第52話 放課後デートしたい美少女は、僕とトンカツを頬張りたい
「ふんふふんふふ~ん♪」
「これから直接行くって言ってもさ、夕食時まで結構時間あるよ? どうするの?」
スマホの時計を確認すると、時刻はまだ5時半だった。
首を傾げつつ聞くと、彩香さんは上機嫌な鼻歌をやめ、僕と同じように首を傾げる。
「なんで夕食だけ?」
「え?」
「夕食まで遊びたい、って私は思ってる。俗に言う、放課後デートかな。ね、だめ?」
そんな顔でねだられて断れるとでも?
ココロの中で質問に質問で返すと、彩香さんは嬉しそうにはにかんで歩調を速めた。
追いつこうと僕も歩調を速めると、更に速め更に速め——ついには走り出す。よく分からないけど追いかけて僕も走ると、彩香さんが急に立ち止まった。
追い抜いてからそれに気付いて急ブレーキを掛け、後ろに大股で五歩下がって、彩香さんと並ぶ。
苦しくなった肺を押さえて聞く。
「いきなり、どうしたの? 疲れるんだけど」
「それは私もなんだけど。まぁ、柚と遊ぶ時間、いっぱい欲しくて走った、けど、歩きながらお喋りした方が、有意義だと、思って止まった——だけ」
妙な位置で言葉を区切り区切り、彩香さんが小さな声で言う。
そんな彼女が可愛すぎて思わず抱きしめそうになった腕を、寸前で引き戻した。
その後一瞬だけ見せた不満げな表情には気付かないフリをする。気付いたら、ところ構わず抱きしめるようになりそうだったから。
「別に私はそれでもいいけど……」
耳を塞いで聞こえないフリをすると、足をズカッと蹴り上げられた。
まだ、それをするには僕のココロが追いついていない。
*
「うぁぁぁ負けた!」
「ふふん、もうずっと彩香さんとやってるからね。ようやく追いついたよ」
渋谷、とあるアミューズメントパークのダーツの階。
初勝利、とは感慨深いものがある。
意外と、本気で悔しがって唇を噛んでいる彩香さんを煽る気にはならなかった。無言でもう一枚硬貨を入れて、ゲームを続行する。
いいよね? とココロの中で聞くと彩香さんはこくりと頷いた。
「それにしても、遊ぶってダーツで良かったの?」
「柚は別のが?」
「いや、遠慮してるのかな? って思っただけ」
聞きながら一投目。ダートは吸い込まれるように20点のトリプルリングの少し上のシングル20に刺さった。二投目を構えながら狙いを微調整する。
「んん、ゆっくりできるからこれがいい。ね、前みたいにダーツのやりかた、教えてあげよっか?」
「前?」
「ん、初めてダーツした時のこと」
言われて思い出して、顔が真っ赤になった。
もう一年ほど前のことなのに、服越しに感じた彩香さんのラインや感触が生々しく蘇ってくる。
二投目は大外れで、アウトボードに突き刺さった。
彩香さんが視界の端でいたずらっぽく笑う。どうやら僕を動揺させる作戦のようだとわかったので三投目を構えつつ反撃を繰り出す。
「あぁね。でもさっきのゲームは僕が勝ったんだし、教えるとしたら僕でしょ」
「そうだね、じゃあ教えてくれる? 私が教えた時みたいに」
「え!?」
驚いて振り向くと同時に、指からすっぽ抜けたダートは大外れで後ろの黒い壁に突き刺さった。
それを見て彩香さんがニヤァっと口角を上げる。
「へへ、嘘。柚は馬鹿だなぁ〜」
「なっ、ハメやがったな!」
彩香さんはこくりと頷いて、テーブルの上のダートをつかむ。
仕方なくダートを回収しにボードへ歩くと、背後から何か呟く声が聞こえたけれど、周りの雑音にかき消されて聞き取れなかった。
*
「柚のバーカ」
「……食事早々そういうこと言う?」
「もちろん言う」
ふふん、と彩香さんは勝ち気に鼻を鳴らして、僕のより先にサーブされた牛タン定食を頬張る。
幸せそうに頬を緩める姿は天使も顔負けだ。
まぁ確かにバカ呼ばわりされることはした。
ドリンクバーを頼んで、全種類ドリンクを混ぜたのだ。そして究極にまずくてだいぶ精神的ダメージを負ったところだった。
子供の心をいつまでも忘れない。それが僕のいいところだ。
ちなみに材料はコーラ、メロン、オレンジ、カルピス、レモンの輪切り、スティックシュガー、醤油etc,etc,etc...
