第40話 戻ってこい!!
美岬だ!
俺は車内で伏せの体勢を取っていたけど、ドアを開けて姿勢を低くしたまま走り出した。慧思が後から付いてくる。
遠藤さんと小田さん、そして、俺たちの車の運転をしてくれたとねりと、一緒に来たバディの五人はそのまま銃撃戦に巻き込まれた。どう見ても相手の方が、人数が多い。
遠藤さんと小田さんがいることについて、その時は、「当たり前のこと」としか感じなかった。「危機のあるところにいるものだ」と自然界の法則のように思っていたのだ。
美岬の母親からは、お前らなんか囮ぐらいにしかならないと言われていたけど、もう、そんな状態じゃない。がんがん行くぜ。
小田さんは、一応の遮蔽物の影に美岬の体を置いてくれていたけど、安全な場所とは言いがたい。敵が死体と認識している間は銃弾が集中することもないだろうけど、射線が集中したらさすがに危険だ。
流れ弾が、右肩に近い位置を通り過ぎる。銃弾の唸りを耳元で聞くのはほぼ一年ぶりだ。やはり、怖くないといえば嘘になる。でも、俺の視線は美岬に釘付けだった。だから、動けたと言ってもいいかもしれない。
やっと美岬のところにたどり着く。全身を使って、美岬に覆いかぶさる。敵の弾は、雨ほどの密度にも感じる。でも、命中するなら俺にしろ!
「美岬!」
生きていてくれ。お願いだ。
薬が効いているにせよ、生きているのならば声が届いているはずだ。
「行くぞっ!!」
慧思が叫ぶ。
「おうっ! 美岬っ!!」
慧思に応え、呼びかけを続けながら、慧思と共に体勢を整え、美岬を左肩に担ぎ上げて走り出す。
思っていたより冷たい。
そして、遥かに軽い。
死んだ人は重いと聞いたことがある。この軽さは生きている証拠なのか、それとも逆に魂を失ってしまった分、軽くなってしまったのか。
焦燥に駆られても、走りながらでは確認もできない。
いや、本当は……、確認だけならできる。
俺は、親の葬儀で人間の死体のにおいを知っている。
でも、もしも……、もしも、恐ろしいことだけど美岬の体から、どれほどわずかでもそれがしたら、きっと、俺は走れなくなってしまう。俺はそのまま敵弾で死んでも構わないけれど、慧思まで死なせるわけにはいかない。心ならずも美岬から顔を背け、口で息をし、吐く息を鼻に通し、嗅覚を使わない努力をする。
敵はとねりたちの十字砲火で封じ込められているはずだけど、そう思い込むことは危険だ。人数が敵の半分ほどと少ないのだから。
隣接した生け垣の影に潜り込む前に、そこが本当に安全かを、慧思がきちんと確認をする。振り向いて、大丈夫だというハンドサインをこちらに寄越す。
戦場で、バディシステムを使いこなせてるぜ、俺たち。
「美岬ちゃんは大丈夫か?」
慧思が聞く。
「判らん」
俺は、生け垣の高低差から生じた、銃弾の死角に潜り込みながら答える。
壊れ物を扱うように、そっと美岬の体を下ろす。全身の勇気を振り絞る。においを嗅ぐのにこれほどの覚悟がいるのは、生まれてこのかた経験がない。決心がつかず、息もほぼ止めたままだ。
薬を飲んだタイミングが判らないし、そうなると無事に済むにしても、何時戻ってくるか判りようがない。
ただ、「戻ってこい!!」と祈るのみだ。
風上側を向いて息を整え、タイミングを計り、再度走るために慧思と視線を交わす。
「双海、よけいなお世話だが、走るスピードが維持できないようならば、俺が担ぐぞ」
慧思が言う。
俺が息を止めて走っているのを見抜いたのだろう。
「大丈夫だ。俺が連れて帰る」
生きていようと、そうでなかろうと。
それは、俺のやるべきことだ。
「聞こえていたら、一秒でも早く戻ってこい」
美岬の頭を抱き、そう耳元でささやく。
そして、左肩に担ぎ上げようとした俺の耳元にささやき声。
「ダメよ」
えっ、美岬の声?
「王子様のキスもないのに、生き返っちゃったらダメでしょ?」
美岬が、ゆっくりと目を開けるのが見えた。
右目の眦から、涙が一筋流れるのが見えた。
TXαを飲んで、仮死状態は二時間弱と聞いていたけど、それよりかなり早いかも。俺も、不覚にも視界が曇る。でも、喜んでいる時間も、感動している時間だってありはしない。
「大丈夫か?」
「ええ、走れる」
そう言って美岬は体を起こした。
無意識に嗅覚が解放され、一気に世界が色づく。
「とりあえず、ここから離れよう」
銃撃戦に俺たちは無力だ。ならば、少しでもこの場から離れるのが、行動原則としては正解だろう。
三人で走り出す。
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