第2部 彼女は僕から離れない
第63話 ゲームをする美少女は、僕の匂いに包まれたい
「彩香さん、何やってるの?」
授業中。
彩香さんが机の下でごそごそと何かをやってるのを見て、話しかける。最前列の席なのにまさか授業中スマホとか?
ちなみに、スマホ及び電子ゲーム機の校内使用は禁止されている。
彩香さんは僕の声が聞こえていないのか、肩を激しく動かしはじめる。小さな声でかけ声までつけ始めた。
その声がちょっとかわいい。
「えいっ、えいっ、ほっ。ふっ!」
後ろから覗き込むと、彩香さんの手もとにはゲーム機があった。電子ゲームではなく、5歳児が持つようなゲーム機だ。
液体で満たされた容器の中に棒が三本立っていて、ゲーム機の両側のボタンで水を押して、その圧力で中に浮いているたくさんの輪っかを操作し、輪を棒に通すやつ。
正式名称は知らない。
肩を叩くと彩香さんは振り返り、至近距離にある僕の顔にビックリして顔を真っ赤に染めて、身体の回転について行けず顔にかかった髪を払い、ドモリながら言う。
「な、なな、なに?」
「何やってるの?」
「あ……えっと、水で満たされた容器の中に棒が三本立ってて、両側のボタンで水を押して、圧力で浮いている輪っかを操作して、輪を棒に通すやつ」
「人のココロの声を本人に説明しても意味ないじゃん。そうじゃなくて、なんでコレを? って」
「あ――えと……別にっ、この前商店街歩いてるときに面白そうだなって思って買ったわけじゃなくて――」
年に不相応のおもちゃに熱中していたことを恥じているのか、彩香さんは矢継ぎ早に言葉を足していく。その分だけ真実をさらしているのだということには気がついていないようだ。
あ、喋るのをやめた。今僕のココロを読んでやめたな?
彩香さんはコクリと頷いて、そこでハッと顔をこわばらせた。
今日の彩香さんはドジっ子おてんば娘属性らしい。
最近の彩香さんはどこぞの日曜朝九時からやってる
「著作権!」
「大丈夫、名前違うから」
「っ――え、えと……あの、その……」
彩香さんはもじもじした後、上目遣いで僕を見て、不安そうに聞いてきた。
どちゃくそカワイイ。
「私、別に子供っぽい訳じゃなくて、ちょっと昔の遊び道具が懐かしくてやってただけだから――あ、あとこれも言い訳じゃなくてちゃんとした論理で――」
「別にいいんじゃない? 彩香さんが恥ずかしがるとこなんて一つもないよ。まぁ、子供っぽくて可愛いと思うけど」
「……ばかっ」
彩香さんは言い捨てて、赤くなった顔を僕から逸らすことで隠す。が、赤い耳は丸見えだ。ゲーム機に熱中するフリをしているが、気もそぞろなことが丸わかりだ。
うん、とてもキュート。
彩香さんを観察して遊んでいると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。教師は号令もせずに教室から出て行った。
「柚、一緒にやらない?」
「ん? なにを?」
「これ、ゲーム」
彩香さんはようやっと普通に戻った顔色で僕を振り向き、ゲーム機を揺らす。すると棒にかかっていた輪っかの大半が抜け落ち、ふわふわと液中を舞う。
「リセットされたよ?」
「はっ——!」
彩香さんはガビーンという効果音が似合いそうな顔をして、それから悲しそうな顔をして、最後に僕の温かい視線に気がついて取り繕うようにクールさを装った。
「いいの、どうせ柚とやるし」
「……そっか。じゃあ隣失礼」
彩香さんの横に椅子を持ってきて座ると、彩香さんがゲーム機の半分をこちらによこす。一緒にやる、とは二人三脚的な意味らしい。
受け取って始める。だけどこれ、かなり難しい。
もともとが難しいゲームで、それを二人で共同作業でするなんて難易度が倍以上に跳ね上がる。
難しすぎて半ば諦めていると、ふと気がついた。
体の距離が結構近い。どれぐらい近いかって言うと、彩香さんと肩が時々触れあうぐらい。服がすれるたびに、ドキドキする。
なまじっか密着しているときよりもドキドキする。
「柚、ぼーっとしてる?」
「あ、いや?」
きょとんとする彩香さんに返しつつ、ココロの中でリズムを刻む。こんな思考読まれたらからかわれるに決まってる。
リズムの背面に隠しながらそう思ったとき。
「柚、こっち向いて?」
「ん? ぐぉっ――」
目が合った。と同時、心臓がぎゅっと圧縮されて痛む。
痛みに胸を押さえてかがむと、彩香さんは深く、僕を小悪魔な流し目で見ながら頷いた。
「正解、からかってあげる。すりすりされて恥ずかしいんだね」
「ズルくない!? せめてリズム勝負にしようよ!」
「別にぃ? これが一番手っ取り早いし、柚、リズム勝負で私に一度も勝ったことないじゃん」