是非ともお勧めしない。
「逆に言えば何度同じ失敗をしても学ばないバカってこと」
僕のココロを読んだ彩香さんが、やや説明口調で言った。
返す言葉もないので、黙って冷や水で、まだ舌に残る激マズドリンクを流す。喉を通る最後の瞬間までマズかった。
そうしてるうちに僕の頼んだトンカツ定食が運ばれてくる。
店員さんはなぜか僕のコップを見て苦笑いしつつ、レシートを置いていく。
何で苦笑いしたんだろ? と目だけで彩香さんに聞くと、彩香さんもまた目だけで、激マズドリンクの残るコップを指した。
うぅ……そのマズさで僕を苦しめるばかりか、存在するだけで僕を笑いのタネにするだなんて……。
テーブルの隅の激マズドリンクを睨む。
ちなみに色は、濁ったコーラの色をしていた。
「自業自得。ね、早く食べて。私も味知りたい」
落ち着きを払った声でツッコミを一つ、彩香さんは一転して明るい声で興味津々に僕のトンカツを見る。
豚バラをミルフィーユ状に重ねて揚げることで、外はサクサク中はふわふわ、どこを食べてもちゃんと脂が一緒に口に入ってくる――との売り文句に誘われたのは彩香さんである。
そう、彩香さんである。
しかしカロリーを気にしたのか、結局牛タン定食にした彼女。
そして僕に提案を持ちかけてきたのだった。
「じゃあ味覚共有するから手、出して?」
超能力、味覚共有。
文字通りなので説明は不要だろう。
トンカツに塩を振りつつ彩香さんに左手を差し出す。食材そのものを味わうなら塩が一番だ。――そう熱弁したのも彩香さんである。
彩香さんは僕の手を右手でつかんで、そのまま指を絡めてくる。久しぶりの、細い指の感触にどきっとした。
そこまでするのかと目を見開くと、彩香さんはニコニコ顔を消して、目の下を赤くして目をそらした。
そして言い訳するように小さく言う。
「接触面積は大きい方がいい、から」
「そ、そっか……。じゃあいただきます」
同時、奇妙な感覚に襲われる。まるで誰かの体にお邪魔したような感覚だ。舌が二枚あるようにも感じる。
ほのかに舌の上で牛タンの味を感じた。気にしないようにしてトンカツをかじる。すると向かいの彩香さんは幸せそうに頬を緩めて、口の中に何もないくせに顎を動かす。
当然、実際には彼女の口にトンカツはないので、勢い余って歯をなんども噛み合わせているが——
と、そんな想像をしながら何口か咀嚼する。咀嚼していて——気づいた。気付かないのは、ちょっと無理があった。
……ちょっと無理があった。彼女の口の中を気にしないようにする、なんて意思決定には無理があった。
だってこれ、今――
彩香さんと口腔内の共有をしてるってまるで、たとえそれが感覚だけだったとしても……え、エロすぎる。
ブレた舌の感覚の中で、滑り気のある液体を感じた。僕の方はトンカツの衣が吸収していくので、間違いなく彩香さんの唾液なわけで――
なまじっかディープキスとかよりもエロいかも……。
ココロを読まれていたのだろう。彩香さんの顔が赤く染まっていた。
「ばかっ、この変態っ」
「っ――ごめん……」
睨まれてチクリと心臓が痛む。
トンカツを飲み込んで口の中を手で隠しつつ謝る。
でも彩香さんの赤い顔を見る限り、そこまで嫌がってもないのだろう。
でも、味覚共有の時の独特な感覚は消えていた。
「……柚が変なこと考えると私も考える。これ、味覚共有で共有されるの、案外味覚だけでもないから……」
「それって思考も、ってこと?」
「味覚に絞ったからかなり少ないけど。ん、そう。思考とか聴覚とかもそう」
「えと……。ごめん……」
「……その逆も然り、で。今回はそういうことだから謝らなくていい」
謝ると、彩香さんはバツが悪そうに首をすくめて目を逸らした。首をかしげて聞いても、彼女はなんでもないとかぶりを降る。
まぁ、彩香さんがエロいこと考えてたせいで僕まで考えるようになった——なんてこともありえたわけか。
今回は僕が悪かったんだろうけど。
「……柚ってやっぱバカ」
「え、なんで?」
「さぁ、どうしてでしょう?」
彩香さんは肩をすくめて、今更ながら繋いだ手をそっと解いた。そこで僕は彩香さんの手の感触を思い出す。小さくて白くてひんやりしてて……あとスベスベだったな。
感想をこぼしつつ、水でトンカツの破片を流し込んだ。
「柚っ……」
「なに?」
「……ん」
今度、彩香さんに差し出されたのは左手。そして彼女の右手には箸があり、その箸に拾われた牛タンは恥ずかしげに震えていた。
僕は迷わず、その左手を握った。
2度目の彩香さんの口のなかは、えろかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます