第3話 俺たちって、モノを知らない
翌日。
教室の片隅で、三人で話し込む。
美岬、前髪が伸び過ぎていて顔の脇に流しているけれど、切る決心がつかないでいる。知らない人から盗撮的に写真を撮られたくないので、変装に近いような大胆なイメチェンが必要かもと考えているらしい。けど、正直、それも鬱陶しいのだ。
あと、俺のせいってのもある。
俺、長めの髪が好き。それを美岬は知っているから、ショートにはしないつもりでいてくれる。
でも、まぁ、俺も安全優先ってのは言ったけどさ、ストーカー対応のために、意に反して髪を短くするのはやたらと腹立たしいらしい。ときどき、妙に強気になるけど、自分の領域を侵されたくないんだよな、きっと。
まぁ、これが強さの源泉でもあるんだろう。
「美岬は海外、行ったことあるん?」
「あるよ、式根島。泊海岸は、素晴らしいビーチで、いいリゾートだったー」
「美岬ちゃ〜ん」
慧思が、語調で突っ込む。
海外かもしれないけどさぁ、確かに。
でも、それは違うと思うぞ。
「パスポートは持ってるん?」
突っ込みついでに慧思が聞く。
「持ってはいるけど、使ったことはないよ」
そんなもんかもな。武藤佐が、娘にパスポートを用意していないわけがない。生きていくための保険としてであって、使うか使わないかとは、別次元の話でだ。
俺は、不安をそのまま口にする。
「なぁ、アメリカ人って、どういう人たちなんかな? 行ったら、いきなり撃たれたりしないかな? で、メシは、のびたパスタとハンバーガーとピザを毎日なのかな」
旅行ガイドを買うのも、今日の放課後。
三人で一冊ずつ三種類を買って、回し読みの予定。だから、現時点では全く知識がない。
いわゆる地理的な知識や英語の教材から得られる知識はあるけれど、あ、あとネットとハリウッド映画からの知識もあるぞ。
でも、彼らが具体的にどんなもん食って生活をしているのかとなると、見当もつかない。
スタ□ーンも、シュワちゃんも、セガ○ルも、映画の中で日常がある人たちじゃなかった。
って、そもそもタ○ミネーターは飯を食わないよね?
「チャーリー・ブ○ウンは夏休みに、いやいやキャンプに行く」とかの断片的な知識はあるけれど、具体的にマーケットでは何を売っているのか、水道水は飲めるのかみたいな、自分の生存に関わる具体的な知識はほぼ全くない。
「あと、ステーキでしょ。で、ステーキはポンド単位なのかな?」
美岬も、だいぶ紋切り型な知識しかないようだ。
でも、とりあえずその言葉に、握りこぶし二つ分くらいの重そうな肉塊が、じゅうじゅうと湯気を立てている映像が頭に浮かぶ。
それ自体は、ちょっと歓迎すべき映像。
「縦だか横だか判らんようなステーキって奴か?」
「アメリカ人も、サイコロステーキ食うのか?」
慧思が聞く。
「違う!!」
美岬と声がシンクロしてしまった。
あのな、縦だか横だか判らんほど分厚いという意味で、って、まぁ、言葉だけならばサイコロステーキも縦だか横だか判らんな、確かに。
つか、お前、もう、その貧乏性な発想、趣味だろ?
