、大地を巡る『龍脈』から力を借りるものである」
「『龍脈』の力は強大……その者に強靭な力と、様々な奇跡を与える」
「しかし、磨くも腐らせるも結局は本人次第、精進するがよい。人の娘よ」
そう言うと、『しろがね』様が背を向けて離れていく。
「……え、あの!」
「悪く思うでない。これ以上は騒ぎが大きくなってしまう」
『しろがね』様が視線で指した先、二人の人影が見えた。
一人は長身で、細身ながら鍛えられている魔術師様。少し話したりしたけど、『しろがね』様とは別の意味で性別が分からない。
もう一人は年も背丈もセス君と同じくらい、金色の髪と碧眼の男の人。去年『恩恵』を賜ったばかりの『勇者』様。
どちらもエルマ様と一緒にパーティを組んでいる人で、こちらに走って向かっているようだった。
ぶわっ、と風が巻き起こる。
それに耐えた後振り向くと、空を覆うような強大な龍がいた。
頭に立派な角と髭が二本ずつ、長くて流麗な体にそれに負けない手が一対、白銀の龍鱗と体毛で全身が覆われた巨龍……『しろがね』様。
『今のそなたではそれが限界……もしもまだ力を欲するなら、まずは己を磨くが良い。そして南東の大高地、余が治める『龍仙境』を訪ねることだ』
さっきまでとは違う、直接頭に届くような……不思議な声が響く。
『そなたが相応しき器に成長していたなら、更なる力を授けよう』
『……それと、気に入ったならそなたの『恩恵』は『龍御子』と名付けるがよい。余が適当に考えたものだが、あながち悪くはないであろう?』
龍の姿のまま、分かるはずがないのに、『しろがね』様が笑ったような気がした。
『ではさらばだ、人の子らよ。再会を期待しておるぞ』
その言葉を伝え、『しろがね』様……巨龍がゆっくりと、大空へ舞って行った。
村を陰らせるほどの巨体、それがさらに大きな空へと昇っていく。
優雅で、荘厳に去って行った。
「……エルマ様、ありがとうございました。傍にいていただいて心強かったです」
「ふん、忌々しい『聖騎士の誓い』を気まぐれに守っただけさ」
振り返って、エルマ様を見る。
綺麗にウェーブがかかった金色の髪、翡翠の瞳、長身で流麗なラインを描いた体躯……大人の女性。
あの巨龍……『しろがね』様に会っても、私やテオドール神殿長、神官長のために自分のやることを忘れていなかった聖騎士様。
「厚かましいのは承知の上で、お願いがあるんです」
「ほう、聞こうじゃないか」
「私を……」
私は強くなる。強くなって、必ずセス君と会って……この村に帰って来てもらう。
『磨くも腐らせるも結局は本人次第、精進するがよい。人の娘よ』
「私を、あなたのパーティに入れてください」
もしも必要なら、また『しろがね』様にも会おう。
『今のそなたではそれが限界……もしもまだ力を欲するなら、まずは己を磨くが良い。そして南東の大高地、余が治める『龍仙境』を訪ねることだ』
今の……このままじゃなくて、自分自身の意思で進む。
「面白い……神聖殿に行く、ではなく私達と来るか? 『龍御子』のお嬢さん」
迷うもんか。
「はい、私は……『龍御子』カリーナ・バテームは、あなたたちと行きます」
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