◆回想―掠め取る男

「ねえ、グレン。最近何かあった?」

「いや、別に。いつも通りだ」

「……ずっと険しい顔をしているわ」

「…………忙しくて、あまり寝ていないからじゃないか」

「そう……ちゃんと眠れる時はそうしてね」

 

 とだけ言って、"彼女"は力なく笑った。

 付き合い始めて、2年近く。始めは週に一度くらい会っていたが、将軍に押し上げられてからは月に一度、そして数ヶ月に一度と会う頻度がかなり減ってきていた。

 

「……魔物討伐以外に、少し厄介な仕事を抱えていて。それが片付けば、もう少しくらい会えると思う」

「本当!? よかった……」

「…………」

 

 

 ◇

 

 

「マクロード将軍。調査結果をお伝えしたいのですが、よろしいですか」

「ああ、頼む」

 

 エリオットの話を聞いてから、俺は諜報員を使ってリューベ村孤児院の金の動きについて調べさせていた。

 将軍という地位と肩書きは飾りではなく、それなりに権力のあるものだった。

 私用に使えばそれなりのペナルティがあるかもしれない。だがどうしても真実を突き止めておきたかった。

 

「ええ……と、申し上げにくいのですが」

 

 部下が参考書類を俺に渡し、報告を始めた。

 

 ――助成金は毎月一定額、孤児院に支給される。

 経理を担当していたらしい副院長が役所に提出した帳簿には、俺の助成金は服や生活必需品、学習用具などに使ったとして、その額が毎月記述されていた。

 だがそんなものは俺はもらっていない。服も学習用具もノアからお下がりでもらっていた。

 ノルデン人以外の孤児もそうしていたから不思議に思わなかった。


「あの……だ、大丈夫でしょうか」

「ああ……続けてくれ」

 

 俺が孤児院を去ったあとのこと。

 途中で馬車から逃げ出したという話を聞いたからなのか、リューベ村孤児院から次の孤児院に「そちらに転所する予定はなくなった」と連絡があったという。

 行方不明か、また死亡した場合は役所に手続きをして助成金の支給を打ち切らなければならないが、その手続きはされていない。

 そして、役所には変わらず助成金の使い道を記した帳簿が提出され続けていた。


 副院長は毎月街にやってきて銀行に決まった額を預けている。8万リエール――助成金と同じ額を、毎月5日に。

 5日は、毎月助成金が支給される日。

 助成金の支給は最大で7年間、またはその子が自立するまで。俺が引き取られて7年目まで、これを繰り返していた。 

 それに加え、副院長は毎月5日近辺にワインを買っていた。店の人間によれば「上得意様」だそうだ。

  

 俺の助成金の支給が終わって間もなくして、あの孤児院はノルデン人を複数人引き取っていた。

 やはり帳簿に服と生活必需品と学習用具を毎月購入したと書かれている。

 4万リエール。毎月毎月端数も全く出ない、馬鹿の一つ覚えのように決まった額で。

 

 引き取られたノルデン孤児はいずれも1年や2年で孤児院を出されている。

 別の孤児院に移った子がいたが、助成金の支給先の変更手続きは3ヶ月ほど遅れてからされていた。

 また上前をはねようとして、それがバレたのだろうか?

 出て行く子供には余った助成金を渡さなければいけないが、別の孤児院に行った子以外の子供に助成金は渡されていない。

 そして副院長は毎月8万リエールを銀行に預け続けている。

 

 ある日彼は、ワインセラーの改装工事の見積もりを複数業者に依頼し、その数ヶ月後にワインセラーの工事をしていた。

 費用は約350万。ワインセラーの施工をした業者が、請求書の写しを持っていた。

 孤児院よりも立派な造りのワインセラー――コツコツと貯め続けた助成金を使って、それを建てたのだろう。

 

「助成金詐欺にしても、ここまで悪質なのはあまり見かけませんね。あまり隠蔽もしていないようで、証拠は他にもたくさんあります。逮捕はたやすいですが……」

「いや、それは待ってくれ」

「え? しかし……、あ、いえ……りょ、了解いたしました……」

 

