第4話 計画


 数日後、小田佐を通して、坪内佐の依頼が正式な形で届いた。

 そして、そこに個人情報はないものの、計画概要のすべてを俺は初めて知った。

 スカウトして採用する側の視点ってのも、初めて持ったよ。

 やはり特殊だよ、うちの組織。

 知っていたけど。


 想定外だったけど、対象は女性だった。

 別に女性であっても不思議はない。ただ、坪内佐の存在感がありすぎて、その像に思考が引っ張られていた。


 坪内佐の計画は、驚きの「荒さ」だった。間違っても「粗さ」ではない。

 坪内佐がこんな荒事師とは思わなかった。

 まぁ、必要があれば、武藤佐を超えて辛辣に何でもする人とは思っていたけどさ。


 計画の手順はこうだ。

 いきなりの拉致、監禁。

 そのための人員は、小田佐のブランチであるこちらから出す。

 そして、尋問形式の面接。

 で、俺と美岬が追い込むって。で、慧思が懐柔要員か。

 正直、「なんじゃこりゃ」って思ったよ。


 でも、それでも本音を聞くには至らない可能性が高い、だと?

 てかまぁ、実際のところ、坪内佐を拉致、監禁しても、それだけじゃ本音なんか出ないよね。さらに追い込まないと。そして、それでもどうかなって思うよ。

 で、同等だとしたら、それ以上のストレスを与えないと、ということになる。

 正直言って、気は進まないけどね。

 いっそ、相手がここまで優秀でなければよかったんだ。


 ただ、この行為の必然性はあるんだな。

 知らなかったんですけど……。

 帝国ホテ○って、俺、すごく良いイメージを持っている。

 そのイメージを作る人達って、ハードな圧迫面接を受けて入社している例があって、それは、どんなお客にでも対応できるかを見られているらしい。

 まぁ、そうだよなぁ。

 クレーマーにきちんと対応できてこその、良いイメージだ。

 それを俺たちの業界で考えると、相手はクレーマーじゃ済まない。


 俺や慧思は高校生の頃から、美岬に至っては小学生の頃から教育されているけど、普通にスカウトされて「とねり」になる人は、元自衛隊でもレンジャー以上の人でもないかぎり、対尋問行動をきっちり教育されてきてはいない。

 となれば、今回の反応から、そういう事態に耐えられる人材かも見極めなければならないってことだ。


 でも、いいのかな? そんな相手でも、相手はまだ組織外の素人さんだぞ。

 採用にならなかった場合のフォローは?

 ああ、そうですか、アメリカに追い払うんですね。

 本人に就職希望があって、いろいろそのための活動をしている、と。

 その中には、割りとハードな軍事に関わる分野もあると。

 ああ、なるほど、ここから坪内佐のスカウトの網にかかったわけか。

 ついでに、この作戦の方針決定の根拠なんだ。


 尋問後、うちの組織に対して適性がなかったら、そのアメリカの就職活動先からの合格が出る。そのための圧迫面接だったということになるわけだ。また、そういうことがあってもおかしくないところに、この女性自身もアプローチ掛けている。

 で、グレッグの組織とそういう人員を交換するプログラムも設定されていると。


 「なお」書きだけど、フランスともあるんだね、そのプログラム。そか、あそこは外人部隊があったな。

 スカウト対象になったということは、たとえこちらが採用しなかったにせよ良い人材であることは間違いない。その才を無駄にしない仕組みができているんだ。

 上手いこと考えたなぁ。


 まぁ、スカウトの危険性は、どの組織も一緒ってことだよね。

 俺と慧思が高校生の頃から拾われて、確保されていたって理由がよく解った。

 スカウトする側の視点から見ると、当時の俺達を、当時の武藤佐が手放したくない気持ちになったのがよく解る。特殊能力があり、尋問に耐えられて、背景が間違いなくクリーンだ。

 数千万円のコストは掛かっても、好きなように教育できる費用込みなんだから、これは本当に驚きの安さだわ。あの時は逆に、数千万円も掛かるんだから話自体が嘘かもと疑ったけどねぇ……。


