第15話 事態の終結


 俺たち、貸別荘の中で、引き続き立てこもっている。

 俺たちからすることはないし、向こうもどうにも動けない膠着状況。

 ただ、二時間のタイムリミットだけが近づいてくる。二時間が過ぎたら、自暴自棄の12人が暴れだすだろう。なぜか、俺達に対してではなく、二時間以内に解毒剤が渡されるよう判断しなかった上層部に対してだ。


 人とは不条理より、不条理を正せなかったことの方に怒りを持つ。

 ストーカーを非難するより、ストーカーに対処してくれなかった警察の方に恨みを持つようなものだ。ここでも、それと同じ構図が生まれるだろう。

 油断はせずに、高みの見物を決め込むことにしよう。


 一時間経過。

 複数の、そして強烈な、人の肉を打つ音がした。

 ああ、始まったなぁ。内輪もめ。

 組織の体が、上下関係ではなかったからね。

 全員が自覚を持ち、作戦にも積極的に参加する組織といえば聞こえはいい。

 でも、訓練まで含めて自主性を尊重し、現場の作戦指揮にいたるまで個を尊重する組織に戦いはできないよ。攻めることはできても、守ることができないからだ。

 そもそも、こういう結果を予測して、こっちは手を打ったんだ。


 坪内佐は、俺たちならば死なないと思って囮にした。

 でも、囮だから、切り捨てる覚悟もしているはずだ。

 俺たちも、切り捨てられて死ぬ覚悟はしている。もっとも、それでも切り抜けられるだけの技術は持っているけどね。そのための血の小便が出るまでの訓練だ。

 戦いは、全員が死なない前提ではできない。被害担当を作る必要があるんだ。

 つまり、敵は身を隠すことと、陰謀には才と実績があっても、戦いに関してはアマチュアだ。

 その欠点が、今、露呈している。



 弱々しい声。

 内輪もめの結果が出たのだろう。

 「薬をくれ。

 ここから移動するに当たっての、身の安全は保証する。

 そもそも、そこにいる女の一人は、なにがあっても無事に連れて帰れと言われていた。

 約束する。頼む……」

 やはり、美鈴は利用する気だったな。


 「信用できない。

 ここが包囲されていなかったら、まだ信用できた。

 周囲は敵ばかりだ。

 薬を渡したら、即、殺されてしまう」

 慧思が答える。

 「タイムリミットを越えて、俺たちの死が確実になったら、俺たちもお前を襲う。毒で死のうが、撃たれて死のうが同じだ。お前たちほどの練度はなくとも、戦う」

 ああ、そういう結論になったか。ま、説得力を持たない論理だな。



 「薬を渡すこと自体は、やぶさかではない。

 ただ、そのあとの安全の保証は、どうしてくれるんだ?

 その絶対的な保障がなければ、こちらとしては共倒れできる人数の多い、今の方がはるかにマシなんだよ」

 慧思がボールを投げ返す。

 「俺たちの数人を再度人質に取れ。

 銃撃されたら俺たちを殺すがいい。

 今から、人質になりに行く」

 ……しおらしいなぁ。信用はしないけど。


 「断る。

 薬は諦めろ」

 「な、なぜだ?」

 「必要ないからだよ。

 後ろを見ろ」


 声の主以外の襲撃側は全員手を上げ、降伏の意を顕していた。

 その後ろには、俺たちの仲間の面々が、八九式を突きつけている。

 

 そろそろ、増援部隊が到着する頃と思っていた

 人を動かせば、その糸はたどりやすい。40人も動かせば、民間の調査機関だって動きを突き止められる。

 大元の人間も突き止められるかもだし、当然のようにここに集中した戦力の一網打尽も考えられるはずだ。


 敵は、島の人々を偽の防災無線情報で一か所に集めて、その間に俺たちを襲おうと考えた。

 たぶん、その隙に「つはものとねり」の面々は、島の反対側から上陸したのだろう。下手な手は、自滅を呼ぶっていうことの証明だな。



 − − − − − − − −


 小田佐の顔が見える。

 自らがお出ましかよ。

 だいたい佐ともなれば、現場には出ないもんだけどな。

 いくら現役と同じ働きができても、だ。


 「よくやった。

 ここまで得体が知れない相手は初めてだったが、よく切り抜けた」

 「は、ありがとうございます」

 「災難だったが、坪内佐の最後の仕事に、花道を飾れた。

 この事件を機に引退するそうだ」


 そうか、勝ち逃げするのか。

 らしいけど……。

 ……淋しくなるなぁ。

 引き止めるなんてできないけど、一度くらいは、仕事がらみでなく話してみたかったよ。



 「双海、菊池。

 言っておくことがある。

 今回の件により、君たちは少尉になる。

 特に、一人も殺さなかったことが大きい。彼奴等の身元を知ったら、青くなるぞ。だが、先々まで、貸しを作れた」

 ああ、やっぱり。

 予想は正しかったんだな。


 「では、解毒剤と称して、塩の錠剤でも飲ませておいていただけませんか。

 詐術ではなく、本当に死にかけたという記憶の方があとあとまで利用できます」

 「そういう牽制だったのか。

 彼らには酷だったな。解った、すぐに対処しよう」

 きっと、連中、安堵のあまりに泣きながらプラセボ(偽薬)を飲むに違いない。


 「最後にだが、海上保安庁の船を出してもらっている。全員を連行するのに、他に手がないからな。それで一緒に帰るか?

 帰らないなら、任務達成後の特別休暇にするが……」

 「特別休暇でお願いします。

 それから、この貸別荘のオーナーに話をつけていただきたいのですが。

 窓と引き戸に大きな損傷ができてしまいました。修理費も必要でしょうし」

 「そこは、丸くまとめておいてやる。

 じゃあ、羽根を伸ばしてから戻ってこい」

 「はっ」

 「姫、美鈴メイリン、協力に感謝する。

 また、巻き込んで申し訳なかった。

 以降、このようなことがないように、しっかり手を打つ」

 「よろしくお願いいたします」

 まぁ、どちらも、それしか言いようはないよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る