第13話 人生の奪回
「ありんこ」
わしゃわしゃと美桜が、武藤の右の前腕を手のひらでかき回す。
毛と毛が絡まって、何匹かのアリが腕の上を這っているように見える。
ベッドの上。
武藤は美桜を抱き寄せる。
「いたずらばっかするなぁ、美桜は」
「十年分、取り返さないとだもん」
視線を合わせた、美桜の目が青い。
表情は明るく、血色もよい。
「それでも、かなり取り返したかな」
「いーや、まだまだ」
わしゃわしゃ。今度は武藤の左の前腕にアリが生まれた。
「次は、何を取り返す?」
「しばらく、一つだけしか取り返せなくなっちゃった」
「なんで?」
美桜の回答には、一呼吸の間が空いた。
「赤ちゃんができたから」
「本当かい? 一緒に診てもらっている先生からは、かなりハードルが高いと言われていたのに……」
「そうだよね。生理が止まって六年? 七年? で、復活する間もなくご懐妊なのです」
「ごめん、涙が出てきた。嬉しくて嬉しくて、笑えなくてごめん」
「大丈夫、涙もろいのは十分に知っているから」
「じゃあ、両家の挨拶ってのをしなきゃだけど、これがまた二つ目のハードルだなぁ。美桜、死んじゃったことになってるし」
「だから、赤ちゃんを先に作っちゃった」
「さすが、策士だな」
組織の中でも、美桜の作戦立案能力は飛び抜けているらしい。だが、このプランはいささか稚拙で、そして狡い。
「同名の似た人ということで、押し通します」
「それしかないよなぁ」
ため息。
アニメじゃなし、生き返ったという設定は不可能だ。
「でね、赤ちゃんが産まれたら、家が欲しいの」
「大きく出たなぁ」
「敵の侵入を許さない、セキュリティが万全な家が。この子のために」
「反省を活かすんだね」
「ええ、おそらく、この子は女の子。だから、しっかり守らないと」
「そうか、じゃあ、ローンを組まなきゃって、その前に、僕、仕事を探さないとだよ」
「石田さんが持ってきてくれた、コンピュータのプログラムの仕組みを教える仕事でいいじゃない。それに、石田さん、コンクリートで足を固めたお詫びに、無利子で融資もしてくれるって」
「じゃあ、うんと大きい家を建てよう」
「うん」
「でもね、家より、名前考えるほうが先だと僕は思うよ」
「名前は考えているのがあるの」
「ん?」
「この子には、私の世界から飛び立って欲しいの。もう、この世界ではないところで幸せを得てもいいよね、うちの一族も」
「そのとおりだね」
「だから、ここから踏み出せる名前がいいの」
「『その先』だね。」
「
美桜は指先で空中に記す。
「良い名前かもしれないね。ただ、字は宿題だな。御先だと神様になっちゃうから」
「教育もね、がんばる。私の失敗はさせないたくないからね」
「僕が何かを教える余地はあるのかい?」
「私に教えてくれたように、たくさん教えてくれなきゃ」
「じゃあ、『考えることを』だなぁ」
「そう、そこから全て始まったの」
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