3-9 霧亜と混血の戦い方
本当に、能利なのか。十年も経った友人を、見間違えたって誰も怒らないだろ。
能利は、オレを観察するように見つめる。向こうも向こうで、オレなのかどうか、見定めているような見方だ。
そしてオレから目をそらすと、智奈を見る。そしてまたオレを見る。
次に右上を向いて一瞬上の空になると、何か合点したのか、大きく息を吸って、吐いた。
こいつの昔からの癖だ。一人で悩んで一人で解決して、オレに何も教えてくれない。
能利が何を考えてるのかしつこく質問するのが、オレの小さい頃の趣味でもあった。今思うとうざすぎるガキだ。
「霧亜、だよな?」
確信を得ている聞き方を、能利はしてくる。オレがうなずくと、能利は意地の悪そうに、にやりと口角をあげる。
「もう、火で火傷はしてないか?」
オレは一気に孤児院時代のトラウマを思い出す。
自然魔術を能利に教わっていた時だ。火を扱うのが苦手で、能利が出してくれた火を操る訓練をしていた。自分で操ろうとした時、火が燃え上がりすぎて、能利の腕は焼くわ、オレは顔面火傷だらけになるわで、孤児院が大混乱になったことがあった。火はあれ以来自分で使うのは嫌いだ。
使えなくはない。嫌いなだけ。火は怖い。
「この子は?」
能利は智奈を顎で指す。
「オレの、妹」
能利はわかっていたかのような反応をする。
「お前、妹いたんだな」
孤児院にいた時は智奈を連れていたわけじゃない。オレが一人っ子に見えていても何も不思議じゃない。
能利は智奈に目を向けた。
「あの時は、怖がらせてごめん」
智奈はふるふると首を横に振って、いえ、大丈夫です。とアピールした。
「ナゴも久しぶり」
能利が智奈の肩に手を伸ばそうとすると、ナゴは爪を出さずに振り払った。
「智奈を怖がらせたのまだ許してないから」
能利は、はは、笑ってと気に停めなかったようだが、フードの中のタランチュラはそうはいかないようだった。
ナゴに向かって糸を吐き出す。ナゴはふっと口から小さな炎を吹き、糸を消し炭にしようとした。が、飛んできた糸は火をくぐってナゴに絡みついた。そのままナゴは床に落とされ、タランチュラは床に降りてキャットバグファイトが開催される。
智奈は慌てて二匹を止めようとするが、嫌いな糸が飛び交うわ、熱い火が纏うわで、手が出せないようだった。女のファイトには関わらない方がいい。
「クズネ、いい加減しろ」
「ナゴも」
オレ達の言葉で、二匹は睨み合いに落ち着いた。
能利は校長室を見回す。
「ここ、どこ」
「ライアント」
オレが答えると、能利はサダンをもう一度見て、合点がいったように頷いた。
「通ってるのか」
「この前、卒業した」
オレは、主席でな! という自慢を、当時の能利の羨ましそうな顔を思い出すと付け加えられなかった。
「そうか、おめでとう」
能利は口角を上げた。皮肉も妬みもない、心からの言葉だった。
「能利、その目の封印」
オレはついさっき知った事実を能利に共有しようと思った。これで、また親父が現れた時に、封印を解いてもらえばいい。オレに封印したかったんだろうけど、今は智奈本人がいるんだ。
能利は言葉を制するようにオレをじっと見つめた。
「その子の、体術の力なんだろ?」
オレは思ってもなかった単語に言葉が詰まる。
「体術?」
能利は、疑問形で来られると思っていなかったようで眉を顰めた。
「見せて」
サダンは能利の前髪をかきあげて右目の封印術式を、じっくりと観察する。
封印術式を、見ただけで解読できるのは、この世界でもサダンくらいしかいない。
能利も大人しくサダンに従った。
一通り術式を解読したのか、サダンは能利から離れると、ため息をつく。
「確かに、智奈の体術の力ですね、これに込められているのは」
「両方の力が、智奈から抜かれたってことか?」
聞くと、サダンはうなずく。
「智奈は今の状態だと、第一の世界の人間そのものです」
「またいつか、親父が現れた時に、封印解いてもらえばいいよな。親父は多分、オレ達の居場所はわかってるはずだ」
それまで、また能利と一緒にいられないだろうか。
オレはそんな希望を抱いていた。
むしろ、調停者の旅を能利と一緒に出来たら、そんな心強いことはない。
そんな望みを込めて、オレは能利に目を向けた。正直オレにとって、この封印はただの異物だ。特に能利なんて、目にあるんだ。だから今も前髪で隠してる。こんなもの早くなくなった方がいいはずだ。
と思ってたが、能利は、悩ましいという複雑な顔をした。
「残念なんだが、俺はこの力、あまり手放したくない」
「え?」
意味がわからなかった。だって、いらない封印なんて、なんの価値もないだろ。
「こんな封印、早くなくなったほうが」
「お前が本当に混血だったなんて」
裏切られたよ。とでも言葉の最後についてきそうな言い方に、オレは虫唾が走る。
「どういう意味だよ」
「まさかと思ってたが、その髪、本当に『白銀のこみえ』だったんだな。存在しないと思ってた」
こいつの言ってる意味がわからない。
