第4話 緊急事態発生って、またかよ!
七月上旬のその夜、いきなり自分のいる世界を再認識させられることになった。
『つはものとねり』から、お迎え。
黒塗りの乗用車が二台。一台には、慧思の妹、そして姉が乗った。もう一台には、既に美岬と慧思が乗っていた。
午後八時過ぎという時間が時間だし、共にプライベートが見透かせるような服。
慧思はなんか、まぁ、言っちゃ悪いけど、薄くなったぺらぺらの、かつ、体より相当小さくなったジャージ。正体は中学の時の体育着だよな、それ。縫い付けてあった、名前が記入してあった布を外しただけ。
美岬に至ってはパジャマだ。熊さんの柄は良いとして(可愛いけどさ)、洗い髪の香りにくらくらする。すっごく良い香りなんだけど、表情に出しちゃまずいじゃん。
俺が一番まともな格好かよ。
やれやれ。
車が迎えに来たのは、人工衛星の監視が外れる二十分の間。
個人持ちのスマホに人工衛星の時刻表アプリが入っていて、毎日確認することが義務付けられている。このスマホは、緊急時の即応体制要請などの機能もあるけど、基本的には市販のものと変わりはなく、同級生の電話番号やメアドも入れて、個人用としても使っている。
まあ、なんにせよ、人工衛星の死角で動くということは、問題が起きて、それが只ごとでないということ。だから、だれもが着替える時間なんかなかったんだ。美岬に至っては、シャワーのあとという、一番のバッドタイミングだったに違いない。
高速に乗り、俺たちは東京方面。もう一台は、高速にも乗らず、別のところへ走り去った。姉と、慧思の妹までが保護が必要な事態だと……。何が起きているんだ?
案外、高速を走った時間は短くて、さいたま新都心に車は着いた。
暗くて判らないけれど、国の機関の庁舎だよな、ここ。
二階だろうか、三階だろうか、高さのあるペデストリアンデッキから、人気のない、吹き抜けの大きくて中が空洞になっているようなビルに入り、エレベーターで昇って、会議室。
車の運転をしてきた人が、この部屋まで案内してくれた。だけど、部屋までは入らないまま、入室を促してくる。
部屋の中には、クールビズとはいえ、きっちりした服装の人が一人。
美岬の母親以外の「佐」というのに、初めて会った。たしか、「佐」は、三人いるんだったよな。
坪内と名乗った佐は、ちょっと小太りで、眼鏡をかけていて。
体育会系の雰囲気がまったくない、こういうのを官僚って言うんだろうなっつー雰囲気を醸し出していた。うん、美岬の母親のチームが実動部隊だと言われている理由が解ったわ。遠藤大尉と真逆のタイプだもん。
でも、これはこれで、この人、やっぱり怖い。遠藤大尉の、軍人とか兵隊とかの怖さとは別の種類の怖さ。
さっきの言い方だと、オタクっぽい容姿を想像するかも知れない。
でも、違う。
なんていうのかな、精悍なんだよ。
優秀な脳髄がむき出して歩いているような、切れ切れなイメージ。
今はそんな時間がないだけで、若い頃には、相当の訓練もしていたんだろうな。
俺の嗅覚みたいな才能が、頭の良さっていう一点に集中しちゃった人なのかもしれないと思った。もしも、シャーロック・ホームズの兄のマイクロフト・ホームズが実在したら、こんな感じなのかも。
「遅くに済まない。緊急に繋いでおきたい事件が起きた」
相変わらず、とねりは皆、単刀直入だな。「遅くに済まない」といっただけ、まだマシなのかもしれない。
俺たちは無言で、先を促す。
俺たちもこのルールが身に付いてきている。冬休みに、模擬ブリーフィングの訓練があったからね。少なくとも仲間内で任務絡みの時は、余計な口を利かない。
会話にジャブは不要、ストレートだけで十分というルールだ。
「遠藤大尉から、武藤佐に報告された情報だ。
敵国側は、日本国内に作戦遂行部隊を出してきた。狙いは君たちだ。
現時点での事情を話そう。
遠藤大尉達は、S国で極めて良い仕事をしている。しかし、それがかえって敵国側を刺激した。遠藤大尉、小田大尉だけではなく、中東全地域から日本に手を引かせるために、武藤佐の娘を人質にと考えたらしい」
「そのための作戦遂行部隊ですか?」
美岬が聞く。
「そういう事になる。
君の言いたいことは解るが、まずは聞け。
遠藤小田のバディではない、もう一組の潜入バディが誘拐され、翌日無事発見、奪還された。
その場所は、遠藤小田バディに接触してきた、敵国のエージェントのリークのとおりだった。ちなみに、リークの意図、目的は、未だ明らかにされていない。
ただ、想像するに、敵国側が一枚板ではない、もしくは、これから出してくる情報の確度を高く見せたいという目的のどちらか、あるいは両方だろう。
どちらにせよ、現時点では、貴重な人的資源を失わずに済んだことを喜んでいる状況だ。
そこで提供されたリーク情報が、それ以外にもう三つあった。
一つはS国政府首脳と敵国を繋ぐ人脈リスト、一つは武藤佐のグループの牽制のための娘の誘拐計画、最後は……」
一瞬、口籠る。
どれほど一瞬であっても、俺も美岬も見逃さない。
でも、何を躊躇っているのだろう、この人は。苦い話でもストレートに話すということが染み付いている人のはずなのに。
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