第30話 お墓予約済み美少女は、僕との写真をリベンジする
「うぉぉぉ! 試験返却だぁぁぁ!」
試験休みが明け、終業式。
これからホントの夏休みが始まる。
叫んでるのは当然僕――じゃない。僕は静かに座って4拍のリズムを刻んでいるだけだ。
その後ろで彩香さんが3拍のリズムを刻んでいる。負けないよう、だけど自分のリズムは崩さないように気をつけながら少し大きめの音で4拍リズムを刻む。
負けじと彩香さんが3拍リズムを大きく刻んだ。途中から僕の椅子のパイプの部分で拍を刻み出す。振動に負けないようにココロの中で大きく拍を念じた。
冷戦。ソ連とアメリカの1950年頃の重火器の用いない戦争。
まさにソレだった。ソ連だけにソレ、だ。
「くっだらな」
「暴言にいつものオブラートがないのはなぜに?」
「……」
彩香さんが黙ったのを見逃さず、リズムを刻みながらココロの中で煽ってみる。
もしかして僕のリズムに押されてて余裕がないんですかぁ?
すると、彩香さんの叩くリズムが一瞬で切り替わった。
3拍からトリッキーな2,2,3の計7拍へ……あっという間に僕のリズムが乱されて、敗北の宣言のために机に突っ伏して両手を挙げる。
ちなみにこの勝負に意味はない。リズムを刻んでいたら彩香さんが対抗してきただけだ。
意外とかまってちゃんな彩香さんがちょと愛らしく思える。
彩香さんは軽くスキップするようなリズムで僕の背中を鍵盤に指を立てる。星条旗よ永遠なれを上機嫌で鼻歌で口ずさみながら、だ。
「私に勝てるとでも思った?」
「僕は太平洋戦争時の日本軍だからね」
「つまりバカで往生際が悪くって自分の戦力把握も出来ないゴミってこと?」
「霊に殺されるよ? まぁそういう意味で言ったけどさ」
「じゃあ私は柚と一緒に死ねるね」
「さぁ? 彩香さんは超能力で逃げられそうだけど?」
そう突っ込むと、彩香さんの指が乱暴になった。そんなことしない、という意味だろう。無言で怒られたので、無言で謝る。つまり、ココロの中にごめんと零した。
許す、と念話で返ってきた。
……何を僕は謝罪しているんだ?
その瞬後、甘ったるい彩香さんの声が耳を包んだ。
「柚、死ぬときは一緒のお墓、入ろうね♡」
「……死なせるもんか」
なにかカッコいいことを言い返そうとしたらそんな言葉が口から出た。言ってから、自分が何を言ったのか理解するまでに数秒かかる。
彩香さんは無反応だった。沈黙が苦しくなって彩香さんを振り返ろうとする――と、短く一言。
「こっち見ないでッ!」
「な、なんで……?」
「そっ、それは……い、今ぜったい顔赤いから……へ、ヘンに勘違いされても困るし……」
勘違いってどんな勘違いをするんだ?
