20話 囚われの貴族令嬢(1)

 拝啓 おばあさま ピッピちゃん

 

 お元気ですか?

 ベルはいつもハッピハッピーな日常を過ごしております。

 でも最近は自分の失敗のせいでみんなが大変なことになり、少し落ち込んでしまいました。

 だからラーメン夜会でみんな仲直りしたくて、街にまるごとのとりを買いにきたの。

 そうしたら……なぜか捕まってしまい、今閉じ込められております。ぴえん

 

「ううう……なんでええええぇ……」

 

 半泣きで、あたしは捕まっている部屋で三角座りをしている。

 

 ――ことのあらましは、こうだ。

 ポルト市街にて冷凍の鶏肉を買った帰りのこと――。

 

「あら……貴女、ベルナデッタではなくて?」

「え、……ヒッ……!?」


 声をかけられ振り向くと、そこには先日聖銀騎士に捕まったはずのアーテ様がいた。


「どうしたの? まるで魔物でも見たみたいよ?」


 顔を傾け彼女は優雅に微笑んだ。そこには、呪いの言葉を吐いていた時の面影はない。

 

「ご……ご自分が何をされたか分かっていらっしゃるのですか? 申し訳ありませんが、貴女とはもうお付き合いできません」


 さっさと言うべきだった言葉を彼女に告げると、彼女は信じられないといった顔をして口を手で覆い目を潤ませる。


「そんな……一体何のことなの? 5年ぶりに会ったというのに、そんな事を言われるなんて……!」


 顔を振りながら彼女は斜め下に目をやり、目に涙を滲ませる。

 

(なに……?)

 

 言いしれない不気味さ。"5年ぶり"と言ったの、今?

 ――まさか覚えていない?

 

「何を……一週間ほど前に会ったばかりではありませんか」

「そんな、人違いだわ。誤解よ……ねえ、それよりもベルナデッタ、わたくしに付いてきてくださらない?」

「い、行くわけが……きゃっ!」


 そう言いかけたところで、いつの間にか背後に立っていた男二人があたしの腕を掴んで捕らえた。


「は、離して……!」


 男達は無言であたしを見下ろしている。その目には生気がなく、身体の色は土気色。あたしを掴む手は熱を持っているけど、生きている人間という感じがしない――。


「ねえ……いいでしょう?」


 アーテ様が両手を合わせて顔を水平に近いくらいに傾け、薄く笑った。

 

 

 ◇

 

 

 屈強な男二人になすすべもなく、あたしはとある館に連れてこられた。

 途中転移魔法を使ったから、どこの街のどこだか分からない。

 外装は特に変わったところはない。内装も普通の貴族の屋敷といった感じだ。

 けれど所々に、印が描かれた紙が貼ってあった。

 ――あれはきっと沈黙魔法サイレスの一種だ。ここでは、魔法は使えない。

 転移魔法で脱出できないようにしてあるのかもしれない。

 

 あたしの前では、アーテ様がご機嫌に鼻歌を歌いながら時折くるりと回りつつ歩いている。

 やがてある部屋で足を止めノックをした。


「アーテです。戻りましたわ」

「入りなさい」

 

 彼女がドアを開け、あたしも男二人に部屋へ押し入れられる。

 

「お姉様、お連れしましたわ」

「貴女がベルナデッタね。……会いたかったわ」

 

 部屋の奥に女性が一人。玉座のような豪奢なイスに長い脚を組んで腰掛けている。

 アーテ様と同じ長い銀髪に青の瞳のノルデン貴族――妖艶な美しさを持つ高貴な女性だ。

 沈黙魔法サイレスにより魔法が使えないはずのこの空間においてもなお、魔力の波動を感じる。

 相当に魔力の高い魔法使いだ――いえ、それよりも。


(何……この気味の悪い感じは……)

 

 ――得体の知れないプレッシャーを感じる。

 紋章のある隊長やルカは何かしら視えると聞いたけど……そんなのがないあたしでも分かる。

 視えないけど、感じる。

 このひとは、人を殺している。きっと禁呪を――人の魂を魔器ルーンにして魔法を使ったことがある。そう確信した。

 どうして……どうしてあたしがこんな人に引き合わされるの?

 

「お姉様」と呼ばれたその女性は、あたしを捕らえている男に手でジェスチャーをしてあたしを解放させた。

 

「ようこそ、ベルナデッタ。私はエリス。エリス・ディスコルディア」

 

(エリス……ディスコルディア……!)


 聞いただけでぞわりとする名前。

『アーテ・デュスノミア』には何も感じなかった。

 だからきっとアーテ様のそれより、もっと強力な呪いの名前なんだろう。

 

「手荒な真似をしてごめんなさい。この娘――アーテは少しおてんばなの。いつも私も注意しているのだけれど……ふふ」


 いつの間にかアーテ様はエリスという女性の膝下にすり寄っていた。

 そんなアーテ様の頬を撫でながらエリスという人が微笑み、アーテ様はうっとりとした表情で彼女の膝に顔を置く。

「お姉様」と呼んでいるが姉妹ではなさそうだ。まるで主従――というより、隷属しているように見える。

 別にこの二人の関係性なんてあたしに関わりはない、好きにすればいいと思う……それよりも。

 

