第8話 記憶をくれる美少女が、僕にくっついて離れない




「ダーツ、やる?」


 彩香さんは僕のジャンパーを羽織ったまま、アミューズメントパークの館内マップを指差した。

 粋ってる? とココロの中で聞くと、キッと強く睨まれた。

 どうやら違うらしい。純粋にやりたいのならいいか、僕もやってみたいし。

 やってきた無人のエレベーターに乗り込み、ダーツの受付の階を押す。エレベーターの中は僕ら二人だけだった。


 沈黙が広がる中、彩香さんがぽつりと呟いた。


「柚、今日の私ちょっと変かも」

「そう? だとしても学校じゃないからじゃない?」

「んん、最近柚に会えなかったから、気が急いてるのかも」


 言いつつ、僕を見上げてニコッと天使が笑う。

 僕に会えなかったから、気が急く? それって……。


「そう。柚と離れてて辛かった」

「っ……て、照れるなぁ。そんなストレートに言わないでよ」

「柚、だから今日は、その埋め合わせがしたい」


 埋め合わせ? と首をかしげると、彩香さんが体を寄せてくる。そして彩香さんが背伸びをして――その瞬間、エレベーターのドアが開いた。


 わ〜お、タイミング最悪。なんて、キスするのか!? と驚いた心を落ち着かせるために無声音で呟いた時、彩香さんはむすっとしていて、少し怒った雰囲気を出してエレベーターを出た。続いて僕も出る。

 すると突然彩香さんに手を掴まれ、階段の方へ連れていかれる。受付の人とバッチリ目が合ってしまった。

 彩香さんは階段を降りた先の踊り場の角に僕を追いやり、僕の前に立った。


「ど、どうしたの……?」

「じっとしてて」


 そう言って、彩香さんは僕の肩に手を乗せ、背伸びをする。

 え!? やっぱキスですか!? 心の準備が……!

 そのまま彩香さんの顔が急接近してきて……思わず目をつむった。


 唇の感触を想像して待ち構えていると、そっと前髪を書き上げられる。そして、こつん、と額に何かが触れた。

 頬に彩香さんの髪の毛が当たってくすぐったかった。

 額に当たっているのが、彩香さんのおでこだとわかる。


 い、いきなりなんですか!? キスじゃないの!?


 そう思った矢先に、頭に何かが流れ込んでくる。一瞬体が逃げかけたが、彩香さんが僕の肩を強くつかみ、それを許さなかった。

 流れ込んできたのは記憶のようなものだった。ビーチだったり夜景だったり……。


 頭に記憶が流れ込んでくるのに慣れて、目をゆっくり開けると——焦点が合わないほど近くに彩香さんの顔があった。

 目をつむった彩香さんは、とても綺麗で……キスをした方がいいのかとすら思った。


 同時、階下からカツカツと足音が聞こえてくる。足音はどんどん大きくなって――近づいてきてる!?