で、そもそも、もっと肝心なことも判らないことに気がついた。
「こないだの英語の模試、俺ら、割りと良い点だったよな?」
「ああ」
「ええ」
美岬と慧思が答える。
「でさ、俺たちって、どのくらいアメリカ人と意思疎通できるのかな? 日常会話イコール日本の英語教材って式が成り立たなかったらどうする? 日常会話はスラングとか訛りとかもあるけど、そういうのは全然知らないじゃん」
「変な外人になるのかな、私たち」
「うん、『どうぞ、そこへ座れ』みたいなことを、大真面目な顔で言うかもしれん」
ダメだ、こりゃ。
材料が少なすぎて、不安ばかりが先行する。
我ながら、呆れ返って話を打ち切る。
− − − − − − − −
美岬が預かってきた紙を回し読みする。けど、量が多いので、休み時間だけでは無理。色々と時間を作って慧思と読了する。
文章の内容は、石田佐の仕事だけでなく、
はい、俺が責任を持って、焼却処分します。
今回の石田佐の任務は、太平洋戦争後のどさくさでアメリカに流出した御物の回収。
競売会社のニューヨーク会場でオークションに掛けられることになったもので、アメリカにあった間の管理状態が良かったものならば、なんとしても落札したいと。だから、落札自体は電話でもできるけど、その前に状態の観察が必要となると。
石田佐は、「目利き」としては、自分の鑑定眼しか信じていないようだ。
戦後のどさくさで、日本から様々なものを持ち出した米兵当人が、歳をとって亡くなるピークが過ぎて、遺産分配のための現金化の話になることも多いことから、こういう出物が増えているとのこと。
そういう出物は、日本として重要でも、それが他国に知られていなければ、かならずしも高値がつくものでもないと。
でも、逆に知られていないから、鑑定は落札する前にこちらでせねばならない。
アメリカ人は、それが何かすら判らないものを、判らないからこそ無責任にもそのままオークションにかけてくるのだ。だから、鑑定書なんて付いてないし、付けようもないと。
サザビーズとかのオークションって、ゴッホの絵みたいのばかり話題になるけれど、ガラクタに気を盛ったようなものも大量に出品されるらしい。
俺の中で、競売会社の高級感が、ヤフオクと大して変わらないイメージに大幅にランクダウンした。
とはいえ、それでもなにがなにやら、マジに別世界の話。
俺たちの出る幕、確かにないわ。
で、日本有数にまで磨き抜かれた鑑定眼を持つ人材が、石田佐。
日本が国家として回収したくても、表立って動けない文化財も多数ある。それも、「つはものとねり」の人間ならば対応が可能。逆に、千年以上の歴史の中で取捨選択され、捨という判断になった御物でも億の単位の値段が期待できるものが多数あり、どっちにせよ、国宝クラスに目の肥えた人材が必要不可欠。
そこまで行くと、ものの価値よりも、
で、どこに(コレ重要らしい)、如何に高く売って利益を上げるか、如何に安く買い叩くかとかまで含めて考えると、大学教授も、文部科学省の人間も、帯に短し襷に長し、と。
だから、表向き公務員の身分を持っているとねりが多い中で、石田佐はフリーの骨董商というカバーと本体が一体になっている。
こんな感じなので、石田佐は、アメリカでも鑑定家兼骨董商として名が知られている。目利きとして向こうからも優遇されているし、鑑定からオークションへの流れ、それを海千山千で利益を確保するノウハウをも知り尽くしているようだ。
なんか、説明を読んでいると、怪しげなブローカーみたいな側面も持たざるをえないようだし、いわゆる身の危険を感じるような「作戦」にはタッチしないとはいえ、大変すぎる仕事なのは十分以上に理解できた。
だって、石田佐の仕事の本質ってば、南帝の財産管理人だよな。
これはこれで洒落にならん。
その上で、なぜ、俺たちを一緒に連れて行く気になったのかは、本人に聞かないと分からない。
落札した帰りの護衛にしても俺たちじゃ頼りないぜと思ったけど、そもそも美術品の梱包・輸送はそのためのプロがいて、俺たちみたいな素人が何かできる世界じゃないらしい。
それよりも憂鬱になったのは、アメリカでは、美岬と俺はこの暑いのに、手とか、顔とかの露出部分を覆う特殊塗料みたいなものを塗りたくらなくてはならないこと。美岬は、スカートは
アメリカにも美岬や俺の能力はバレてはいないことになっているけれど、だから本当にバレていないと思うのはナイーブすぎると。
で、そんなことまで考えなきゃいけないのかとも思ったけれど、外界に触れる場所からDNAを採取される危険があるので、それを防ぐため、髪の毛や皮膚からの細胞の
髪も、美岬は編むなり束ねるなりして、落ちた髪の回収を防げと。
「すっさまじくメクドくせ」と思ったけれど、日本に限らず、世界的要人はこの対策を取っているらしい。自分のDNAを採取されないためだけではない。
握手とかの際に自分の体表に付いた、相手方のDNAを採取することもあるので、自分の体表の核酸分解酵素の影響を除外するとともに、自分のDNAを混ぜない工夫が必要だとのこと。
慧思、お前だけだ、楽なのは。
それでも、まぁ、初海外に心が浮き立つ部分も確かにあるわけで、なんにせよ、放課後は本屋と市のパスポートセンターに行かなきゃな。
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