3-6 智奈と金色の青年

 ロウに、旅に出るためのマントを作ってもらうことになった。採寸をされ、付属したい魔術を聞かれる。全くわらなかった智奈は、全て霧亜にお任せした。


「お前が智奈ちゃんを守るために、土に耐性あるもの作っとくよ。木が下手くそなんだから」

「さんきゅー」


 魔術とは、五行思想という自然の成り立ちから出来ているらしい。

 霧亜は、水が得意で、木が苦手。

 八木組の霧亜を殺そうとしたヤクザは、土を使う魔術師で、相性最悪だったのだという。


 ロウに注文を終えると、霧亜と智奈は夕飯の礼を言い、店を出た。 


「ないものがないね、この街」


 ナゴを肩に乗せながら、ロウの店から家までの商店街をゆっくりと進む。

 ハイテクそうな電化製品の店から、ファンタジーの中でしか出てこなさそうな魔女がいそうな薬屋。中には霧亜の持っていた長い杖のお店もある。和洋折衷、温故知新、智奈の頭の中に最近習った四字熟語が浮かんでくる。


「この街は特に、魔術師が多い国だからね。この国に揃ってないものはないんじゃないかしら」

 ナゴが、首元で解説をしてくれた。

 智奈たちのいる国は、ライル、というらしい。


「四神の旅大変?」

 ふと言葉が口に出る。

 霧亜は歩む足を止めた。


「大変よ。情報が少ない中、探し回って四神たちに会いに行かなきゃいけないんだもの」

 答えてくれるナゴの言葉に、楽しい長期旅行の感覚でいた智奈の心が、ざわりと歪む。


「ナゴは、一緒についてきてくれるんだよね?」

 智奈の言葉に、ナゴは目をぱちくりとしばたいてから高い声できゃははと笑った。

「あたしは智奈と契約したのよ。あたしはこみえ一族に代々仕える猫又なの。数百年前からこみえの子たちを見守ってるわ」

 数百年前なんて、もう妖怪じゃないか。ああ、猫又は妖怪だ。

 智奈のひいお婆ちゃんよりももっともっと前のご先祖様から、ナゴは一族と一緒にいるのだ。


 頭に軽い猫パンチが飛んできた。

「ちょっと、今お婆ちゃんとか思ったでしょ。猫又はもっと生きるんだから。あたしはまだピチピチよ!」

 頼もしい猫ちゃんだ。


 商店街に人が多くなっている。夕方になろうとして、買い物帰りや学校帰りだと思われる人たちが帰路へと歩いていく。


「オレが、絶対守るから。大丈夫」

 夕陽に照らされる霧亜は誓いを立てるようにこちらを見つめた。


「大抵は霧亜がいれば大丈夫よ。なんか、向こうの世界で薬草直で食べるほど苦戦してたみたいだけど」

 ナゴはにやりと霧亜を見た。

「あれは……なんでもない」

 霧亜は何かを言いかけたが、智奈の顔を見て言い淀んだ。


 智奈たちの歩く方向と逆から来る、誰かと肩がぶつかった。

「すいません」

 よそ見していた。

「いや、こっちこそ」


 相手は、黒いフードを被っている金髪の青年だった。霧亜より少し大人びて見える。右目を隠すように前髪が垂れている。

 下に視線を巡らすとフード付きの黒いマントだった。智奈と霧亜が作ってもらうマントの、完成品と言ったところか。マントには、金色の綺麗な蝶の刺繍がされている。


 青年は、ただ肩がぶつかった人にしては、立ち去らずにしかめ面を向けてくる。眉に皺が寄った。琥珀色の瞳がこちらを睨むと、人よりも動物に睨まれているような感覚で、動けなくなる。

 そんなに怒らせてしまっただろうか。ついさっきは、こっちこそなんて言ってたのに。


「おい、何だよただぶつかっただけだろ」

 霧亜が、青年の肩を掴んだ。

 そんな、喧嘩腰にならないで、お兄ちゃん。

 何故か智奈を見つめる青年は、顔を歪めて髪で隠れる右目を押さえてフラフラとよろめく。

 驚いた霧亜も、突然のことで慌てて手を離し、智奈に向けてオレじゃないと必死にかぶりを振る。


「大丈夫ですか?」

 智奈が青年を支えるように腕を持つと、青年はより痛みに呻いた。

 すぐに智奈も手を離す。智奈も霧亜も、どうすればいいのか慌てていると、智奈の首からするりとナゴが降り、青年の服を嗅いだ。

「ノリ?」

 ナゴの言葉に、汗を滲ませて呻く青年ははっとナゴを見た。


 その目は夕陽に照らされた琥珀の眼は、真っ赤に燃え上がるような色をしていた。

 痛みを発している右目は閉じられ、目蓋の上から魔法陣の痣がある。その痣自体が、うねるように波打ち、心臓のようにドクドクと鈍く光っている。

 恐怖心が青年への心配よりも上回り、智奈は霧亜の袖を掴む。


 霧亜は、少年を見て硬直していた。

「ノ、ノリ?」

 霧亜がやっと発した言葉。


 息を上げる青年は霧亜にも顔を向ける。数秒霧亜を見つめ、段々と真っ赤な警戒した目が、丸く、驚きの顔に変わっていく。

 何かを発しようと口を開いた時、後ろから轟音が響いた。


 振り返ると、真っ赤な巨大蛇が、轟音と共に高速で近付いてくる。


 青年にどんと肩を押され、霧亜の方へ身体を投げ出される。受け止めた霧亜は、青年の名前を叫んだ。


 顔を上げると、蛇に掴まった青年が、空を登っていく姿だった。

 蛇じゃない。あれは、龍だ。真っ赤な鱗の龍が、天高く登っていく。

 動く本物の龍を、初めて見た。


 商店街も、突然大きな龍が通ったことで騒めいていた。


 霧亜は、悔しげな表情を浮かべて空を見上げていた。


 ノリという青年は、霧亜の知り合いだったのだろうか。

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