第72話 スマホを貸した美少女は、僕の言葉におこりだす
「ねぇ彩香〜スマホの充電切れたからちょっと貸して~」
「何につかうの?」
「電卓。パソコンも今アップデートしてるから使えないの」
夏休み。
ベッドの上で
といっても、別にあんなことやこんなことをしている訳ではないし(それは昨日家族がいないときにした)、いつも通りのことなので、おざなりに『ノックしてよ』と言い、『ごめん次はそうする』と嘘だらけのテンプレの返事を聞くにとどめる。
まぁそのせいで、柚の依り代をゲットしても、あんなことやこんなことをするのを夜まで我慢しなければならないのだが、ある程度の焦らしは最高のスパイスであると私は経験則で知っている。
――やっぱなんでもない。今のナシ。
パソコンって今アップデート来てたっけ? 後で確かめよう。
首を傾げつつ、枕元のスマホにパスコードを打ち込み、茜ねぇに投げる。茜ねぇはそれを片手でキャッチした。
雑に運動神経のいい茜ねぇである。
「ありがと~。えぇっと……」
「一ページ目の『便利』ってフォルダの中」
「あぁ、彩香ってば気が利く~」
何を上機嫌に言っているんだ。
姉のテンションがおかしいことに首を傾げて小説に意識を戻す。茜ねぇは時々『あぁ~』とか『へぇ』とか呟きながら電卓を触っていた。
電卓に感動するような機能ってあったっけ? と思った。
「そういえば彩香、夏休みの予定ってあるの?」
「んん、全く。柚と遊びに行きたいな~とは思ってるけど」
「そっか……あぁ、これでよさそう。くふふふふ……」
「何やってるの?」
「ん? 大学のレポート。計算結果が合わなくて」
「そ。お疲れさま。なんか悪い魔女みたいな笑い声だったけど」
「いや、別にぃ? 彩香、ありがとね。返す」
「ん」
ちょうど私の枕元に飛んで返ってきたスマホを一瞥し、小説に目を戻す。そこで違和感を感じてスマホを二度見。更に違和感を感じて三度見。
ラインのプッシュ通知に『分かった! 準備しとくね!』とのメッセージがあった。アイコンは、猫にすり寄られた足下の写真。
ちょうど一年前のことを思い出し、違和感の正体に悟る。
デジャブだ。これは――紛れもなく、茜ねぇの仕業だ。
「てめぇぇぇっ!」
「キヒヒヒヒッ」
振り向きざまにドアに向かって枕を投げると、その隙間から私を見つめていた茜ねぇ、もとい悪魔が変な笑い声を上げて逃げた。
追いかけようとして、私は思いとどまる。
あんな悪魔よりも柚の方が優先だ。
私はベッドに腰掛けてスマホを開く。柚との会話を遡ると、私たちは花火――花火大会ではなく河原での手持ち花火をすることになったらしい。
――人混みが苦手な私にとっては嬉しいイベントだ。
柚との花火に向けて膨らみだした妄想に、柚の素早い、嬉しさのにじみ出た即レスに顔がにやけそうになる。
やはり茜ねぇは電卓を使っていたのではなく、人のスマホで勝手に人の遊ぶ予定をたてていたのだ。
あの悪魔め。プライバシーもへったくれもない。
そうは言いつつ、柚と遊びに行きたいけど、自分から誘うのが恥ずかしくて躊躇していた私にとって、茜ねぇの悪戯はありがたかった。
でも、素直じゃない私は、茜ねぇに感謝なんてするもんか、と思いつつ、私はトイレに向かうついでに茜ねぇの部屋にキットカットを投げ込んでおいた。私の大事な大事な、最後の抹茶味のキットカットである。
*
「あ、こんにちは――違う、こんばんわ……」
「他人行儀すぎ……でも、まぁこんばんわ」
とある、河原が近くにある、東京近郊の駅の前。
夜に待ち合わせてお出かけする。今までとは全く違った新鮮味にドギマギした僕だったが、それは彩香さんも同じだったようだ。
僕らは二人でお辞儀をして夜の挨拶を交わす。
周りを見渡すと浴衣姿の人がちらほら見られた。
どうやらこの近くで花火大会があるらしい。もちろんそちらは、僕らのような手持ち花火ではなく、打ち上げ花火の方だ。
まぁ、僕らには関係のない話だ。
そう思いつつ、生まれてしまった微妙な空気への対処を考え、話題を探す。そしてふと、彩香さんの服装を見て、思いついた言葉をそのままに言った。
「浴衣じゃないんだね」
「え? ——なんか悪い?」
「あ、いや。浴衣が良かったって訳じゃないよ? でも、彩香さんのことだから浴衣で来るのかな? って――」