 俺の顔を見て怯えた顔で部下は黙ってしまう。今俺はどんな顔をしているんだろうか。

 

 ――吐き気がする。

 人を泥棒呼ばわりしておきながら何だあの男は。

『助成金がなければ引き取らなかった』? 確かにそうだろう、奴にとって俺達は金づるだったんだから。

 俺も泥棒をやっていたが、こんなコツコツ手堅く人の金を掠め取るような男に何も言われたくはない。

 

 ――許さない。

 

 逮捕はたやすい。だがまだその時じゃない。ベストのタイミングがあるはずだ。

 暖炉の火がひとりでに大きくなり燃え上がる。

 紋章使いは厄介だ。自分の感情に呼応して勝手に色々燃えてしまう。

 

 

 ◇

 

 

「失礼致します! 将軍、手紙が届いていますが」

「俺に?」

 

 訓練中、エリオットが俺に封筒を渡してきた。

 差出人は"ダン・バートン"とある。

 

「…………!」

「しょ、将軍? どうかなさいまし……」

「いや……」

 

 ダン・バートン。ここ最近の調査で嫌というほど耳にした、リューベ村孤児院の副院長の名前。

 一体、何の用で手紙など送ってきた――。

 

「エリオット……頼みがある。その手紙、ここで読み上げてくれないか」

「え? しかし……」

「いいから」

「は、はい」

 

 エリオットが怪訝な顔で封を切り、手紙を取り出す。

 

「『村が魔物に襲われて苦心しているので退治してほしい』……」

 

 近くで聞いている訓練中の騎士が、手を止めて「どこの村だろう」などとヒソヒソと言い合っている。

 エリオットはその一文だけを読みあげると、続く文面に目を走らせ口ごもってしまった。

 

「……どうした? 続きを」

「あ、はい。……い、『今こそ恩の一つも返す時だろう。助けてくれたなら過去の罪はないものとし、この村の土をまた踏むことを許す』――」

「…………」

 

 周囲がざわめく。

 

 栄誉あるディオール騎士、その中でも最強と謳われる黒天騎士団。

 ここに入るために血の滲むような努力を重ね厳しい監理と統制のもと地獄のような鍛錬を耐え抜き、ようやく憧れの黒い制服に袖を通した者は、皆騎士である自分と剣技、そして肩書きに絶対の自信と誇りを持っている。

 加えて、昔からこのイルムガルト辺境伯領に住んでいるという者の中には、旧態依然とした考えのメンツを重んじる頭の固い者が少なくない。

 

 リューベ村は辺境の、名前もほとんど知られていない村。

 そこの村長ですらない者が、3人いるとはいえ団長である辺境伯に次ぐ地位の"将軍"に向かって命令に近い内容の手紙をよこし、使い走りのように扱う。

 これは、多くの誇り高き騎士にとって侮辱に近い行為だった。

 

「傭兵に頼め」「騎士団に救援を頼むなら手順を守れ」

 

 ――「過去の罪」という文言にひっかかりを覚える者もいたかもしれないが、怒っている者は大体そんなようなことを言っていた。

 

 過去の罪とは何だろうか。

 ボヤ騒ぎと空き巣のことなら、個人的に調べた結果犯人はとっくに逮捕されたという記録があった。

 紋章を暴発させてしまったことだろうか?

 皆を驚かせて怖がらせたが、怪我人は出ていないし孤児院に火がついたということもない。

 

 それに「この村の土をまた踏むことを許す」というのは?

