8章 不穏の足音

1話 嵐の前の、お花畑

「おはようございます~」

「ああ、おはよう」

「やあ」

 

 11月中旬。そろそろ風も冷たくなり冬の気配。

 金曜日の夕方、いつものように食堂で打ち合わせをしている二人に声をかけた。

 

「……なんだか、今日は机の上に色々出てますね」


 色んな紙に、謎の板。なんだろう?


「ああ……ちょっとな」

「この変な板って何ですか?」

「これ? 頼信板テレグラムっていってね」

「てれぐらむ……」


 厚さ1センチほど、ノートくらいの大きさの何やら青っぽい不思議な板。


「なんか不思議な魔石で出来ててね、遠くにいる相手にメッセージを伝えられるんだ。ここに書いた文字がこっちに写る」


 カイルが持っているペンみたいなので左の石板に文字を書くと、右の石板に同じものが出てきた。


「へええ、すごい」

「2枚あるうち、俺とこいつで1枚ずつ持って連絡しあうんだ。気持ち悪いだろ」

「気持ち悪いって何だよ……」

「何が悲しくてお前とメッセージ伝え合わないといけないんだ」

「俺だってごめんなんだよなぁ……でも仕事だから仕方ないだろー?」

「お前が行けばいいのに」

「いやー、そこはその、規定の通りだから」

「……ふん」

 

 規定という言葉を聞いてグレンさんが不服そうに鼻を鳴らす。

 規定ってなんだろう? っていうか……


「お前が行けば、って、グレンさんだけがどこかに行くんですか?」

「ああ。この板持って2週間出張。調べ物をして都度都度こいつにこの板で報告する」

「2週間……」


 何を調べるのかな? っていうか2週間も出張なんだぁ……。

 

 

 ◇

 

 

「いつから出発するんですか?」

「ああ、明日の昼頃から」

 

 隊長室で、あれこれと準備しているグレンさん。

 さっきの石板と、紙をいっぱい鞄に詰めている。

 良さげな革の高そうな鞄だ。鞄持ってるの珍しいなぁ……買ったのかなぁ。あまり物を持たない代わりに高級品を持つタイプなんだな、グレンさんって。

 

「えと、調べ物って?」

「……悪いな。守秘義務があって」

「あ……はい。えと、2週間も、いないんですね……」


 わたしがぽそっと呟くと、グレンさんは少し笑ってわたしの肩を抱き寄せた。


「……少し長いか」

「だって、そんなに会えないこと、なかったですし。図書館もなくなっちゃったから、会う日も減っちゃったし。さみしいです、やっぱり……」


 ここに来たばかりの頃は図書館がなくなるとも彼と恋人になるとも思っていなかった。


「金土日とバイトで会うし図書館でも会うからレア感がなくなった」なんて思ってた自分が恨めしい。

 

「そうか……俺もだ。でも仕事だから仕方ない」


 そう言いながらグレンさんはわたしの頭を撫でてくれる。

 嬉しいけどちょっとベタベタしすぎじゃないかなぁ とか、バカップルみたいだなぁ なんて思って「ちょっと抑えてください」とお願いしてたけど、これが2週間なくなると思うとたまらなく寂しい。

 ちなみに、抑えてくださいなんて言ってもさほど聞き入れてはもらえなかった。一応、人前でやらないだけで……。


「はい……あの、おみやげ買ってきてくださいね」

「おみやげ。ご当地かどっこちゃんとか?」

「あ、そうですね。そういうのでも――」

「2つ買っておそろいにすればいいんだな?」

「あう、ちょ、ちょ、それは……!」

 

 グレンさんがわたしの反応を見てニヤリと笑う。

 先日世間話している時に、実は彼にあげたのと同じかどっこちゃんを自分も持っている、と口を滑らしてしまったらなぜかすごい喜んでしまった。

「おそろいとかカンベンしてくれ」とかなったりしないんだよね……。

 この前植物園でデートした時なんか二人並んでソフトクリーム食べながら歩いたし……むしろおそろいが好き?

 けっこう子供っぽいんだよね……いえ、そういうのもかわいくて好きですけど、うん。

 

「まあ何かしら買ってくる」

「はい、待ってます」

 

 

 ◇

 

 

 翌日、早朝の掃除をする彼となんでもないことを話し、朝食を一緒に摂る。

 泊りがけで出かけることもあるから毎週、毎回できるわけじゃない。貴重な、ささやかな幸せの時間。

 その後彼はカイルとこれからの段取りを話し、昨日言った通りお昼頃に出張調査へ行ってしまった。

 うう、寂しい。 


「さてさて、野菜とか刻もうかな~」

 

 気分を切り替えるために砦の入り口で伸びをしながら大きい独り言を言っていたら。

 

「こんにちわぁ~~~!」

「ん?」

 

 聞いたことのない高い声がしたので振り返ると、何やら派手な格好の女の子が立っていた。

 

「あのぉ~、アタシ、レテっていいますぅ。魔術師なんですけどぉ~、こちらでは、メンバー募集していませんかぁ?」 

 

 フリフリひらひらの服に厚底ブーツの小柄の女の子。

 ブーツ脱いだら、ルカよりもさらに低いかも……150ないかも?

 

「え? ええと……」

「リーダーさんに、会わせてくださぁい」

 

 彼女はクネクネしながら、小首をかしげて上目遣いで甘い声で喋る。

 

 空は曇り空。ちょっと寒くなってきたけど空気はさわやか。

 カイルはここに残ってグレンさんとあのテレグラムという板でやりとりしながら調べたことをまとめるとかなんとかで、今は彼が隊長室に控えている。

 ベルは帰省からまだ戻って来ていない。日曜日には帰ってくるはず。

 グレンさんが2週間いなくてちょっと寂しいけど、いつも通りの日常。

 

 いつも通り、心穏やかに過ごせると、そう思っていた――。

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