第4話 時を超えて
病院の中の、個室に戻る。
廊下では話もできないからね。みんなで移動だ。
周りの迷惑にならないよう声は抑えるけど、でも良いことのあった集団ってのは、一目瞭然だったろうな。
「僕が美桜に初めて会った時の話、したことがあったかな?」
そう、
嬉しさのあまり落ち着かず、誰もが落ち着いて座ってなんかいられない。
赤ん坊も、一通り全員が抱いたあとで再び美岬の胸の中。
そんな中でその声は響いた。
「いえ、大雑把には聞いていますけれど、詳しくは……」
そう俺は答える。
「実は、僕も、今日は運命を感じていてね。
当時、美桜の家には、太一という犬が飼われていた。
美桜はその犬の散歩の帰り道で、僕は朝倉家を探していて、偶然路上で会った。
その太一が美桜の手から逃げ出して、僕の方に走ってきたんだ。
そして、僕を見ると、僕を振り返り振り返り、美桜のところに戻っていった。
遊びたくて逃げ出したはずなのに、不満そうでもなく、また僕を怖がっているわけでもなく、だ」
「あのときのこと、私もよく覚えている。
そうね、太一は大人しく戻ってきたわね」
「そうなんだよ。
僕は、そこにちょっとした運命を感じていた。
で、だ。
今日は、その太一の命日なんだよ」
「言われてみれば、そうね、今日はその日だったわね」
その日って……。
女子高生時代の
中型犬の太一も、その頭蓋と身体で複数の銃弾を受け止め、首から上は残らなかったと聞く。
「太一が僕を美桜のところに案内し、さらに僕と美桜の命も救った。
結果として、あの犬がいなかったら……」
「ええ、それは考える。
私たちはいない」
つまり、美岬もいないということになる。
俺は黙って話を聞いている。
話の行き先は予想できるけれど。
「その太一が、善行を認められて、やさしい良い資質のまま人として産まれてきたら……」
「そうね、応報というものがあるのであれば、自ら悪いことでもしない限り、撃たれて死ぬようなことはもうないと信じたいわね」
そう言って頷き合う。
そして、
「前世が犬かもなんて言い出して、真君を不快な気持ちにさせてしまったかもしれない。でもね、僕たち夫婦にとって太一は、あまりに特別な存在なんだ。
産まれた来たこの子を貶めるつもりはないし、むしろ気持ちとしては逆だということを解って欲しい」
「言われなくても解りますよ。
大丈夫、そんなことは思いません。
因果なんて言葉、非科学的だし、仕事にも有害な考え方だと思っています。
でも、そうとしか捉えられないことも、たくさん経験しています。
もしも、この子がそうだとしたら、幸せになってもらわないと。
そして、それはそのまま俺たち家族の幸せに繋がりますよ」
俺、そう答えていた。
そのまま会話は途絶えた。
ただ、部屋の中でゆっくりと時が流れていく。
俺は考えていた。
誰かを守りたい。
それが美岬の動機だった。高校1年の時に聞いた言葉だ。
「私に害意を持っている人であっても、守る、守れるのよ」
そう話した十六歳の美岬の顔を、俺は忘れていない。
いや、忘れられない。
俺にも同じく、その思いがある。
慧思だって、
関係者という意味では、飼い犬ですらその意志を持っていたということだ。
俺だって、話に聞くその場にいたら、そして美岬を守るだめだったら、自らの身体で弾丸を止めようとしていただろうな。
今産まれたこの子は、男の子だ。
つまり、すでに明眼の呪縛を離れている。だから、将来どのような仕事に就き、どのように生きていくのかは判らない。
でも……、でもだ。
生きる目的に迷ったら、誰かを守るというその思いを。
明眼が十代続き、受け継いできたそのバトンを受け取って欲しい。
それは、どんな仕事に就き、どう生きようとも、それぞれの場で実現できるものであるはずだ。
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