 俺はあの村の土を踏むことを今まで許されていなかったのか。

 そしてあの村を助けたらそれがようやく許される。

 どうやらあの男は、自分が赦しを与えることに極上の価値があると思っているらしい。

 

『あの制服、ここらの領地を仕切る辺境伯が擁する騎士団のものだ。その人に無礼な言いがかりをつけて、目を付けられたらどうするんだ!』

 

 あんなことを言っていたくせに、これは一体何だろうか。

 あの男の中で俺は未だに怒鳴りつけられても言い返さず黙って言うなりになる力のない子供――カラスなんだろうか。

 

 ――俺は未熟だった。汚い人間への理解が足りない。

 自分より下等と見なした人間に対して、人はどこまでも無礼になれる。

 地位と名声を手に入れていつかあの男をねじ伏せてやろうなんて、全く愚かな考えだった。

 例えば濡れ衣を着せてきたことを謝らせようと思っても徒労に終わるだろう。

 

「将軍。どうされますか」

「え?」

「この村……助けに行きますか?」

「…………」

 

 あれこれと昔のことに考えを巡らせている俺を、部下の一人が現実に引き戻した。

 

「何を言うんだ。戦略的価値も資源もないような辺鄙へんぴな村に派遣するような余裕はない!」

「そうだ。ここに行くまでに日数もかかるし、どうせ大したこともない雑魚だろう、傭兵や冒険者にでも依頼すればいいのだ」

「…………そうだな。すぐに断っては角が立つだろう、とりあえず返事は保留にしておく」

 

「え、そ、そんな、しかし、それでは……」

 

 俺の答えを聞いて胸をなで下ろす騎士達。エリオットだけが当惑して立ち尽くしていた。

 

 

 ◇

 

 

「お待ちください、将軍!」

「何だ」

 

 解散したあと、エリオットが足早に歩く俺の後ろをオロオロとした様子でついてくる。

 午前中は快晴だったが午後を過ぎて徐々に雲が厚くなり、今外は土砂降りだ。

 空は暗く、雷が鳴りはじめている。

 

「ほ、本当に、村を救いに行かないおつもりですか」

「……そうだな。騎士達も疲れているし、無礼者の村に余計な遠征など誰もしたくないだろう」

「よ、余計……? し、しかし……! あの手紙は確かにとても不躾でしたが、だからといって見捨てるというの、は……」

 

「どうした」

「しょ、将軍……なにを、何が、おかしいのです……」

「え……? ああ……すまない」


 雷鳴がとどろき、薄暗い廊下に立つ俺達2人を照らし出す。


「……笑っていたのか、俺は。ふふ……」

「…………!」

 

 俺の反応を見て愕然としているエリオットを置き去りにして、俺はそのまま自室へ戻った。


 ――参った。うかつだった。笑っているのを見られるとは。でも我慢ができなかった。

 

 ダン・バートン。

 まだ何もしていない、定義に当てはまらない頃から俺を「カラス」にした男。

 うすら笑いで汚い火をまといながら、しきりに「お絵かき」を勧めてきた。

 たたき込まれてきた光の塾の教義、加えてイリアスの一件もあり俺は「モノ作り」ができない。

 拒否し続けると「言い訳に神を使うな」と怒鳴りつけて無理矢理にクレヨンを握らせ、それでもどうしても「お絵かき」ができず過呼吸に陥り嘔吐した俺を「汚い」と罵った。

 泥棒、放火犯呼ばわりして俺を追放して、俺や他のノルデン人が受け取るはずの金を掠め取り続けた。

 

 村を出たあと、副院長だと思って魔物を焼き殺していたことがある。そう思えば魔法の威力は上がるし絶対に外れなかった。

 憎い。憎くてたまらない。

 

 悪いことがあれば全て俺のせいにして、俺に非がないことが分かっても「カラスだから仕方がない」「カラスがやった方がふさわしい」と何も謝らない。

 そうだ、奴は決して謝らない。地位を手に入れてたとしても奴は変わらず無礼であり続ける。

 

 だが俺は今奴を逮捕させることができるし、村を助けに行かなければ奴の命を奪うことすらできる。

 奴がどれだけ俺を見下し蔑んでも、今の俺にはそれをねじ伏せる絶対的な力がある。

 生かすも殺すも自分次第。

 

 ――勝った。俺は勝ったんだ。俺の方が上なんだよ。そんなの、笑わずにはいられないだろう? 

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