「だからなんだってんだよ」
「気付いてないのか? お前のその馬鹿でかい魔力は、この子の魔力が足されてるからだ。俺には、体術の力が封印された。オレは今混血と同じ力が使えるんだ。こんな機会、めったにない」
オレは次の罵りが口から出てこなくなった。
封印されてるだけじゃなくて、使えてたのか。だからオレは、人より魔力が多くて、人より強い魔術が使えた。
そして目の前のこいつは、智奈の力が気に入っているらしい。そりゃそうだ。誰しもがなりたい混血になれたんだから。
あの公園で、目の前で繰り広げられた惨劇を思い出し、胃の中の物が逆流しそうになった。
「ふざけんなよ」
能利が見廻に連れていかれる姿を見たくない。もし、亡者になんてなってしまったら。
「返せよ!」
オレは杖を出現させ、振りかぶって校長室にある机の上にあった花瓶をかち割った。中から水が溢れる。それを増幅させると、無数の触手のように形を変えて、能利に向かって攻撃を繰り出す。
能利は火が得意だ。菅野の時と一緒。状況的にはオレが有利。
だったが、能利はオレの水で作った無数の手をしなやかに身体を動かして避けていた。魔術で、バリアや相克である土の壁を築くでもなく、防ぐんじゃなく、避けている。
避けるのに飽きたのか、オレが次の魔術を出そうとする前に、水の触手の間をすり抜けてこっちに近付いてくる。加速の魔法陣が足首に見えた。
素早すぎて能利の振り上げられた右足を、両手でガードするのに精一杯だった。その足は膝から曲がり、オレの首を起点に能利は体を持ち上げて左足とからませ、体重を使ってオレを床に叩きつけようとしてくる。
オレは間一髪で足と顔の間に挟ませた水のクッションを抜いて空間を作ると、能利の足から逃れる。すぐさま目の前にある顔に右パンチを入れこもうとするが、軽く弾かれた。
どうなってんだ?
もう、そんな疑問しか出てこなかった。こんなやつと戦ったことない。次には炎がオレに襲いかかってきた。水のバリアを張るが、その時には既に能利はオレの背後に回り込んでいて、また出される数々の体術に反応するのがやっとだった。
「お前、道場通ってるのか?」
組み合った時、能利が聞いてきた。
能利の力に押されそうで、必死に抵抗しながら、オレは首を横に振った。今口を開いたら、能利に押し負けそうだった。
ふうん、と、能利は随分と余裕そうだ。
「天然素材はムカつくな」
どういう意味だ。
オレが疑念の目を向けると、能利は、ここから本気を出そうか、という気持ちだったらしい。
スピードも重さも一気に底上げされた攻撃に、オレは為す術なくいつの間にか頭を床に押し付けられる体勢で負けていた。
「水の性質のお前と、長く戦闘はしたくないからな」
能利の性質は『火』だ。本当だったら、オレが圧倒的に有利なはずなんだ。それでも負けるのは、体術の力量に明らかな差があるからだ。
拍手が聞こえる。サダンだ。こんな時に奴は感心したように拍手を送っている。
「霧亜が負けるなんて。強い強い」
「お前は、強くなりたいか?」
能利は汗一つかくことなく、涼しげな目でオレを見下ろす。
「なりてえよ!」
床に押さえられたまま、オレは惨めに叫んだ。
「なら人に教われ。いくら天才でも、独学じゃ限界がある。教わることは恥ずかしいことじゃない」
能利の言葉は、オレの抵抗を完全に脱力させた。
「悪いな。この力、手放すには惜しすぎる」
オレの頭の上で能利の言葉が聞こえる。と、能利は身を翻し、校長室の窓から飛び降りた。
智奈が、慌てて窓へ近寄って首を伸ばす。窓から見えたのは、龍が空を泳ぐ姿だった。龍に乗って、能利はまた姿を消した。
なんだ、あいつ。めちゃくちゃ格好いい獣化動物持ってるな。
オレは詰まっていた息を大きくついて校長室に大の字に伸びた。
「負けた」
サダンは楽しそうにふふ、と笑う。
「負けましたね」
「大丈夫?」
ナゴがオレの腹に乗ってきた。
「能利に、智奈の体術が封印されてて、能利は体術が使えるってことか?」
「あの子、体術師に弟子入りしてますね、あの動き。魔術と体術の組み合わせ方が非常に上手い」
そこが、多分オレと能利の違いだった。オレは体術は独学——というか喧嘩の延長線のようなもので、基本は魔術に頼りっきりだ。やりたいように、体が動く通りに動いて、咄嗟に思いつく魔術を使うのがオレの戦い方。
一方能利は、魔術も体術も、しっかり組み合わせて使ってきた。体術も、カンフーみたいな、ちゃんと型のあるような動き。いつでも戦える準備をしているようにも見えた。魔術を使う時には体術で体を素早く動かし、体術を使う時には体を魔術でスキルアップする。そんな細かい作業を戦闘中にオレはできない。
「逃げんなくそがき!」
黒い男が突然姿を現した。
校長室の空気が、一瞬固まる。
「うお、ライアントか、ここ。よう、サダン」
親父はサダンに向かって軽く片手をあげた。
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