「あ、彩香さん。ひ、人っ、人が……」

「いい」

「でもかんちが……」

「別にされたっていい。それとも柚はイヤ?」


 言いつつ、目を開いた彩香さん。少しだけおでこが離れて、彩香さんと目が合うようになる。その目に吸い込まれるように、魅入った。

 彩香さんの目は潤んでいた。涙ではなく、どちらかというとエロい方の目の潤み。頬は上気していてかなり赤い。


 イヤじゃない、とココロの中で呟くのが精一杯だった。

 そうすると、再び彩香さんの顔が迫って……額がふれあった。

 頭の中に再び、情報が流れ込んでくる。流れてくる情報の速度はゆっくりだった。


「うわ、あそこのカップルヤバ」

「イチャついてるな」

「ちょっとサイアク。早く行こうぜ」


 そんな声が聞こえて、彩香さんの真後ろを高校生ぐらいの三人が通り過ぎていく。恥ずかしさで頭がいっぱいになった。

 ちょっと、ってなんだよ。『最悪』なのに『ちょっと』なのかよ、とのツッコミが思考の水面に浮かぶ様子はなかった。

 ずっと、額をくっつけたまま時間が過ぎて——体感では一時間、実際は2分ぐらい経って、彩香さんのおでこが離れた。

 でも僕の肩から手を離そうとはしない。どころか、彩香さんは僕の肩に体重をかけて、僕の胸元に頭を落とした。

 心臓の高鳴りは、止みそうにない。


「私の記憶。ハワイ旅行、してきたから。行かないと思ったら行くことになってて……。柚、ハワイ旅行したかった、でしょ?」


 彩香さんはもじもじとして、やけに言葉を区切って言った。僕は頷いて、肯定するほかなかった。

 彩香さんは僕から離れず、言い訳をするように続ける。


「記憶あげるの、疲れるから……もう少しだけこのままいさせて……」

「み、水買ってこようか?」

「いい……ここにいて」


 濡れた瞳が僕を見上げる。無言で頷くと、嬉しそうにはにかんで、再び僕に体を預けてきた。

 どうしようもなくて……悩んだ結果、もらった記憶を再生することにした。

 お風呂シーンとか着替えシーンとかの記憶は無いのかな、と探してみるけど、しっかりそういうのはカットされていた。


「えっち」

「っ——ご、ごめん」


 ココロを読んでいたのか、彩香さんが突然に言う。

 そしてようやく彩香さんが僕から離れて、早口に言った。


「き、記憶はまたあとで見て。もう大丈夫だから早く行こ」

「あ、うん……」


 ドキドキしながら返事をすると、彩香さんはそそくさと階段を上がっていく。その背中に、言葉を投げた。


「彩香さん、ありがと」


 彩香さんの耳が一瞬で真っ赤に染まった。



 *



 一巡目から高得点を決めた彩香さんに聞く。


「彩香さん、ダーツの経験者?」

「そう。じゃないとやりたいなんて言わない」

「なんだ。ダーツとか言い出すから粋がってるのかと思った。てか超能力とか使ってないよね? 念力みたいな」

「怒るよ?」


 ジト目で睨まれたので、首をすくめて適当に謝っておいた。

 多分、イキリ云々の方ではなく、娯楽に超能力は使わないという意味で怒ったのだろう。

 ココロを読んだのか、彩香さんは頷いた。


 と、言うことで彩香さんは経験者らしいが、僕は完全な初心者だ。

 箱に入れられたダートを掴んでラインに立ち、見よう見まねでダートを投げてみる……けど、ダートはダーツボードの奥の壁に当たって、落ちた。

 うむむ……意外と難しい。


 二本目のダートを掴んで構えると、それまで黙って見ていた彩香さんが僕の手を取りながら言った。


「柚、投げ方が違う」


 彩香さんの小さい手に僕の手が包まれる。どきりと心臓が跳ねた。恥ずかしさで滲み出てきた手汗をズボンで拭い、ダートに手を添え直す。

 すると、彩香さんが僕の指を一本一本触ってダートをつまませてくれた。


 彩香さんは教えてくれてるだけなのに……ドキドキしたら失礼だよね。くっ、でもいい匂いがっ……。


「変態」

「う、うるさい。これだけ近いんだから……」

「――このまま動かないで」


 言い訳すると、ようやく僕のスタンドが良くなったのか、彩香さんに解放される。

 ほっとココロでため息をつくと、次の瞬間。


「あ、あの……?」

「動かないで」


 せなかに、ぽすんと彩香さんの体を感じた。おなかの方に腕が回され、そのまま抱きしめられる。

 これって何!? 何されてるの!?


 心臓が再びバクバクと跳ね出した。せなか全体で彩香さんを感じる。背筋に、彩香さんの吐息を感じる。


「ふぅ、柚。今のは体の向きの調節だから」


 彩香さんはそう言いつつ、僕をホールドした腕を解く。

 ……なわけないでしょ、というツッコミは喉の奥に封じ込めた。


 今度は、彩香さんと僕の体がピタリと密着する。

 手も、腕も、肘も、背中も、足も、全身が彩香さんとくっついていた。ダートをつまんだ指を、その上から彩香さんのしなやかな指でつままれる。


「この光景と体の形、力加減を覚えて。3,2,1で投げるから」

「う、うん……」

「3,2,1――」


 彩香さんの指が離れたのに合わせてダートを放つ。と、緩やかな軌道を描いたダートはブルスアイ50点円の外側の25点環に刺さった。


「理解した?」

「……それとなく」


 全然それとなくじゃないよ。ドキドキしすぎてなにも理解できてないよ……。

 ココロの中でそうぼやくと、そのココロを読まれていたのか、三投目も彩香さんの補助がつくことになり……集中なんてできたものじゃなかった。






 途中、本能的に柚のことを求めてしまい、抱きついてしまったのは誤算だった。

 でも、密着出来たのでそれもまたよし。







Ps:土産物屋で無駄に買ってしまったハワイと全く関係ない剣のキーホルダーを振り回す彩香。


「あーっ! 柚へのお土産がこれだなんて! しかも貴重なお小遣いで! なんで私ってばこんなにバカなの!?」

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