29話 遠い国の、昔話

 久しぶりにみんな揃ってごはんを食べた。

 楽しかったなぁ、ジャミルの作ったごはんは相変わらず美味しいし、ベルのラーメンも久々に食べた。

 

 ところで、ジャミルとベルは恋人になったらしい。

 全然知らなかった……そんな素振りあったかな?

 グレンさんとカイルは付き合い出したことには驚いていたけど、二人が何か想い合ってたことは知っていたみたいだ。

 わたし、ベルの前で幼なじみエピソードとか何の気無しに話しちゃったりしてなかったかなぁ?

 

 夕食を食べているグレンさんはいつものようにクールでドライな彼だった。

 お昼もそうだったけど食欲は旺盛。わたしの作った唐揚げ、ベルのラーメンにジャミルの焼いたピザ、デザートにエクレアも食べた。

 顔洗っただけで切り替えできちゃうものなのかな……?

 

 

 ◇

 

 

 夕食にみんなでラーメンを食べたから、ラーメン夜会は今日はない。

 解散して各自の部屋に戻って、人によってはそろそろ寝る時間。

 

(う――ん、どうしよ……?)

 

 わたしはグレンさんの自室のドアの前であれこれ思案に暮れていた。

 ノックをしようとしてはやめ、深呼吸を何回もする。

 

 ――疲れてるかな? 明日も朝掃除するならその時に……、でもでも話したいのは今だし……。『別になんでもない』でかわされたらどうしよう?

 

(う~~~、いいわ! レイチェル行きます!)

 

 意を決して、とうとう彼の部屋のドアをノックした。

 

「……はい」

「あの、レイチェルです」

 

 少しして、部屋の扉が開く。

 

「レイチェル? どうした」

「ええと……あの」

 

 ――話がしたくて。

 ――明日どこかに行きませんか。

 ――グレンさんが心配で。

 

 色々あるのに、なんだか喉につっかえて出てこない。なんでよ~。

 グレンさんは少し首をかしげつつわたしの言葉を待ってくれている。

 

「あ、あの……グ、グレンさんの顔を、見たくて」

 

 あああああ、なんだか言おうとしてたことと全然違う言葉が出てしまった。

 確かに顔は見たかったけど、何かもっとうまい言葉出ないものかな~~?

 顔を見たくて なんて直球で言っちゃって顔から火が出そうに熱い。

 恥ずかしくて次の言葉を見つけられずにいると、彼はそっとわたしの手をとり握った。

 彼を見上げると伏し目がちに少し笑う。

 

 ドキドキする。

 だけど、日中の彼を思い出してしまいどこか儚げに見えてしまう。

 わたしはそのまま彼に促され、部屋の中へ。

 

 ――入った途端、わたしは強烈な違和感を覚えた。


(……暑い……?)


 部屋の中は異様に気温が高く、11月とは思えない。まるで夏のようだ。

 

 足を進めていくと違和感の正体にすぐに気付いた。

 部屋にある暖炉。その中には大量の薪が入っていて、おかしいくらいに火が燃え盛っていた。

 灯りのついていない部屋――暖炉の大きな火はそれを必要としないくらいに煌々としている。

 この暖炉は魔石を使うタイプのもの。壊れていない限り、薪を入れて燃やしたりはしない。しかもこんなに大量に。

 やっぱり様子がおかしい。

 

「暖炉、壊れちゃったんですか?」

「いや、壊れていない。……暑いか?」

「はい、あの……夏みたいです」

「そうか……」

 

 わたしの言葉を聞いて彼は暖炉の前に左手をかざし、グッと握った。

 すると燃え盛っていた火が少しずつ小さくなっていき、こぶし大くらいの大きさに落ち着いた。

 

「……すまない。寒いのが、嫌いで」

「……」

「俺を心配してくれたんだろう?」

「はい……だって、頭は怪我して、街では嫌な目に遭って……それで、隊長室のソファーでぐったりして……あんなの、初めて見たんだもん」

 

 彼は何も言わず暖炉の前のソファーに腰掛け、立っているわたしの手を握った。

 

「……最近は図書館の客とかレイチェルや仲間達と接していたから、久々に悪意むき出しの人間と出会って疲れてしまった」

「……」

「ああいうのは慣れていたはずなんだが」

「慣れちゃ駄目ですよ……」


 わたしも彼の隣に座り、握られている手と反対の手で彼の手を包んだ。

 わたしの目を見て笑顔を見せてくれるけれど、やっぱりどこか遠い目をしている気がする。

 

「ちょっと昔話をしていいか」

「昔……?」

「20年前、俺が住んでたノルデンで未曾有の災害が起こった」

「あ……」

 

 学校でも習う。

 元々ノルデンの国では内乱が起こっていた。そんな中で、まず大地震が起こった。

 その後猛吹雪に、猛暑や大雨。立て続けに起こった天変地異のせいで国は壊滅に追い込まれ――わたしが生まれるよりも前に起こった遠くの国の出来事。

 

