第14話 人質開放


 「さっき、あの連中、自分から首伸ばして飯を食っていたな。

 そろそろだろう?」

 慧思が聞く。

 「ああ、もう大丈夫だろう。

 敵が来るのを待とう」

 そう言って、慧思との話を終える。


 部屋に戻ると、12人の人質が半ば諦めたような眼差しでこちらを見る。

 これも飯の効果だ。

 食わない方が心が折れない。こちらに対する怒りも持続する。人は、空腹過ぎても、日常的に満腹でも怒りを持続させられないし、ましてその餌を手ずから与えられていると、どうしても折れる部分ができてくる。

 まして、それが旨いか不味いかで、心の中の合理化が真逆になってしまう。


 つまり、「頭に銃を突きつけられたから食べた」「捕虜になっても体力を維持しようとした」という言い訳が、不味ければ不味いほど簡単にできる。

 不快=忍耐で、耐えるという目的意識が強化されるからね。

 でも、快=忍耐にはなりえないから、耐えるという目的意識が強化しにくい。

 不味いと言えない状態だと、いつの間にか食うという目的のための言い訳になるんだよ。食うために生きる、に堕すんだ。

 それほど、人間の食べたいという欲は強い。

 俺たちは、それに乗ずる。


 「さて、漏らされる前にトイレに入ってもらおう。

 それから、飯をもう一回、食わせてやる。

 俺たちは移動するが、飢えて糞尿にまみれて死ぬ前に、誰かが発見してくれるよう祈るんだな」

 そう宣言する。たぶん、美岬も美鈴メイリン驚いたと思うけど、顔には出さないでくれた。


 これも、もう一つの手だ。

 進んで飯を食ってもらいたいのと、最後の抵抗を封じるためだ。

 銃での脅しがなくなれば、なんとか逃げられる。そう考えるはずだ。

 つまり、「監視者がいる間は、大人しくしておこう」って気になるんだよ。

 そして、室内の状況を聞いている外の監視者からしたら、襲撃を急がねばならないということになる。

 この辺りのすべてが落とし穴だ。


 水を飲ませ、アオダイを団子にしたのを入れたお粥を食べさせる。

 米が尽きたからだ。

 そしてもう1つ、理由がある。



 やはり、好評だな、お粥。

 過ごしてきた食文化が判る。

 日常的に食っているものなら、余計に旨かろうよ。

 好きほど食うがいい。




 飯もトイレも済まさせて、再拘束もした。

 これであとは待ちだ。

 小道具も準備済だ。

 待つのは辛いけど、襲撃までそうはかからないはずだ。


 

 「今まままま、〇〇海岸にてーにてーにてー」

 防災無線がなにかを言い出しているけど、ここだとエコーがかかりすぎてなにを言っているかよく判らない。

 ただ、一気にいろいろな音がし出した。

 いつになく車のエンジン音が激しく聞こえる。

 島中が騒然としている。

 ……来たな。



 先手を打つ。

 敵が、どんな手も取れないように。

 「俺たちは、このまま出発しようと思っていたが、どうやら君たちの仲間が襲ってくるようだ。

 仕方なく、予定を変更し、これから君たち全員を開放する。

 だが、最後に、聞いておかないと確実に死ぬ情報を与えよう。

 君たちは、このままだと明日死ぬ。

 さっきの粥は旨かったろう。全員が、自らがっついて食っていたな。

 魚も生臭くないよう、香辛料が入っていたな。

 その中に、余計なものを入れさせてもらった。

 気がついていたか?

 俺たちがお前たちに与える前に、唯一食べていなかったのが今回の食事なんだよ。

 ただし……」


 外から飛び込んでくるであろう、襲撃者への抑制を舌先のみで続ける。敵の指揮官に、命令を下すタイミングを与えないためだ。

 「解毒剤はある。

 どうしてこんなことをしたかと言えば、君たちに協力して欲しいからだ。

 どうだ、君たちの言い分とそっくりだろう?

 これから拘束を解く。

 これから襲ってくる相手を、丸腰の君たちの身体で止めて欲しい。そうしたら、解毒剤を与えよう。二時間以内に飲めば、なんの副作用もない。

 だが、君たちも、俺達に対して襲いかかってくるならば、この薬はトイレに流すなり、庭に投げるなりする。簡単にガラスの瓶は割れ、薬は失われるだろう。

 君たちの目的は判らないが、こちらが4人を喪失するに当たり、君たち12人を失わせたという事実は、俺たちにとって収支は合う。

 だが、肉体の壁でも説得でもいい。止めろ。

 全員で生きて帰る選択だって、今ならできる。

 そして、君たちの背中には、このソーコムの銃口があることを忘れるな」

 話しながら、一人目を拘束する糸を切り、建物の外へ追いやる。

 話し終わってから拘束を解くとなると、その一瞬を突かれるからだ。


 続いて、もう一人。

 怪我の状態の悪い者から開放してやる。敵の手を掛けさせるためだ。

 さらに一人。


 ありがたい。

 やはり、バカだ。

 出迎えてどうする。

 出迎えられる方も嬉しそうな顔しやがって。

 こっちの盗聴をしていたのが、もろにバレるだろうに、そんなことにも気が付かないのか。


 敵の陣容は、見えているだけで八人。

 ということは、倍はいるかも知れない。

 どこかの海岸で事故とかの防災無線を流し、島の人をそちらに集めてその間に襲撃する計画だったはずだ。

 それなのに、時間稼ぎの人質開放という俺たちの手に、まんまと乗ってしまっている。


 さらに一人を開放。

 一分に一人のペースで開放を続ける。

 全員を開放してからが勝負だ。

 九人目を開放した辺りで、また車のエンジン音がしだした。

 たぶん、島の人たちが、デマに怒り心頭で戻ってきているんだろう。

 俺たちの、安全、さらに増したかな。



 最後の一人。

 怯えきっている。最後の一人は開放されず、俺たちが逃げる際に連れていくと思っていたはずだ。

 ハズレだよ。

 さぁ、行け。

 そう、銃と薬の入った瓶を振ってみせる。

 もちろん、薬を盛ったのは嘘。

 解毒薬は水道水だ。


 だが……。

 連中は、これを無視できない。

 なぜなら、喜んで食っちまったからだ。

 旨いものを食った、これ自体が、俺たちの手に乗ったことになってしまう。「毒を食わせるために、必要以上に旨かったんだ」という疑念は拭えない。


 さらに、もう一つある。

 進んで毒を食っちまった、自分に対する混乱だ。

 後悔は俺たちよりも、自分の醜態に向く。「あのもう一口を食べなかったら、助かったかもしれない」という後悔は、あさましい自分への視線を外させ、解毒薬の入手に視線を限定させる。

 それでも、「ハッタリかもしれない」とは必ず考えるはずだ。

 その疑念も、皮肉なことに俺たちに対する信頼により否定される。

 あそこまでこまめに人質の面倒を見た連中の、毒の話だけが嘘とは思えないってことだ。

 まして、全員を解放した。これも、俺たちが毒薬の効き目に自信を持っていると、そう取ることになるだろう。


 これらが、さらなる混乱を呼ぶ。

 もはや、島の人達が〇〇海岸から戻りつつある。

 大きな音の出る強襲はできなくなった。

 これで、ただでさえ膠着状況なのに、開放された12人は、統一した反応なんか取れない。それぞれが命がかかっていると思って、敵陣の中で命がけで自分の取りたい行動を取る。

 敵は、それを抑えることすらできない。

 最後は、そのまま同士討ちしてくれたら助かるな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る