 まあ、計画の妥当性は了承した。

 不条理に満ちているけど、不条理こそがこの世界だ。

 小田佐に、了解の意を伝えた。

 結局、拉致の実行者もこちらだから、いくら坪内佐の仕事でもこちらの方が主導権を握らざるをえない。セカンドプラン以降も含めて、幾重にも検討をしておかないとだ。

 特に今回、相手に怪我とかさせるわけにはいかないから、安全の確保も条件になる。たぶん昔、俺が拉致られた時よりも作戦難易度は高い。

 俺なんか、逃げたら撃っちゃえっていう拉致計画だったんだから。って、これ、すでに拉致じゃねーよ。

 よくも、ここに就職したもんだ、俺。



 計画に了承の意を伝え、細かいところで意見具申をする。

 半日で、それを含めた詳細な計画書が回されてきた。固有名詞も全て入っている。

 そのあとは、なんやかんやと細かい雑務的な準備をルーチンとしてこなし、作戦は実行された。



 − − − − − 


 一人暮らしの自宅に帰る途中の、ターゲットの身柄、確保。

 すべて計画通り。

 直接対応のユニットも、バックアップユニットも、毛で突いたほどの齟齬すらなかった。

 計画を立てている時に分かったんだけど、この女性ひと、帰り道を毎日変えていた。

 その用心深さは、坪内佐が自分の跡継ぎにと惚れ込むだけのことはある。

 ただ、どれほど経路を変えようが、結局自宅に帰る以上、自宅の前の通りの上り下り二方向のどちらかから帰るしかない。

 だから、長くても三日張れば捕まえられるし、ユニット数を倍に増やすだけで確実にその日に確保できる。これが、組織に属していない「個人の限界」ってやつだ。


 直接に手を下したのは、中尉のユニット。高校の時から知っている人たちだ。もっとも、当時は少尉だった。自衛官上がりで装備に詳しく、調達も任せられるという得難い人たちだ。

 後ろからいきなり袋を被せ、甲高い音を響かせて結束バンドを高速で締め、両腕を拘束する。わずか数秒でそのまま車に押し込む。こういう時、人は悲鳴も上げられない。また、悲鳴を上げられるほど手際が悪かったら、そもそもお話にならない。


 中尉のユニットが、車の後部座席でターゲットを挟んで座った。

 慧思がハンドルを回し、車は走り出す。

 袋の上から、強引に猿轡を噛ませ、携帯を取り上げて、電波暗箱に放り込む。


 なんかさぁ、場違いにちょっと感慨深いんだけどさ。

 俺、初めての拉致、なんだよね。そう思ってから、思わず自分にツッコんだよ。「はじめてのおつかい」みたいに言うなってさ。

 される方ならば、未遂も含めたら俺と俺の周りの人って、慧思以外の全員が一度は経験済みなんだよね。俺も美岬も姉も、武藤さんも武藤佐も。

 ああ、慧思も本人こそ無事だったけど、妹は未遂で危なかったし、祖父じいさんは完全に拉致られていたよな。

 やはり、とんでもない世界だよ、ここは。

 ついでに、それが当たり前になりつつある俺の常識がヤバい。


 とはいえ、うちが拉致する方に回ることは他の組織より遥かに少ないし、それ以上に攻撃的意図をもって行ったことは一度もない。

 自らを守るときに限定されているし、その一方で「つはものとねり」が幕末以降、牙を抜かれたことはない。なかなかいいバランスなんだ。



 車が目的地である海に近い倉庫に着いたあとは、俺と慧思で引き受けた。

 ターゲットが手荒く引き立てて、倉庫の中に移動。

 剥き出しの蛍光灯がついた天井。モルタルで囲まれた殺風景な部屋には、窓もなく無骨な鉄の扉だけがある。部屋の状況はモニターされて、外から見ることができる。


 部屋には椅子が一つと、インカムを付けた美岬と美鈴メイリンが待っていた。インカムは、坪内佐に繋がっている。坪内佐の意思をリアルタイムでこの部屋に伝える必要があるからだ。

 美岬は、目立たないように武装もしていた。とはいえ、グロック19程度だけど。

 美岬は手が小さいので、このあたりが精一杯だ。

 まぁ、芝居の小道具としては十分。

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