首をかしげつつ、仕方ないので前に向き直った。
その瞬間――
*
私はイチャついてる二人を見ていた。
柚木が黒板の方に向き直る、その瞬間――
「柚……」
彩香ちゃんが机に飛び乗って膝を乗せ、柚木の背中にしなだれかかった。柚木の首に腕を絡ませて、密着する。
こんな真夏の朝の教室でッ!? と、叫ぶ間もない。
私含め、私の周りのオブザーバーが色めきだった。
ちなみに、オブザーバーとは私が設立した『二人の世界を見守る会』の会員のことだ。
会員はクラス外の生徒や教師を含めて軽く30人をオーバーしている。
「柚……私も柚のこと守ってあげる……」
彩香ちゃんが顔を真っ赤にして柚木を後ろから軽く抱きしめた。たちまち、柚木の耳が真っ赤になる。
彩香ちゃんは柚木の髪の中に顔を埋めた。
「てぇてぇ……」
「あぁ……きよい……柚木クン照れてる……」
「彩香様……とうとい」
「てぇてぇね」
「てぇてぇだな」
会員が静かにそう漏らした。
てぇてぇとは尊いの意味だ。言いやすいので自然とそう言うようになった。まぁ俗語だ。
彩香ちゃんが恥ずかしそうに柚木から離れて席に座る。
ヘアピンで前髪を整え直した彩香ちゃんは、スカートの皺を伸ばしてもじもじとしていた。
てぇてぇ、と私含めた全てのオブザーバーが呟いた。
*
「柚? どうだった?」
渡された通知表にくまなく目を通す。
期末試験の数学分野は三角関数と数列、つまり図形問題と整数問題だ。物理も力学、しかも力の釣り合い的なもの。
自信はあった。
「……」
「柚?」
あったからこそ……声が出ない。嬉しすぎて。
「理系40位……」
ちなみに一学年240人。
英語が120位だったけれど、数学が4位、物理が17位だったおかげで一躍理系は国立大が射程距離に入った。
嬉しい、嬉しすぎて、声がかすれる。
これで、彩香さんと同じ国立大にいける……!
中間試験の結果を見せ合ったとき、彩香さんとは狙える大学ランクが桁違いだったのを覚えている。
だから、得意分野だったからとはいえ彩香さんと並べたことが嬉しかった。
「あの~柚?」
「な、なに? これみてっ、40位っ、40位っ! や、やった!」
「その他の教科が160位周辺なのは? 気にしないの?」
「っ――ま、まぁね……」
5科総合、140位。でかでかと書かれた文字は見ないことにする。通知表のコメントのところに目を逃がした。
彩香さんが後ろから僕の通知表を覗き込んできて、そのコメントを読み上げる。
いつものごとく漂ってきた彩香さんの匂いにドキりとした。
「総評:これが得意分野による順位ではないことを切にねがいます。てぇてぇ。……てぇてぇ、ってなに?」
「僕もわかんない……ってか、この総評めっちゃ失礼じゃない!?」
「なんで? 的を射た総評で素晴らしいと思うけど?」
何も言い返せなくなって、僕は通知表をリュックサックに突っ込んだ。そして彩香さんを振り返り、彩香さんの手にある通知表に手を伸ばす。
素早く彩香さんは体をのけぞらせ、通知表を逃がした。
それを追いかけて彩香さんの机の上に膝を突き、手を伸ばす。
瞬間、脳内に2ヶ月前ぐらいの記憶がフラッシュバックする。
デジャヴ。
「うわぁぁぁっ……と——!」
バランスを崩した僕は彩香さんの肩に手を突き、体を支えた。
背中を彩香さんに押され、腕の力が抜けて彩香さんにしなだれかかってしまう。
彩香さんの髪の毛の匂いが強烈で、心臓は一瞬にして大きな音を出し始めた。
「はい、確保♪」
彩香さんが嬉しそうにそう言う。そして大きく深呼吸した。
その後、無駄に間隔の狭いシャッター音が鳴り響いた。連写機能はスマホに必要ない、とシャッター音に羞恥心を煽られながら悟った。
PS:てぇてぇ……。
ハート、お星様とレビュー! よろしくお願いします!
コメント返信は彩香が担当いたします。
【おまけ1】写真鑑賞する彩香
えへへ……ツーショット……今回は綺麗にとれた……。
彩香はベットに身を投げて、スマホを眺める。柚木の真っ赤になった耳を見ていると口角が自然と上がってしまう。
ふと背景に目をやると、なぜかクラスメイトの大半がカメラの方に目を向けていた。そして、目を輝かせていた。
口をぽかんと開いている咲ちゃんが、てぇてぇ、と言ってるように見えた。
【おまけ2】通知表を見る柚木の後ろで悶える彩香
お、同じ大学狙ってくれるって……!……て、照れる……。
わ、私のことが好き……なのかな? 恋愛的に好きって思ってくれてるのかな?
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