強く抗議するも、彩香さんはどこ吹く風。
のれんに腕押し柳に風、豆腐に
前々からこの【ココロ読まれるの防止スキル】は彩香さんとのリズム勝負によって打破されてきたが、こんな抜け道があるとは知らなかった。
ちなみに、リズム勝負とはお互いに違うリズムを刻み、相手につられた方の負け、という簡単なゲームだ。そして無勝全敗の僕である。
「さ、柚。やろっか」
「あ、うん……」
彩香さんは自然にゲームを再開する。が、一つだけ、不自然なことがあった。彩香さんが僕の身体にスリスリしていること。
おかげで僕のYシャツは波打ち、心臓は高潮警報のつもりか、強く鼓動を始める。
腕に残るくすぐったさと、ほんのり広がる幸福感にどうしようもなく顔が赤くなる。
「へぇ、幸せなんだ。私のこと好きなの?」
「――プライバシーの侵害で訴えるよ?」
「あ、もしかして図星? 柚、顔赤いよ?」
「……彩香さん、胸触っていい?」
好き嫌いの感情はからかって欲しくない。
だってこの気持ちに関しては自分から告げたいから。からかわれた成り行きで告白するなんてしたくないから。
その思いを背面に、『僕は変態じゃない。コレはただの脅しだ』とココロの中で彩香さんに告げる。
だが、彩香さんは僕のココロを読んでいなかった。
だから、これは彩香さんが悪い。
ヒュン、と風切り音がして、彩香さんの方から影が飛んできた。それは大きく弧を描いて遠心力を得、僕の頬に当たって弾ける。
この変態! とフェードアウトしてゆく声を聞きながら、暗くなる視界の中、ゲーム機の輪っかが一つ、棒に通ったのを見た。
*
「と、この一年と数ヶ月ずっと疑問なんだけどさ。彩香さん、人が気絶するレベルの打撃を僕に何度してきましたか?」
保健室のベッド。
彩香さん曰く、僕が泡まで吐くほどに気絶したのは始めてで、さすがにまずいと僕を保健室に連れてきてくれたらしい。
ちなみに、それまでは超能力で強制的に僕を起こしてくれていたそうだ。なんともマッチポンプだ。
幸い、僕は10分ほどで目覚めたが……。
時計を見ると、授業はもう始まっていた。でも次の授業は音楽なので勉強に支障はない。
彩香さんはバツが悪そうに僕から目をそらして、丸椅子の縁を掴みながら答えた。
「二桁は超えてる……。でもっ、打撃によって気絶してるんじゃなくてっ、柚の気絶は私の無意識な超能力のせいでっ——」
「つまりは彩香さんのせい」
「……うぅ……でも——」
「あのさ、僕は思春期の男子高校生なの。性欲もりもりなの」
「そんなこと堂々と言われても……」
「シャラップ。彩香さん、手を出すのはいいけど人が気絶するのはダメ、絶対。倒れた時に打ち所が悪かったら死ぬでしょ?」
「……分かった。ごめん」
しんみりと彩香さんは頷いてから、あれ、暴力はいいの? と不可解そうな顔で僕を見た。
僕はコクリと頷いて、ベッドに潜り込んで枕に頭を預ける。
どうせ暴力ダメと言っても聞かないからね、じゃじゃ馬彩香さん。ココロの中で唱えると、彩香さんは僕をキッと睨んだ。
だが僕から説教を食らった手前、その目には覇気がない。
亜希奈が彩香さんのことを『じゃじゃ馬』と呼んだ理由がわかった気がした。
「むぅ……」
「さ、彩香さんは帰った帰った。僕はここで一眠りするから」
「え? 寝ちゃうの、柚? おしゃべりしないの?」
「昨日寝不足なんだよ。誰かさんがずっとラインしたがったからね」
彩香さんを指差しつつ言うと、彩香さんはギクリと身を強張らせた。
昨日は彩香さんが夜遅くまでラインをしてきて、どうしても彩香さんに甘くしてしまう僕はそのラインに付き合ってしまい、目が冴えてしまった僕が就寝したのは朝の一時だった。
布団にくるまり、少しぶっきらぼうに挨拶をする。
「おやすみ」
次の瞬間、彩香さんが高速で動いた。
*
柚だけ居眠りだなんてずるい。私も寝たい。
そうなった原因は誰にあるのか、ということに関しては考えないことにした。
だって、私も柚とおしゃべりできた興奮でなかなか寝付けなかったから。
私は靴を脱ぎ捨ててベッドの下に蹴り入れ、柚の布団を剥いで飛び乗り、一緒になってくるまる。
真っ暗な視界の中、柚の体温をすぐそばに感じた。
「あ、彩香さん!?」
「ん~っ」
焦った柚の顔を見るために布団からいったん顔を出す。目が合うと、柚は顔を真っ赤にして固まった。
ふふふ、柚ったら喜んじゃってる。
ココロを読んで柚が嫌がってないことを確認した後、私は布団の中に顔を引っ込め、柚との距離を詰めた。
Yシャツをつかみ、手探りでボタンを外していく。
ぷつん、ぷつん、と面白いほど簡単にYシャツがはだけていく。日常と違う刺激に、それも保健室のベッドでしているという刺激に気分が高揚し、体が熱くなるのを感じる。