「孤児院は安普請やすぶしんだったからか跡形もないほど崩れた。俺はその時別の場所――地下の部屋にいたから助かった。そこにいたらすごい揺れに見舞われて……地上に出てみるとほとんどの家が倒壊していた。崩れた家にはちらほら火が視えた」

「火って……」

「……小さな火、大きな火。色んな色をしていた。燃え続けているものもあれば、やがて色を失って消えていくものもあった」

 

 それはきっと人の生命。小さい頃から彼にはそれが視えていたんだ。

 色を失って消えていく――彼が見たのは、人の生命が消える瞬間。

 

「雪が降ってきて寒いから俺はまた地下に戻った。それからどれくらいの時間が経ったのか……地上に出たら、一面雪に覆われていた。前に見た火は全くといっていいほど無くなっていた」

「……」


 ――何の言葉も出ず、わたしは遠い目で暖炉の火を見つめる彼の腕にしがみつく。

 

「地震も寒いのも嫌いだ。とはいえあれから20年経って、今回のも地震だけなら平気なはずのものだった。でも……嫌な条件が揃ったせいで色々思い出してしまって、調子が」

「嫌な、条件」

「家が崩れていて、人の火が視えた。それに罵倒をされて……頭が痛かった。寒いし腹が減って、早く帰りたかった。レイチェルに……会いたかった」

「グレンさん……!」

 

 今できるのは彼を抱きしめることだけ。

 泣きそうだ。でも今は泣いちゃいけない、辛いのは彼なんだから。

 一度身を離してキスをして、またわたしは彼を抱きしめた。彼の黒髪を撫でて頬を両手で包むと、彼はその手をぎゅっと握った。

 

「怪我してるのに、おじいさんを助け出したのえらいです」

「……ありがとう。でも別にえらくはない。助けたかったわけじゃない、ただその火が消えるのを見たくなかった。昔出来なかったことが今出来る……どうせ理解されないが、自分が間違っていないことを見せたかっただけだ」

「……嘘つき扱いされて、嫌だった?」

「……そうだな。カラスの上に嘘つきとかよく言われていたから」

「ひどい。ひどい、なぁ……もう……」

「レイチェル」

「ごめん、なさい……わたし、結局」

 

 結局泣いてしまった。彼の胸に顔をうずめると、そのまま彼の腕に包まれた。

 話を聞いて元気づけたいって思って来たのに、このざまだ。

 

「いいんだ、別に。泣いてくれても」

「あのね……グレンさんが、あの女の人の名前を呼ぶなって言ってくれてたでしょ。あれ、聖銀騎士の人が『呪詛名』だって言ってたんです」

「呪詛名?」

「うん。名前に込められた意味があって……呼ぶとその意味に近い行動をしちゃうんですって。あの人の場合は『愚か』とか『判断を狂わせる』とかだって」

「そうなのか、知らなかった」

「だからね、みんなグレンさんが言う通りにあの人の名前は呼びませんでした。ベルだけは知り合いだから何度か呼んじゃってたみたいですけど……でも全員があの人の名前呼んでたらもっと大変なことになってたかもしれないです」

「そうか」

「グレンさんのおかげで、みんなおかしくならなくて済みましたよ。あと、わたしに電報くれて……心配してくれたんですよね。ありがとうございます」

 

 ――返事はなかった。彼はわたしを強く抱きしめて、小さく呟いた。

 

「信じてくれて、ありがとう」

「グレンさん……」

 

 話している間、彼の表情はあまり変わらなかった。

 少し痛いくらいの抱擁は、彼の不安や辛い気持ちの表れなんだろうか。

 

「辛い時は、言ってくださいね」

「ありがとう。でも――正直分からないんだ」

「え?」

「ゴミ溜めみたいな孤児院に災害に――あれに比べれば何もかもマシに思えて、多分辛いだろうという時も、悲しいとか泣きたいとかいう気持ちが湧かない」

「今……わたしにできることありますか」

「…………」

 

 長い沈黙。抱きしめられたままで表情は見えない。

『別に』なんて言われてしまったらどうしよう……そんなことを考えてしまう。

 わたしは『彼のために何かをしたい』のかな。それとも『彼のために何かをする自分』になりたいのかな。

 分からないなあ、わたしはどうすればいいんだろう。ただ、一人で耐えないでほしい。

 

「今は……」

「……」

「ただ、隣にいて欲しい」

「はい……」

 

 そのままわたしは彼の腕の中で何も喋らずにいた。

 

 あのアーテという人が"役"とか"台詞"とか言っていたのを、ふと思い出した。

 ジャミルが彼女と会った時も「人生の脚本」がどうのと言っていたそうだ。

 ――もし人生の脚本というのがあるなら、グレンさんの脚本に今わたしの台詞はあるのだろうか。

 あるなら、教えてほしい。ト書きでもいい。彼の心にどうやったら寄り添えるか、わたしには分からなすぎる。

 

 灯りのない部屋。

 暖炉の炎は小さくゆらめき、寄り添うわたし達二人をぼんやりと照らしていた。

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