4-4 智奈と玄武の湖

———— Tina



「智奈、メロメロね」

 後ろで、青龍から振り落とされないように智奈にしがみつくロクリュが、にやにやといたずらっ子の笑みを浮かべて声をかけてくる。


 ルルソへは、空と海に別れて向かっていた。智奈は、腕ですやすやと眠る白虎を抱えて後ろにロクリュを乗せ、青龍に。霧亜は、ラオと共にアズに。能利は回復したザンリの、鯉の姿のまま海を渡り、ルルソで落ち合った。


 たどり着いたルルソと呼ばれる地は、見渡す限り砂漠だった。陸へ到着すると、青龍とナゴが交代する。

 智奈たちは、それぞれのマントで口元やなるべく目元までフードで多い、砂埃から身を守る。

 マントのないラオとロクリュには、霧亜がバーカーのポケットから繋げているというクローゼットから霧亜と智奈のフード付きの洋服を引っ張り出し、二人に着せた。


「便利なポケットだな」

 ザンリを海に置いて、ナゴの背中に移動した能利が言う。ロクリュが、智奈の洋服を着るのを手伝っていた。智奈と能利で、ロクリュをサンドイッチしている。

「なんでも出せるとは限らないよ、ノリ太くん」

 無駄に上手いダミ声で、霧亜は能利を指差す。能利は面倒くさそうに顔を顰めた。

 霧亜のこのネタでニヤニヤするのは、残念ながら智奈だけだ。


「さあラストスパート! ちゃっちゃか行くわよ!」


 青龍と朱雀に導かれ、智奈たちは果ての見えぬ砂漠を進んだ。

 砂漠ではあるが、決して日差しで焼かれそうな暑さがあるわけではなく、むしろ肌寒い。タンクトップ一枚という薄着のラオには、霧亜のパーカーを貸して正解だった。

 

 一切生物の気配がない土地だった。

 ここのどこかに、母の故郷、こみえ一族が住んでいるとは、思えないほどだ。


 地平線が見えるような平坦な砂漠を進むうちに、段々と周りの景色には岩が増えていく。

 周りも岩に囲まれるようになり、いつか、あの岩場の裏から野党が顔を出すのでは、と考えてしまう。


「最高に狂ってるぜ」

 低空飛行でナゴたちと高さを合わせるアズの背に乗り、霧亜は辺りを見渡しながら呟く。

「それか、最高速度の宇宙レースが始まりそうだな」


「それも第一の世界の何かなの?」

 霧亜の後ろにいるラオが言った。

 霧亜は大きく頷く。

「両方映画だ。是非帰宅次第見るべき映画だな」

「ふうん」

 どうしても、生まれが第二の世界のラオや能利は、霧亜の話にはついていけないようだ。ラオは、アニメは少し知っていたようだが。


「もうすぐ、湖が見えてくるはずだ。そこに玄武がいる」

 相変わらず、智奈の頭で蜷局を巻く青龍が言った。


 目的地の湖と思えるものが見えた頃には、辺りはすっかり砂漠ではなくなっていた。砂漠と同じく茶色だった岩場も、いつの間にか黒く質感の違う岩へと変わっている。

 黒い岩場を更に進むと、岩が囲む中央に、大きな湖が現れた。


「なんだこれ、ほんとに湖か?」

 霧亜がアズから降り、湖を覗き込む。

 アズは獣化を解いて霧亜の肩に留まった。


 湖と言われていたから、目の前にあるのは湖だと認識するが、言われなければ真っ黒な海が広がっていると錯覚しそうだった。


 いつの間にか気温は冷え込み、全員の口からは白い煙が見える。


「すごーい! 硬い湖だよ」

 ロクリュが、小さな手で湖をコツコツと叩く。

「ほんとだ」

 ラオが、湖の端に飛び乗った。

 本来ならば、水に足がついてバシャリと音がするはずだが、まるで人工物の上に足を乗せたように硬そうだ。


「大丈夫なのか、これ」

 能利も、湖を軽く足先で蹴っている。


「ここが、玄武のいる場だ」

 青龍が言った。


 霧亜が、ラオを抜いて湖の真ん中に向かって歩いていく。それを追うナゴ。白虎に智奈を取られて、首に巻き付かなくなっていた。智奈も、霧亜とナゴを追う。


「ンアアアアア」

 大人しく智奈の腕で眠っていた白虎が、突然声を上げた。

 白虎は身体をくねらせて暴れ出す。

 昔、初めて子犬を抱かせてもらった時のように、白虎は落ち着かずに、智奈が間違えれば落としそうなほど身体をよじる。


「どうした、どうした」

 霧亜が、慌てて智奈の元へ駆け寄る。霧亜が白虎を受け取ろうとするが、暴れ出して智奈が両手で持って押さえるのがやっとだった。

 全員が、湖の上に乗って、


「玄武様が何かなさってるの?」

 ナゴも不安そうに智奈の足元に擦り寄る。


「ンアアアアア!」

 白虎が大声をあげた。


 映画館の照明が消えるかのように、ゆっくりと目の前が暗くなっていく。

 耳には、ずっと鳴り響く白虎の泣き声。その声がだんだんと、子供の泣き声に変わっていく。

 リアルな、子供の泣き叫ぶ声。

 幾重にも重なる、子供の声。


 それが、いつの間にか笑い声に聞こえてきた。男女様々な笑い声。子供の、笑い声。何かを嘲笑する声。

 智奈の、嫌いな声。


「金髪ってヤンキーなんだぜ」

「えー、じゃあ怖い人じゃん、近づかない方がいいんじゃない」

 教室の、端と端で囁かれる声。


 智奈は今も昔も、この声を我慢して聞くことしか出来ない。


「霧亜……」

 助けを求める声はか細く、どこにも届く様子はなかった。

 目の前は真っ暗で、目を開けて瞬きをしているはずなのに、辺りを見回しても変化はない。腕にいた白虎も消え、みんなの顔も全く見えない。


 兄への呼び掛けにも応じてもらえず、今智奈は何かに巻き込まれていることを察した。

 玄武の試練とやらだろうか。


「実はカツラなんじゃねえの」

「濡らしたら元に戻るんじゃない」

 無邪気な声の、残酷な言葉の応酬。


 毎日が楽しくて、忘れていた、忘れることのできていた忌まわしい過去が、智奈の脳裏にありありと蘇ってくる。

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