4-2 霈念と妻の仇
「偶然にしたって、タチが悪いよなあ」
これから息子たちが訪れるであろうルルソ。おそらく、また霧亜を追う政府、そして智奈を追う秀架とクイが現れるだろう。
政府の追手より、厄介なのは殺し屋の二人だ。仲間であったロクリュを霧亜たちに拾わせているのも、偶然彼女がはぐれたのか、何か奴らの策略があるのか。
ルルソの砂漠の端に、こみえ一族の集落はある。霧亜たちがルルソに辿り着いても、こみえ一族の縄張りに足を踏み入れることはないと願いたい。おそらく青龍や朱雀に連れられてくるのだろうから、直接玄武の元に来るはずだ。
そして、肝心の玄武は、ルルソの砂漠の中央に大きく広がる、凍った湖だろう。玄武の五行は『水』に当たり、五悪は『寒』などとも当てはまる。
霈念が移動したルルソの地から、玄武がいるであろう湖までは、砂漠を歩いて三日ほどかかった。こみえ一族の集落には行ったが、湖には行ったことがなかったため、瞬間移動も出来ず、足を使うしかない。霈念は、獣化動物を従えていなかった。
湖に近付くにつれ、段々と岩場の多い地に変わっていき、目的の湖と
決して清らかで美しいものではない。その湖は黒く濁り、湖の奥底は全く見えない。
気温も一気に冷え込み、息を吐き出せば白い煙が口から吐き出される。
湖に触れてみると、それは凍っていて、じわりと指先が冷たくなり、水滴が指先についた。少し叩いた程度ではまったく割れそうにない。
霈念は高火力の炎の塊を手のひらに作り、湖に押し当ててみる。
が、凍っているはずの湖は全くびくともせず、溶けることはなかった。霈念の高火力の炎は、鉄ならば一瞬で溶かし、人も簡単に塵と化す。それに耐える氷。間違いない。ここが、玄武の眠る湖だ。
霈念は、湖に足を踏み入れた。
身体中をぞわぞわと外部的な魔力に包まれていく感覚。霈念は調停者ではないが、こんな不可思議な魔力に包まれるということは、玄武の試練とやらが、湖を訪れた者全員に行使されるのだろう。
「こみえに雇われたのね」
突然、耳元で妻の声が聞こえ、霈念は耳を押さえた。弥那の声。霧亜と、智奈の母親の声だ。
いつの間に目を閉じていたのかと錯覚する。一瞬で、辺りは暗闇につつまれていた。手を動かしても、目の前に手を持ち上げても見えそうにない。そういう類の魔術か何かだろう。
久々に聞いた、愛しい女性の声は、怒りに満ちている。
「こみえに逆らわないほうが身のためだぞ」
次に聞こえてきた、聞いたことのある声に、霈念は思わず耳を疑った。つい最近、初めて会ったことのあるはずの声。それが、今は亡き妻と会話をしている。
「そんなのよく知ってる」
「なのに逆らうのか、おかしな女だな」
「子供を持てば、ケツの青いあんたにもいつか理解できるよ」
妻の弥那と、男——殺し屋秀架の会話。
映像が、何も無いのがもどかしかった。
これは、霈念自身が作り出した、妄想の類なのか。それとも、霈念の知らなかった真実を、突きつけられているのか。
「ワタシ、強いよ? 言っておくけど」
「こみえに敵うとは思ってない」
鋭い風が吹く。家の家具や食器が、ひっくり返る大音量。
「霧亜!」
弥那の叫び声。
「こみえの依頼はお前だけだ。子供がいるのは知らなかったが、こんな弱点を連れてるなんて、こみえらしくないんじゃないか」
霧亜の苦しそうな声。小さな少年の呻き声だけが、その場に漂う。
「やめて! お願い! お願い、します」
声が、叫び声から小さくなり、彼女が土下座をしたのだと理解した。
霈念の手足の産毛が、ザワザワと逆立ってくるのがわかる。
なぜ、霈念の知らない過去が聞こえているのか。謎のままだったが、これが本当に事実であるならば、今までの自分の行動に怒りで気が狂いそうになる。
こんな状況の妻と息子を、置き去りに第一の世界へ飛んでいたのだから。
「お前は、それが一番怖いんだろう?」
新たな声がした。
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