ココロが飛び跳ね、お腹のあたりがムズムズした。
「ちょっ、何をッ――」
「どうしたのかしら~? 大丈夫~?」
保健室の先生が様子を見に来たようだ。柚は焦ったように『大丈夫』と繰り返す。それがおかしくてもっと柚のYシャツをはだけさせると、柚は私の頭を押さえてきた。
柚のおなかを掴んで頭で押し返し、はだけたYシャツの中へと顔を入れる。柚の肌も熱くなっていた。
そこに共有点を見出した私の脊髄は、嬉しさにびくりと震える。
「んっ……」
そこは楽園だった。そして、私にとって唯一の麻薬の生産地だった。つまり、ある意味では天国であり、ある意味では地獄であった。
一限の体育の授業でかいたのであろう、Yシャツの中は柚の汗の匂いは充満して、むせかえるほどだった。
それがもともとの柚の匂いと混り、頭を痺れさせ、正常な思考を許さない。羞恥心という名の理性を焼き切り、欲望にまっすぐな行動をさせる。
濃密な柚の香りに身体の芯が悦び、脳みそは甘ったるく蕩ける。胸はひっきりなしに飛び跳ね、お腹のムズムズが高まる。
至福で快悦なこの空間に、心臓の鼓動はどくどくと高まる。
「あ、彩香さんなら帰りました!」
「そう? 私ったら気づかなかったのかしら」
「た、たぶんそうですよ! きっと!」
今度は、柚が誰かと喋っていることが気になった。
焦った柚の声はかわいい。聞けるのは嬉しい。だが、その声が向けられる相手が私じゃないことは、許せない。
今すぐ柚を黙らせなければ。私しか見えないようにしなければ。
私は柚の足に足を絡め、太ももで強く挟み込む。背中に手を回し、がっちりとホールドする。柚の抵抗あえなく、って感じで思惑通りの体勢をとれた。
つま先の方から快感が足を登り、柚との密着点を熱源に熱いものが体を走り、堪えようもなく私の体は震えてしまう。
「まぁ、何かあったら声かけてね」
「は、はいっ……!」
ようやく誰かが去って行った。柚は未だに私を見てくれないが、ひとまず満足したので万事OKとみなそう。
だが、私にこの状態から動くつもりはない。……いや、もっと密接して密着した行為をするならば話は別だが。それには双方の同意が必要だ。きっと柚は恥ずかしがって許してくれないだろう。
彼は変態を気取ってるが、実際の所はウブでチキンなのだ。
そしてそれを知っているのは私だけ。そう思うとドキドキする。
ふと、今まで暗かった視界に光が差し込んだ。
光が指す方向へ顔を向けると、柚が布団を持ち上げて顔を覗き込ませていた。そして小さなささやき声で、だが叫ぶ。
「彩香さん! 何やってるの!?」
「えへへぇ、なぁんでしょう?」
ずいっと、身体を頭の方向に動かして柚に顔を近づける。
思っていたより、何十倍も甘ったるい声が出た。
柚は顔を茹で蛸のように真っ赤にして何十秒か固まる。
その間、私はずっと柚を見つめていた。
柚のココロは混乱しているようで、思考がグチャグチャになっている。
柚は、恥ずかしさでかすれた声を出した。
「あ、彩香さんの方が変態じゃん……。僕の胸、許可なく触ってるし……。人のこと、気絶させる筋なんて一切ないじゃん……」
意趣返しをして私を正気に戻すつもりだろうか。
だが、効かない。
「えへへぇ」
「——あ、彩香さん……胸触るよ?」
「そぉ? 触る?」
「っ——さ、触らないけどっ! やっぱり彩香さんの気分じゃんか!」
私は柚の顔を何秒か見つめて頭を布団の中に引っ込ませた。
そして無言で柚の胸元に顔を埋め、大きく深呼吸した。
脳内の理性という名の仮面をかぶった羞恥な私は思う。
ハシタナイことをしていると自分をいさめようとする私は思う。
これは私のせいじゃない。こんなに頭を狂わせる柚の匂いが悪いのだ、と。だから、これは仕方がないことなんだと。
私の意志じゃない。私は間違ってない。それに——ちょっとぐらいなら、別に悪いことじゃないんだと。
今、柚の匂いを嗅いでいるのは必要なことなんだと。
今、柚をからかうことは本望ではない。幸せを柚と共有して、濃密な時を一緒に過ごしたい。
幸せな匂いに囲まれて、私は宣言通り眠ることにした。
PS:前回の話は閑話です。つまり、本編には一切関係がありません。
彩香さんの挿絵が完成しました。下絵を作るサイトが消えてしまったので、画風が違いますが、温かい目でみてくださると幸いです。(ちなみに、今回の方が理想像に近いです)
URL:https://d.kuku.lu/53433c3ae4
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