あちゃ、話題選択失敗したなと思いつつ、言葉を紡いでいると彩香さんが僕の言葉を切って、強く言う。
「嘘つかなくていいからっ、どうせ私が浴衣姿じゃなくてがっかりしてるんでしょ? 茜ねぇとおんなじこと言いやがって! 柚のバカ!」
「うっ――た、確かに浴衣姿は期待してたけどっ、その服装ッ、可愛いなって思ってるから!」
なぜ僕はこの人の多い駅前でバカップルみたいに叫び合わなきゃいけないのか。自業自得、身から出た錆、僕の何の気なしの発言のせいだ。
いや、聞くに、彩香さんのコーデに反対した茜さんのせいだ。
何気なく責任転嫁した僕は人間のクズだ。
今日の彩香さんの服装は、僕が期待していた浴衣姿ではなかった。
どちらかというと、浴衣への期待とは別のベクトルで期待以上だった。
まぁ、どちらにせよ可愛くて最高だと思った。
「仕方ないでしょ! 浴衣なんて着たらまたの辺りがスースーして変な気がするし! トイレとか行きにくいし!」
「ちょっ! せめて声を落とそう! そんな話大声でしないで!」
あまり聞きたくなかった浴衣の真相に耳を塞ぎたいのを堪え、我を失いかけた彩香さんの両肩を掴む。スベスベな肌を両手に感じ、ドキッとしつつも、肩を掴む力を強める。
そう、地肌である。
――うん、地肌なの。彩香さん、肩、僕が地肌で触れれるの。
彩香さんの服装はこちら。
派手な装飾のない桃色の、
ニットの丈は敢えてだろう。少し短くて、そのせいで時々見える白いお腹がまぶしい。
思わず目を引かれてしまう服装だ。事実、僕らは周りの目を引いていた。——それは叫び合ってるせいか。
今までの彩香さんの服装が露出の少ない物だったせいで、僕にとっては余計に目を引かれる。
あるブログで読んだことがある。女性は好きな人の前では露出の多い服を着る、と。その人に少しでも興味を持って欲しくて、という意味らしい。
それが今の彩香さんに当てはまるか否かは知らないが、少なくとも一つ、言えることがあった。
僕は今、強烈に彩香さんに惹かれている。
外見だけで言うなら、確かに浴衣姿も見たかったけれど、今この瞬間の彩香さんが一番好きだ。
「ッ――……ほらやっぱり……浴衣、見たかったんじゃん……」
ちょうど今。
僕の、彩香さんのコーデを肯定するココロを読んだのか。
僕が彩香さんの服装になんの文句も不満もなく、むしろ喜んでいることを知ってくれたのか。
ようやく、彩香さんは叫ぶのをやめる。
彩香さんはふて腐れた子供のように、自分の間違いを指摘されても素直に認められない子供のように、言い訳じみた口調でぼそりと言った。
「でも、謝る。私が変に勘違いして、柚のこと怒鳴ったのは事実だし。ごめん」
「いや、僕が悪いよ。僕が言い方間違えたのが悪かったから。ごめん。もちろん、浴衣姿もみたいなとは思うけど、彩香さんの今の服装、僕一番好きだから」
「ん……でもそんなこと言ったら、今度からこれしか着なくなるから――」
「それはそれ、これはこれ。服装が替わっても――外見が変わっても、彩香さんが彩香さんなら僕はそれでいいから。
アクセサリーはバフ効果でしかないから……彩香さん本体を10000点としたらバフ効果は1,2点だからさ」
自分でもクサい台詞だなとは思いつつ、恥ずかしいが本心なので口に出して彩香さんに伝える。
僕が握る彩香さんの肩は熱をおびていた。
「別にそこまで拗ねてないからッ、フォローが過ぎる! 確かに駄々っ子みたいに難癖はつけたけど、そんなに言われたら……照れる……」
彩香さんは顔を真っ赤にして、その顔を隠すためか、僕のシャツを掴んで顔を覆う。
結果、僕らは花火大会に続々と向かう人々の流れの中で、身を寄せて立ち数分、固まっていた。
彩香さんの肩は肉薄のくせに柔らかかくて、保護欲をそそられる。
気付けば、僕は彩香さんの肩を軽く抱き寄せていた。
途中から、彩香さんは鼻息を荒くして、スーハースーハーと息をしていた。行動の意味はよく分からなかったが、息がかかってくすぐったかった。
空耳だろう。
このにおい好きぃ、と先程の口調からは考えられないような甘い声が聞こえた。
PS:フォルダ整理が雑なせいで書き置きがあると思ってたらなかった。もしかしたら更新頻度、さらに落ちます。
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