続く平穏は偽りでも 後編

 いつもは日の出と共に起きる。だが今日はさらに早く目が覚めた。


 日の気配がない闇の中でも、吸血鬼なら昼間と変わらなく目が見える。

 隣のベッドで寝るフィルミナを起こさないように、違う部屋のグレンさんやロレンタさんを起こさないように家から出ることが出来た。



 フィルミナから習った武術、そして神殿守として習った体術の修練を行う。

 もう一度寝直そうかと思ったが、その日はやけに目が冴えてしまっていた。



 頭を巡らせ、正確に思い出し、自分が行っている動きがどうなるか、相手をどのようにするか、それを常にイメージして繰り返す。


 一通りそれが終わり、座って一息つく。

 空が白み始めたころ何かの気配がした気がした。


 ……なんだ?

 町……じゃない。遠くの方?


 そう思って空を見上げようとすると、家の扉が開いた。



「……おお、セス君か。相変わらず早起きだな」

 その家の主、グレンさんが寝間着に上着を羽織って出てきた。


「おはようございます。ちょっと目が覚めてしまって……」

 先程感じた気配の様なものは、もうない。

 なんだったんだ?


「それで散歩でもしてたのか。……隣、いいか?」

「もちろんです。どうぞ」



 軽くとなりの砂や土を払ってから、グレンさんに促す。

 二人並んで、家の入り口前にある石段に腰掛ける。


「……改めて、ありがとう。セス君」

「んな、なんで……お礼を……?」

 お礼を言うのはこちらの方だ。


 金もない、突然転がり込んできたよくわからない二人。それを嫌な顔一つしないで、不自由なく生活させてくれている。



「……息子が勇者になって出て行ってから一年、こんなに楽しく過ごせた日はなかった。静かに、だが刺激もなく沈むように、爺と婆の二人は過ごすんだろうと思っていた」

「……」

 横から見ても分かる、そのくらいグレンさんの瞳は優しい光に満ちていた。



「本当に、感謝しとる」

「俺は、そんな……何も出来ていません。いえ、ご迷惑をかけてしまうかも……」

 自分がここに来た経緯を思い出す。

 もしかしたら、この優しい老夫婦をひどい目に合わせてしまうかもしれない。討伐される『化け物』を匿ったとして。




「迷惑、か。それはセス君たちが、実は『西部』ではなく『北部』から来た、ということと関係があるのか?」




 呼吸が止まる。

 なんで? それを……



「この町でガイドなんてしてるとな、色々な地方の人と話す。君の微かな訛りは西部じゃなくて北部の……田舎の方だとわかる。訛りそのものは僅かだが、ところどころから読み取れる。気付くのに、今日までかかってしまったがな」

 グレンさんが「ああ、あっちのお嬢ちゃんの方はわからん。口調は独特だが綺麗な発音だ」と付け加える。



「いや、誤解せんでくれ。責めるつもりも、そうした理由を聞き出そうとするつもりもない。言わなくていいんだ。ただこうした爺もいるから、今度からは気を付けた方がいいと……それだけ伝えたかった」


「どうして……そこまでわかって、どうしてですか? 『血の落日』があったからですか?」


「……深い理由はない。強いて言うなら、お前さんらの様な優しい良い子が困っていた。だから、何も聞かずに助けたいと思った」



 よっ、と腰を上げてから「そんなもんだ、他人を助けるなんて」と、グレンさんが言った。



「お嬢さんたちは、今日は湖畔の広場を散歩するとか言ってたな。まだ寝ているだろう。セス君は遅刻しないようにな」

 そう言ってグレンさんは家の中に入っていった。


 誰かを助ける。


 特に理由なんかいらないと思っていたし、そうしてきた。しないと後悔すると思う。


 だけど……あの投げられた石は、まだ胸に刺さっている。

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