「わ、わたくしに、どういったご用向でしょうか」


 震える声で尋ねると、彼女はまたにこりと微笑んだ。


「手短に言うと、私達の仲間になってほしいのよ」

「仲間……?」

「ええ。……ねえ、貴女も回復術師なら分かるでしょう? 回復魔法はひどく疲れるわ。相手の感情が分かってしまうのだもの」

「…………」

 

「精神力もひどく消耗してしまう。それなのに、怪我人はいつも傲慢よ。もっと早く治せないかとか、こちらを先に治せとか、術が不完全でまだ痛みが残るだとか。……身勝手だと思わない?」

「それは……」


 残念ながら彼女の言う通りだった。

 魔力が尽きてもう魔法が使えないとなると『役に立たない』『痛みとともに一晩過ごせというのか』『慈悲の心がないからそうなる』なんて言う人がいる。

 相手の感情が伝わってくることと併せて、精神を病んで闇堕ちをしてしまう者も、少なくない……。


「心当たりがあるのね? ……辛かったでしょう……」


 エリスという人があたしに憐れむような目を向ける。

 ……イヤだ。あたしはこの力を好きじゃないけど、何も知らない人に勝手に同情してほしくないわ。

 

「でも、そんな連中を逆に利用するの」

「利用……?」

「そう。相手の感情が伝わってくるでしょう? でも回復魔法を使えない者は大抵それを知らない。少し治してやってから『貴女の心から悲しみを感じる』と言えば、相手はとても驚くわ」

「…………」

「そしてその後、傷を完全に治してあげるの。……これを使って」

「な……それは」

 

 彼女の手にあったのは、血の色をした宝玉。数日前、アーテ様の部屋から見つかったのと同じ物だ。

 中心部は特に赤黒い、血煙のような赤いオーラを放つ禍々しい玉。

 制作過程を知りたくない……きっと、生命と血液で出来ている。

 黒魔術か、はたまた禁呪で作り出したものか……見ているだけで不穏な気持ちになる。

 

「『血の宝玉』というのだけど……これを魔器ルーンにして回復魔法を使えば、相手の心を読めてしまうの。それで読み取った過去のエピソードを基に、辛かったでしょう苦しかったでしょうなんて共感してみせるのよ」

「…………」

「そして最後に『あなたの心を、苦しみを癒やしたいから、また自分の元へ来て欲しい』と言うの。そうすれば不思議とまた自分の元へやって来る――そこでまたこの宝玉で癒やしの魔法をかける。最初は見返りなしで、次から少しずつお金を要求していくの。そう……相手はなるべく、男がいいわね」

「……」

「どんどん額が釣り上がっても、面白いようにお金を出してくれるわ。相手はもう……貴女の術なしではいられない。大丈夫……貴女はとても美しいし魅力的な身体をしている。きっとうまくできるわ」

「…………」

 

 同じ女性とはいえ、身体を舐め回すように見られて鳥肌が立つ。

 言っていることの欠片も理解できない。いえ、理解はできるけど到底飲み込めない。

 例えば――あたしが呪われているジャミル君に回復魔法を施したあと、同じことをすれば。

 あの宝玉を使って彼の心を、過去を、悩みを読んで、理解者のふりをして泣いてみせれば、弱っている彼はあたしに依存しきってやがて自分の虜になる……そういうことを言っている。


 ――何、それ。そんなの、そんなこと、

 

「……そんなことは、許されませんわ……!」

「……そう。そう言うと思ったわ。貴女は一流の使い手のようだし」


 エリスという人が心の伴わない笑顔で微笑む。

 そして膝下にいるアーテ様は外敵に毛を逆立てる猫のようにあたしを睨み、鼻息荒く威嚇してきている。

 

「落ち着いてちょうだい、アーテ。話し合いには時間が必要だわ」


 そんな彼女をなだめ、しつけるように女主人があごを撫でる。


「でもお姉様……お姉様に楯突くだなんて。色混じりの、ウスノロのくせに……っ」

「……アーテ、貴女は反省しなければいけないわ。今回のこともそう。ターゲットの男だけでなく、周りの者にも慎重に接しなければ」


 ――ターゲットとは、カイルさんのことだろうか。

 彼に同じ手口で取り入って、お金を巻き上げる気だった? その割には行動に一貫性がなく滅茶苦茶だったけれど……。

 

「でも、でもぉ、お姉様ぁ! あの男おかしいんですのよ! 全然術が効かないの! 無能のくせに、下郎のくせに! アーテの術にも美しさにもなびかないなんて、あってはいけないのおおおおお」


 アーテ様は立ち上がり、髪を振り乱しながら地団駄を踏む。


「あら、あら……いけない子」


『お姉様』は暴れる彼女を抱きしめ、口づけをした。


「でもお聞きなさいな。貴女はターゲットの男に嫌われてしまったの。美しくても、優秀な術師でも……相手に嫌われてしまっては心を操ることはできないわ」

「お姉様……」

 

 うっとりとした顔で、アーテ様は『お姉様』を見つめる。

 

 ――え、何これ。何を見せられてるの、あたし? 勝手にしてくれればいいけど、あとでやってくれない?

 

「あら、ごめんなさいね。……貴方達、この方を部屋にお連れしなさい」

「きゃっ……」


 主人に促された男二人が、あたしの腕を両側から捕らえる。

 

「丁重に扱うのよ。ねえベルナデッタ、また明日ゆっくりお話をしましょうね……」

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